第41話 見たことがない日向さん
「先輩、ここに来てください」と
日向さんはベッドで横になり、俺は床の上でクッションに座る。姿勢は違っても、お互いの顔はよく見える。
仰向けになっていた日向さんが、体を右に向けた。それによって顔の向きは違うけど俺と目が合う状態になった。そして近い。1メートルくらいだろうか。
「先輩、近いですよ」
「日向さんが来てと言ったよね!?」
「フフッ、今日はなんでもわがまま聞いてもらえるかなって」
「それはもちろん。俺は先輩だからね」
「頼れる先輩、私の話を聞いてもらえますか?」
「何時間でも聞くよ」
「それは私が疲れちゃうかも。話っていうのはですね、私のことについてなんです」
「日向さんのこと? それなら明るくて、元気いっぱいで、いつも一生懸命で、Web小説の投稿が趣味で、パスタが好きということは知ってるよ」
「そっ、それも確かに当たってますけど! 性格についてはどうなんだろう? 先輩って私のこと、そんなふうに思ってくれてるんですか?」
「俺も如月も他の人もみんなそう思ってるんじゃないかな。Web小説の投稿は俺しか知らないけどね」
「『二人だけの秘密』ですからね!」
日向さんが今日一番の元気な声を出した。
「それでですね、えーっと、なんだっけ? 忘れちゃったかも。……もう! 先輩のせいですよ!」
「なんで俺ずっと怒られてるの!?」
「……あ! 思い出した! 先輩、この部屋を見てどう思いましたか?」
「印象としては全体的にきれいで、かわいくて、よく整理整頓されていて、インテリアが女の子っぽくて日向さんにピッタリで、ここで暮らす日向さんはきっとかわいいんだろうなと——」
「先輩待って待って! ストップです!」
掛け布団をガバッと跳ねのけて起き上がり、両手を俺の両肩に乗せて俺を前後に揺らす日向さん。
「もう! 先輩、もう! 何言ってるんですか!」
「だって部屋の印象を聞かれたから」
「そういうことじゃありません! 本棚がラノベばっかりだから、変に思われたんじゃないかなってことです!」
さすがにそれは聞き方が良くない気がするけど、俺の答えがキモかったことは認める。
「日向さんごめん。全部正直に言いすぎた」
「それはそれで恥ずかしいです……」
ゆっくりと元の体勢へ戻る日向さん。日向さんは体調不良なんだ。俺は大きな声を出させるつもりじゃないんだけど、気をつけよう。
「女の子の部屋がラノベばっかりって、変じゃないですか?」
「いや全然。だって本棚にあるのは女性向けなんだし、女性がラノベを読むのは普通のことだと思うよ」
「よかったぁ……、先輩なら分かってくれると信じてました」
「それだけで嫌いになったりしないよ」
「私がラノベ好きなのは、親友の女の子にしか言ってないんです。部屋に入ったことがあるのも、その親友のみんなだけなんです」
「どうして?」
「私が高校生の頃にですね、クラスであまり話したことのない男の子とお話する機会がありまして。私が何気なくラノベの話をしたら、その子が『お前そんなの見てんの? しょうもない』って言ってきたんです」
日向さんは落ち着いた語り口だ。
「私、そのことが本当にショックでそれ以来、人にラノベの話をすることと、男の人自体が苦手になってしまって」
「今もラノベにいいイメージを持っていない人はいるだろうね」
「今の親友の子たちにラノベのことを話す時、すごく勇気を出したんです。するとその子たちはすんなりと受け入れてくれて、それどころか、その子たちもラノベ好きだと分かりました」
「それで意気投合したんだね」
「はい。でも男の人だけはどうしても慣れなくて。入社してから私の教育係が男性だと聞いて、本当にガッカリしました」
「俺ガッカリされてたの!?」
「フフッ、若気の至りです」
(ちょっと違うような気がするけど)
「私、男友達いませんし接し方がよく分からなかったんです。でも先輩は優しかった」
「それは仕事だったからだよ」
「先輩はですね、いつも相手の気持ちを考えているんだなって。人に注意する時だって、ただ一方的に言い放つんじゃなくて、相手の言い分をきちんと聞いたうえで、一緒に頑張ろうと励ましてくれるじゃないですか」
「それはせっかくの新入社員が辞めないようにって配慮なだけでね」
「ほら、また! 先輩は遠慮しすぎで、気を使いすぎなんですよ。それにさっきみたいに変なところで積極的だし、恥ずかしいことを平然と言うし!」
ベッドで横になり、体を俺の方に向けた状態の日向さんに俺は怒られている。
「あの、日向さん? そんなに声を出して体調は大丈夫?」
「あっ……ごめんなさい。先輩のことになると、つい。もう少し落ち着いて話しますね」
「俺、まだ怒られるの!?」
「フフッ、何時間でも話を聞いてくれるんですよね?」
「確かに言った!」
こんな日向さんは見たことが無い。体調が悪化しないか心配だから、なんとか話を切って早く休んでもらうことにしよう。
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