第4話

【二月:どうしたの?仕事は?】


 『フォーチュン・タイド』。

 一年くらい前からハマっているゲームに没頭していたらフレンドの二月からメッセージが届いた。


【五月:今日は自主休暇】

【二月:イベントでもないのに珍しいね。何かあった?】


【五月:好きな女が他の男と婚約した】

【二月:やだ☆コイバナ?大好物♡ちょっと個室に行きましょ♪】


 -二月さんから招待されました-


 個室に誘われるのはよくあるが、今日はずいぶんと待たされた。

 その理由は入室した瞬間にすぐわかったが。


【二月:いらっしゃーい、なに飲む?】

【五月:ビール】

【二月:はーい♡イースター特製ストロベリーティーです】


 アリスにティーパーティー風に装飾された個室にげんなりし、苺の可愛い柄が描かれたティーカップを前に置かれてさらにゲンナリする。


【五月:バーとかなかったのか?なんなら場末のスナックでもいい】

【二月:バーなんてつまらないわ、リアルで腐るほど行かなきゃいけないし】


 二月は過去にいくつものゲームで一緒になり、ゲームの趣味が合うということで四年ほど前からいくつかのゲームを渡り歩きながらフレンドを続けている。


【五月:その限定コス、かわいいな。うさみみも似合ってる】

【二月:ありがとう、頑張って仕事した甲斐があったわー】


 リアルでは男でなければいけないらしく、ゲーム内では課金しまくって女を満喫している奴だ。


 この見た目の可愛らしいお姫様風のアバターは、接近戦を得意とする【職業:暗殺者】だから【職業:魔導士】の俺にピッタリのパートナー……パートナーなんだけど、


【五月:俺、ジョブチェンジしようかな、剣士とか】


【二月:どうしたの?】

【五月:姪に性生活の心配をされた】


【二月:ああ、あのしっかり者の姪っこちゃん。魔法使いって例のアレね。で、なの?】

【五月:違う】


【二月:あ、もしかして婚約した元カノって初めての相手だったり?】


【五月:違う、彼女とはキスで終わった】

【二月:なにそれ、甘酸っぱい、最高!ごちそうさま!】


 なぜ喜ぶ?


【二月:女の恋の終わりはあっけないのよね。男は一段一段ゆっくりと恋のステージを下りるけど、女は飛び降りて終わらせるからね。パッ、ドンッ、ハイ終了って感じ】


 簡単に想像がついた。

 美月は合理的な考え方をするタイプだし、いまみたいに日向と交流できていれば俺なんてもう用なしだよな。


 そもそも俺に恋していたかどうかも怪しいし。


【二月:プライベートついでに聞きたいんだけど、姪っ子と一緒に暮らす三十代の男ってあまりいないわよね】


【五月:珍しいんじゃないか?俺の姪っ子も禁断の恋だとか学校でいろいろ言われた。あまりに下世話で私立に転校したし】


 日向は可愛い。

 叔父の欲目でなくても美少女で、認めたくはないがあの兄の娘だなとつくづく思うくらい可愛い。


 本人がそんな美少女で、養父の俺が金持ちの若いイケメンとなれば、やっかみの対象になる。


【二月:女のやっかみは面倒よね】


 まさに、それ。


 子どもたちからのやっかみでもイラッとしたのに、同じ保護者の母親が「私ならなんとかできますよ」と言って誘いかけてきたからブチギレて、実家の名前と俺自身が卒業生であることを使って私立小学校に転校させた。


【五月:叔母と暮らせればそんな苦労はしなくてすんだんだろうが】

【二月:なんでそうしなかったの?独身男が引き取るより叔母さんのほうが適任って判断されるんじゃない?】


【五月:俺の毒親が強引に引き取って、思い通りにならないって育児放棄してから俺が引き取った】

【二月:そんな複雑な経緯があったのね】


【五月:仕方ないで始まったにしても、俺の大事な家族だから】


 大事にしないと、美月と辰治さんに申し訳ない。

 最初はそう思っていた。


 でも今は、自分こそ日向の存在に救われていると分かっている。

 だから自分の意志で大事にしている。


 日向がいなければ俺は嘘で偽物の『篠ノ井皐月』で生きて死に、俺には何も残らなかっただろう。


 ***


 神様はそうとう俺のことがキライらしい。


「なあ、もう一晩だけいいだろう?」

「いやよ、昨日だって一晩中だったじゃない。少しは寝かせてもらわないと、私の体がもたないわ」


 失恋のやけ酒で、ホテルのバーにきた。


 美月がでていたCMが撮影されたホテル。

 もしかしたら美月に会えるかもしれないと期待していなかったら嘘になる。


 でも、美月と例の婚約者のこんな会話を聞きたかったわけでじゃない。


「ちょっとだけ、一回だけで満足するから」

「一回で終わったことは一度もないじゃないでしょ?」


 本気マジで泣きたい。

 なんで惚れた女の、他の男との赤裸々な閨事情を聞かなきゃならないのか。


 いっそのこと泣きわめきながらバーを飛び出て、高級感が売りなこのホテルに醜聞を作ってやろうかとさえ思った。


 他人の目線を気にしないですむようにイスやテーブルは計算されて配置されているが、それでも少し姿勢を変えれば、後ろのテーブル席につくカップルの顔は分かる。


 美月と、その隣にいて懇願するような甘ったるい視線を美月に投げかける男。


 青柳朋生、青柳財閥の後継者。


 淡い栗毛の柔らかくカールした髪と若葉を思わせる柔らかい緑の瞳が特徴の美形。

 自分の真っ黒な硬い髪に触れていた自分の手を俺は慌てて離す。


 美月、ああいう王子様みたいのがタイプだったのか。


 泣きたくなったので帰ろうとしたが、


 パリーンッ


 カウンターの中のバーテンダーがグラスと落として割って、店内の視線がカウンターに集まる。

 「失礼しました」と謝る彼は俺のすぐ目の前にいて、


「皐月さん?」


 美月に気づかれた。

 もう、何だよ、俺が何かしたって言うのか、神様!!


「ど、どうしてここに?」


 気まずいのは分かる。

 俺だって気まずい。


 でも、どうして婚約者の後ろに隠れる?

 

 何か問題が?

 

 ホテルのバーに入店できるくらい、ドレスコードに問題はない。

 あ、もしかして疲れが滲んだ憔悴した顔を隠したいのか?


 まあ、婚約者と昼夜楽しんだあとに元カレに出会うのは気まずいかもな。


「美月?」


 婚約者がそんな美月に首を傾げる。

 『美月』と親し気に呼ぶ声が俺に刺さる。


「篠ノ井皐月さん。あの、日向の……」

「篠ノ井……ああ、例の叔父さん」


 日向とも面識があるってわけか。


 俺の大事な二人をこの男がとるような感じがして、反射的に視線が厳しくなってしまったが、


「篠ノ井皐月さん。雑誌で見るよりイケメンですね」


 青柳は人好きするような笑顔を俺に向けるだけだった。


「ありがとうございます、青柳朋生さん、ですよね?」

「はい。嬉しいな、ご存知だったのですね」


「起業家にとって銀行家は神様ですからね。いや、あなたの場合は王子様でしょうか」

「あはは、過分な評価ですよ」


 そういって笑う青柳の袖を美月が親し気に引く。

 そして気まずそうに俺のほうを見ながら美月は青柳に何かを囁き、それに青柳は口元を緩めると『分かったよ』というように美月の頭をポンポンと叩いた。


 ジリッと胸の奥が焦げる音がした。


「せっかくお会いできたのに、残念ですが外せない用事がありまして」

「……そうでしたか」


 ジリジリと胸の奥が焦げて黒くなる。

 にこやかに努めて対応している間もどんどん体の奥からドロドロと黒いものが溶け出ていって、


「楽しい夜を」


 心にもないことを言って、逃げるようにホテルを出た。

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