2.ずっとついてくる書庫

「本がいっぱい……」


 花子は本棚に囲まれた空間を進む。

 だがしかし、花子がこれまで見てきた児童書とは少し違った。どの本も分厚く背表紙の幅が広かった。


 花子は獄の部屋を思い出した。図書館ほどではないが、棚にぎっしりと詰まった本が並べてあった。どれも読み終えるのには数ヶ月かかってしまいそうなくらいの分厚いものが何冊もあったときは流石に驚いた。


 一冊持つだけでも十分な重さである。百科事典と競えるのではないか。


「切開四さんだったら、どんな本を読むかな」


 きっと、イラストの入ってるより難しい漢字が混じった文章だらけの方が読みやすい筈だ。読書家の獄のことだ。膨大な知識量を前にしても頭に混乱が生じずにすんなりと理解してしまうのだろう。


 ふと、花子は本棚に仕舞われたとある本に目が留まる。思わず手に取り確認する。

 しかし、その本は肝心なタイトルと著者名が表記されていない。それどころか本全体の表紙が黒く塗りつぶされている。花子はそろりと本のページを開いた。


『君の知りたいこと何でも教えてあげる』


 花子は目を見開いた。本の見開きページに主張するように文字でそう綴られていた。


「知りたいこと……」


 花子は迷わず頭の中で獄の顔が思い浮かんだ。


 黒い丸サングラスをかけ、赤いスーツを身に纏い、赤く腰まで伸びた長髪をポニーテールにして結んだ姿。花子は全身が赤ずくめであると認識し、獄のことを血塗れ呼ばわりしていた。

 

 獄は財閥の息子という御曹司だけであって、言動に胡散臭さが見られもどこか品がある。知識豊富で物知り、且つ読書家だ。現在は花子のクラス担任東狐とっこが休養のため、獄が臨時教師をしている。


 獄は相変わらず教室内で生徒たちの輪の中心である。花子は遠くの席からそれを眺めて終わるだけだが、時折「大丈夫ですかァ?」と声をかけてくれる。

 花子はただ頷くも獄は「そうですか」と満面の笑みで返すばかりだ。


 先日の祖母の件があってからか、花子はより一層獄の存在が気になっている。授業を行う姿もそうだが、獄が動くたびに花子はつられて視線を追ってしまう。

 そのことを友達のラムネに伝えると「それって恋なんじゃない?!」と半分興奮気味で答えられた。


「恋ってなに?」

「恋はね、人を好きになるって言うことなの!」

「そっか」

「何で興味なさげなのよー。花子ちゃんが知りたいって言ったから教えたのに」

「十文字さんは恋をしたことある?」

「私もあるわよ。好きな人のことを考えると胸がドキドキするのよ」

「そうなんだ」

 

 だが、獄の姿を見て胸の高鳴りは覚えなかった。だから、この現象は恋ではないのだと花子は無意識にそう確信したのだ。

 ならば花子は何故、獄を目で追ってしまうのだろう。恋でないのなら何と表現するのか。花子には分からなかった。だが、一つだけ分かるのは、花子は獄についてもっと知りたいと言うことだ。


 花子は無心でページを捲る。しかし、次のページに綴られた文章が視界に入ると思わず「あ」と声を漏らした。

  

切開四せっかいし ひとやは切開四財閥の長男である』


「!」


『切開四 獄は実は三つ子であり、全員男性の三人兄弟である』


 なんとそこに『切開四 獄』についての詳細がページのど真ん中に一行だけ記されている。見開きで読んでいるため、花子には二行の文章を読み取ることができた。

 花子は更に本を読み進める。

 

『切開四 獄は幼い頃から重度の色覚障害を持ち、そのため日常的に色彩補助のサングラスを付けている』


『切開四 獄が現在住む館は元々は別邸であり、本邸は別の場所にある』


 どんどんページを捲る。


『切開四獄は、切開四財閥の有能な長男で次期当主と噂されているが、本当はとある理由で落ちこぼれとなり現在ではとなっている』


「これ……」


 確か、獄は財閥の長男であるから切開四財閥の次期当主になる予定の筈。しかし、この本には獄の弟にあたる次男、三つ子である二番目の弟が次期当主候補になっている。本の言うことが正しいとしたら、獄は次期当主候補ではいということになる。


 花子は次のページを捲ることを躊躇わなかった。


『その理由、知りたい?』


 まるで花子の心を読み取っているかのようだ。本と会話をしているような感覚に浸る。花子は次のページに手を伸ばす。


『探して見てと言っても簡単さ。答えはにいるから』


 その時だ。


「あれ、何で地下が開いてるんだろう。今までこんなことなかったのに」



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