重いタバコを吸ってる不健康そうな年上美人とドロドロの関係になっていた話

友橋かめつ

第1話 タバコと年上の美女

 コンビニのバイトをしばらく続けていると、よく来るお客さんの顔は覚える。印象深い客であればなおさらだ。

 

 部活帰り、ホットスナックを根こそぎかっ攫っていくニキビ顔の野球部たち。

 アニメのタイアップ商品が発売されると作品の如何を問わずに必ず買いにくる白と青色のチェックシャツのお兄さん。

 阪神が勝った翌日にスポーツ新聞を買いに来る、巨人のチームロゴに大きく油性ペンでバツ印をつけた帽子を被ったおじさん。


 色々と印象深い客がいるが、中でもとりわけ、印象深い客がいた。

 その人はいつも俺のシフトが終わるギリギリにやってくる。


 その日もそうだった。シフトの終わり間際。夜の十時前。店内に他の客がいない静寂の時間帯に自動ドアが開かれた。


 黒髪の清楚な女性だった。肩が見える黒い服を着ている。見た目は俺よりも少し上といったところ。大学生くらいだろうか。

 モデルでも出来そうな端正な容姿。大人びた雰囲気。

 店内に足を踏み入れた彼女は、他の商品にはまるで目もくれずに、レジにいる俺の下にゆっくりと向かってくる。


 立ち止まる。そして目が合う。

 うっすらと微笑むと、彼女はいつものように言った。


「こんばんわ。二十五番、一つくださいな」


 二十五番。

 俺は背後の棚に振り返ると、そこに並んだ銘柄のうちの一つを手に取る。もう見なくてもそうすることができる。

 彼女はいつも同じ銘柄のタバコを一つだけ買う。

 

 女性の吸うタバコは細くて軽い。ことが多い。

 でも彼女の吸うタバコは重い。吸いごたえがある。らしい。らしいというのは、俺自身に吸った経験がないから。当たり前だ。未成年なのだから。重いとされる味と吸いごたえは頭の中で想像することしかできない。

 

 タバコのバーコードを通す。ピッ。モニターから警告音が鳴る。それに合わせて俺は決まり切った文言を口にする。


「年齢確認のボタンのタッチをお願いします」

「はあ~い」


 彼女はモニターに表示された年齢確認ボタンをタッチする。その細くて白い指の隙間にタバコが挟まれているのを想像する。


 値段を告げると、彼女は財布から小銭を取り出して支払機に呑ませる。キャッシュレス全盛の時代でもいつもニコニコ現金払い。

 精算を終え、レシートが吐き出される。彼女はそれには一瞥もくれず、タバコの箱を手に取ると、口元を隠すように掲げた。

 そして目を細めると、俺に向かって告げてくる。


「かたじけのうござる」


 彼女はいつも、会計を終えた後に一言お礼を口にする。

 そしてその文言は毎回違う。


「ありがとうございます」「さんくす」「おおきに」「あざす」「ごっつあんです」「謝謝」「深謝」「万謝」「ありがとうさぎ」


 何の意味があるのかは分からない。意味なんてないのかもしれない。彼女自身の遊び心からそうしているのだろうか。

 そのことに気づいているのは俺だけだ。


 彼女は毎回、違う文言でお礼を口にしてくれる。

 でも俺はそれに毎回ありがとうございましたとしか返せない。

 バイトだから。店員とお客様だから。対等な立場じゃないから。あと、気の利いたことを言えるほどのユーモアも社交性もないから。


 彼女はお礼を口にする際、ちろりと舌を覗かせる。

 そこには銀色の輝きがある。

 赤い舌、その中心にピアスが埋め込まれていた。


 銀色の輝きに、目が留まる。釘付けになる。

 光に吸い寄せられる虫みたいに。

 

 彼女は俺がシフトに入っている時によく来る。ほとんど毎回。そして同じ銘柄のタバコを一つだけ買っていく。

 二十五番さん、と俺は彼女を心の中で呼んでいる。彼女が店に来た時だけ、死んでいた感情が途端に息を吹き返す。

 

 憧れ。それが一番当て嵌まる言葉だと思う。

 

 俺は彼女のことを何も知らない。名前も住んでる場所も。知っているのは、彼女が吸うタバコの銘柄だけだ。

 

 知る手段はあるにはある。実際に試そうとしたこともある。年齢確認のために身分証明書を提示してもらえばいい。

 免許でも保険証でも何でもいい。そこには名前と住所が書いてある。年齢確認するフリをして見てしまえばいい。

 

 でも俺はそれをしない。

 今さら年齢確認を切り出すのは不自然だし、そんな姑息な手段を用いて彼女の個人情報を知るのは自意識が耐えられない。

 

 勇気があれば、あるいは向こう見ずなバカであれば、機を見て彼女に声を掛けることもできたかもしれない。

 でも俺にそんな勇気はなかったし、向こう見ずなバカでもない。役に立たない中途半端な小賢しさしか持ち合わせていない。

 

 だから、名前も住所も知れなくていい。

 こうして密かに憧れを抱き続けるだけでいい。

 

 年齢確認のボタンのタッチをお願いしますとありがとうございました。その二つの言葉を交わすだけでいい。

 

 彼女がいつも買っていくタバコの銘柄。それを吸っているところを、好き勝手に頭の中で想像しているだけでいい。

 

 それだけでいい。

 たとえ関わることができなくても。コンビニ店員と常連客の関係でいられれば。

 

 その時はまだ、そう思っていた。

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