Episode22 虚構世界




「はて、あなたはもしかして、この二人のお仲間の方でしょうか?いやいや、お労しやお労しや、あなたはこの二人に騙されてしまっているようですね。」


 そう言って、仰々しい態度でカナデを憐れみ、集団の中から一歩前へと出たその男は、他の黒装束の者たちと違い、胸元に立派な徽章を付けていた。

 如何にもこの集団のリーダー、と言わんばかりのその装いの男の見た目は、白髪初老の男性だった。



「あれは…神聖使団の修道服…」

「なんで神聖使団の方々が、あんな事をやってるんだ?」

「なぁ、あの徽章。もしかしてあの御方、ハイヴォス大司教様じゃないか?」



 そんな一人の民の声を目ざとく聞きつけ、



「如何にも、7つある司教区の内、フィデスを預かります、アレクサンドラス・ハイヴォスで御座います。」


 胸元に徽章を付けたその男が、恭しく応えた。




(これはちょっと、拙すぎる状況かもしれないな…これじゃ恐らく、この場に味方になってくれる人は一人も居なくなる…)


 カナデがそう、内心で見当をつけた理由は、


(奴らが、イルとエフィを磔にした理由。多分名が知られているはずのイルは兎も角、エフィは村を出たばかりで、恨みや妬みなんかを買っているはずもない…となると、二人の共通点から導き出される答えは──、)




「信託はくだされた。穢らわしき、狂乱の同族は駆逐せよと。」



 そう大音声だいおんじょうで言って、アレクサンドラス・ハイヴォスと名乗った大司教は、二人の元へと歩み寄り、眼帯を乱暴に引き千切る。


 周囲からは凄惨な磔を見たときと同様の、大きなどよめきが上がった。

 それは、ハイヴォスが二人から眼帯を乱暴に引き千切ったことに対して向けられたものではなく──、


 その眼を、忌々しき者が持っていたあの眼を、彼女ら二人が持っていたからこそ、向けられたものに他ならなかった。





「ふむ、変わりませんか。どうやらあなたは異端者のようですね。」


 そんな、二人のオッドアイの瞳を見ても驚きもせず、一心にこちらを睨みつけるカナデのその姿を見て、ハイヴォスはカナデに冷淡な瞳を向けて返す。


 そうして、両者が鋭い視線を交わしあっていると──、



 “コツン”、と。


 突如として、何かが当たった音が周囲に響いた。

 その音は次第に数を増やして大きくなっていく。



 その音の正体は──、




 イルとエフィの居る磔へと、都市住民たちが投石をする音だった。

 




「なんだ、あの二人オッドアイなのか」

「狂乱の同族なんか殺しちまえっ!」

「穢らわしい、見ているのも嫌だわ。」




 そんな一変した都市の人たちの態度に、カナデは思わず己の目を疑う。


「うそだろ…」


 カナデはイルとエフィから聞かされていたが故に、この壮絶なまでの実情を知っていた。

 だが、自分は知っていただけに過ぎなかったのだと、実際にこの実情を目の当たりにして、あの楽しげに、穏やかに、街を行き交っていたあの民たちの変わりように、カナデは酷く動揺する。


 そうして、カナデが非常な現実に対して打ちひしがれていると──、




「その者を討ちなさい。」




 ハイヴォスがそう言って、黒装束の集団をカナデの元へとけしかけた。

 すると、10名もの黒装束の集団がカナデを撃破せんと、一斉に迫りよる。


 カナデもそれに対して、なんとか気を持ち直して応戦しようと、昨日武具店で買ったばかりの短剣を鞘から引き抜き、


 動き出そうとして──、




「──うごか、ないッ!」


 カナデの体は金縛りでも受けたかのように、全くといっていいほどに微塵も動かなかった。




「あれが!」

「そうか、大司教様の」

「異端者も同じだ!殺せ!」

「そうだそうだ、異端者を許すな!」

「これで街は安心ね。」

「さすが、神聖使団の大司教様だ。」



 そうやってカナデへと向けられる罵詈雑言と、そして大司教へと向けられる賛辞の声。



 カナデはそんな罵詈雑言には応えずに、必死の思いで体を動かそうとするが、それでも1ミリたりとて己の体は動いてはくれない。



「く、そ」


 カナデはそう悪態をつく、どうしようもない現実に悪罵を吐く。



「動かないでしょう?これは私の固有魔法でね、“魔導封印”というものなんですよ。まあ、これから死にゆくあなたに、こんな事を教えても意味などないでしょうがね……」


 ハイヴォスはカナデに対して、その身を捉える己の魔法を語ってみせて──、



「この者に用はありません。今後、生かしておいても益は生まれないでしょう……殺してください。」


 一切の感情を見せないような、冷徹な声音でハイヴォスは10名の手下にそう命令をした。





 そうしてカナデの身に、その者たちから放たれた鋭い剣閃が襲いかかる。




(無理だ、避けられないっ!)


 そうカナデが思考したと同時に──、






 ──その幾重もの剣閃が、カナデの身を細切れに切り刻んだ。
















 時が止まる。


 魔導封印を受けたカナデの、ではない。


 みなが、世界が、空間が、時を止められたかのように、停止していた。





 時空が歪む


 轟音をたてて、世界に亀裂がはしり始める



 そうして───、





【 キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス 】



 突如として、そんな文言が空間の一面を埋めるように、散らばり始める。



【 キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス キョコウセカイノコウチクヲキョウセイシュウリョウシマス 】



 そんな時の止まった世界の中で──、



 先程までその場には存在しなかった、黒髪の一人の女性が目を閉じ佇んでいた。




(今回もまた、変わらないままか……“セレノア”。)



 生きているのか、

 死んでいるのか、


 そんな状態の中、カナデはその女性に対して、そんな感慨を抱いて、


 そうして───、











 ──虚構の世界が終わった。





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