第137話 領主との会談
2台の馬車が出発して20分程、庶民が使う様な商業施設が徐々に少なくなり、在ったとしても上等な素材を使っているであろう服や、バッグ等が並ぶ店が映り始める、既にここは商業区を出て貴族街に差し掛かっていた。
馬車内にはナナセ達のみで、ラルスとギルドマスターはもう1台の馬車に乗っている為、相手方の動向を探る事は出来ない……完全にぶっつけ本番、しかも領主前でのアドリブが要求される事となるナナセ、その表情には少し緊張が走っていた。
「あのオバさん完全に魔物を操る気満々だよね、どーすんのお兄」
ユウカが率直に聞いてくる。
「どうするもこうするも止めるさ、もしくは領主にあのスキルどれ程危険かを理解してもらう。まあ余程金に執着する人間でも無ければ気付くとは思うけども」
「それでも万が一という事もありますからね」
本当にその通りな訳だが、魔物の数を減らすことが目的って話なら、ギルドマスターの言ってる事も分からなくはない、魔物の増加は領民の命に直結するからな。
あくまでそこから得られる素材は副産物って話であればよかったが、あの話方は恐らくそうじゃないだろうな……。
「でも本当にギルドマスターの意見が通っちゃったらどうするの? ぶっちゃけ、なんかの被害が出る未来しか見えないよ」
「初めの内は大人しく従うとしても、今後同じであるとは限りませんしね。寧ろ油断させてと考えた方が余程しっくり来ますわ」
寧ろそう考える方が自然だ。
法的にどういう判断がされるかは分からないが、オレの考えだけで言えば間違いなく死刑なんだが、この世界の法律はさっぱりだからな……。
「リミーナに聞きたいんだが、故意にあれだけの事をした人間が捕まった場合、この世界の司法はどう判断するんだ?」
「そうですわね、国の主要都市の一つを襲う……事が事なだけに死罪か、一生を犯罪奴隷として鉱山等で働くのではないかと思いますわ。あくまで私主観になりますが」
「って事は尚のこと恩着せがましく交渉しそうだな」
「絶対に止めないと街や周辺の村を危険に晒してしまいますね」
「ああ」
誰だって死ぬのも一生重労働も嫌だろう、となれば答えは一つしかないわな。
あとの問題は領主がどんな人間かだが……前情報が無い以上、到着してからの話し合い次第だな。
ギルドの発展や、自身の発言力を高める為という事であれば、ギルドマスターがあんな発言をしたのも頷ける、だがそれは街や村を危険に晒してまでやる事ではない。
今回はナナセ達が居た事もあり被害は抑えられたが、次回にも居るとは限らない、というよりもほぼ間違いなく居ないだろう。
そうなった場合、ギルドマスターがどう対処するのかは、ナナセ達も気に掛けている所ではある。
それから数分程度走った馬車は、とある屋敷の前で止まることになる。
ナナセ達は馬車を降りると、目の前には重厚な黒鉄の門扉があり、よく見れば精緻な装飾が施されており、その中央には何かしらの紋章、恐らく貴族としての紋章であろうそれが誇らしげに掲げられている。
ギルドマスターが門番に何か話した後、奥へと踏み入れたので付いて行くと、そこには広々とした空間に手入れの行き届いた庭園があり、鮮やかな花々が咲き誇るそこを、石畳が緻密無比の精巧さで道を成している、明らかに内と外では空気が変わっていた。
極め付けは最奥に聳え立つ邸宅だ、白亜の石造りとでも言うべき外壁には美しいアーチを描いた窓があり、磨き上げられたガラスには一点の曇りもなく、それが2階建ての邸宅全てに当てはまっていた。
そして屋根は緩やかに勾配し、そこには青銅板が組み敷かれ、隅には精巧な彫刻が施された尖塔と、全てが見る者を圧倒する作りとなっており、その中へ案内をしていた門番だけが入って行く。
すごいな……これだけの広大な敷地に大きな屋敷、一体レーザックの領主はどんな人物だ
(お兄大丈夫なの?)
(ん?)
(ん? って、こんな大きな屋敷を構える貴族だし、私らの話しなんてまともに聞いてくれないんじゃ)
(まあ確かに、基本貴族って平民を軽視するのは当たり前みたいな所あるからな)
(一応橋の修繕費も兼ねて、倒した魔物の多くはしまってありますけど、足りるかどうか)
(いや、それなら十分交渉材料になる。少なくとも最悪のパターンは回避出来る)
ナナセ達が屋敷の入口前で小声で話していると、突然目の前の扉が開かれることになる、そこに居たのは、20半ばになろうかという穏やかな微笑みを浮かべた若い男、しかし着ている物は一切の汚れやシワなど無い黒の燕尾服。
恐らく執事の1人なのだろう、彼はナナセ達に対して1歩踏み出し静かに揃え、背筋を伸ばしたまま右手を胸元に添え、ゆっくりと滑らかな動作で腰を折りながら。
「ギルドマスター・バルリエ様、お待ちしておりました。そして【
そのまま先程と同じ速度で上体を戻すと若執事は静かに身を翻し、ゆっくりとした歩調で進み出す、無論その歩には足音は殆どない。
「伯爵様は既にお待ちでございます。どうぞこちらへ」
(ッ!? 伯爵ってことは上級貴族の1人か!!)
ギルドマスターがその後を付いて行く様に、ナナセ達も驚きつつもそれに続く。
玄関である大広間に設置された大きな階段を上がり、2階へと進むナナセ達、その途中には絵画や彫刻等、煌びやかな調度品がこれでもかと並べられている。
(絶対に高い物ばっかだよな……壊しても嫌だし触れんとこ)
ナナセが下らない考えをしている中でも若執事は進んで行く、そして2階の最奥部にまで着くと大きな扉の前で静かに止まり、振り返る。
「こちらでございます。よろしければ、これよりお通し致します」
よろしければって事は準備しろって意味だよな、まあオレ達はこれ以上どうしようもないから準備も何もないが、ギルドマスターは……。
ふと視線を、前に居るギルドマスターに合わせた瞬間。
「お願いします」
その言葉の後、若執事は扉に向き直り、中で待つであろう人物へと声を掛けた。
「失礼致します。ギルドマスターのアリアンヌ・バルリエ様、並びに【
「入れ」
若執事は主の言葉を確認すると扉に手を掛け、ゆっくりと扉に力を掛けて行くと、大きな扉が静かに開かれていく。
扉の先には広々とした造りになっており、書棚には整然と書物が並び、来客用のテーブルを挟む形で大きなソファーが2台と、主が座るであろう小さなソファーが1台置いてある。
そして奥には執務に使われている机と、高級な羽ペンが置かれた後ろには40歳程の中年男性、体格は細身だが視線は鋭く、その細い体躯とは裏腹に、自信と威厳を纏っており、その背後には護衛と見られる軽装の騎士が2人。
「どうぞ、お入りください」
執事は扉を開けたまま脇へと下がり、右手を控えめに室内へ差し出していた。
ギルドマスターは中の主を一瞥し、中へと進む、ナナセ達も同様に進んだことを確認すると、若執事は静かに扉を閉めその場に控えたまま待機した。
「伯爵様、急な訪問となってしまった事、大変申し訳ございません」
「構わん、先ずは掛けよ」
「失礼致します」
ギルドマスターがソファーに座ると、後ろのリミーナがナナセに小さく合図し、対面のソファーを視線で誘導する。
正直どうしていいのか分からなかったナナセだったが、リミーナのおかげで事なきを得る。
「さて、捕らえた賊の首魁、その処遇に関してだったな?」
「はい、伯爵様はその男をどうされるおつもりでしょうか」
「無論首を刎ねる、事の処遇としては当然だと思うが?」
(ふむ、伯爵としては1000を超える魔物を街に向けられたんだ、やった事に対しての見せしめってのもあるだろうな。もう少し伯爵の人物像を探るか)
「しかしその者は魔物を操るスキルを持っていると報告がありました。それを上手く使えば街の発展と安全に繋がるとは思いませんか?」
「そうだな、お前の言っている事も分かる」
「でしたら」
「お待ち下さい! 今回街が無事だったのは彼等が居たからであり、居なければ多大な犠牲は出ていたでしょう。そんな危険人物を利用するのは警備隊としては反対です!」
ラルスが警備隊としてと言うよりも、街に住まう者として当然の意見を述べる、恐らく殆どの者が内容こそ変わろうとも、同じ意味合いの言葉を口にするだろう。
好き好んで危険を近くに置きたい者など、そうそう居ないのだから。
「確かに、警備隊の意見は当然のことだ、それにその男が協力的かは別の問題であろう? 聞けば仲間が捕まった時点で魔物を街に向け、自身は既に逃げていたと聞くぞ?」
「……確かにその通りです」
「失敗こそしたが、魔物は自身が逃げる為の時間稼ぎに使った訳だ。それ程したたかな男を使う等、危険が過ぎると私は判断するぞ」
既に引き起こされた事実に関して、淡々と語って行く伯爵、その表情は一切緩む事なく、眼光は鋭くギルドマスターを射す。
対してギルドマスターも予想をしていたのか、一切揺らいでいない、寧ろ当然知っていたと言わんばかりに無表情で受ける。
(既に昨日までの情報は伯爵に入ってるって事か、今のとこ聞く限りでは否定派に見えるが……ギルドマスターはどう出るつもりだ)
「次に同じ様な事が起これば、冒険者や警備隊、どちらにも被害が出るでしょう。ましてや今度は自分が逃げる為、より綿密に作戦を立て、裏をかいてくるでしょう」
この事については森から出現した魔物達が絡んでいた。
あの時、ナナセ達には援軍が来たが、アヤカ達にはギルドの援軍は誰も行ってなかったのだ。
理由としては、幅が広く流れの速い川を、魔物の多くは渡り切れないと酷くお粗末な判断で、だ。
正直この時点でギルドマスターとして失格であると、他のギルドマスター達は判断するだろう……だが。
「勿論そんな事は承知しております。ですので、利用の際には遅効性の毒を用いるつもりです。これであれば男もこちらに従うしかありません、逆らえば死なのですから、同時にこれは楽な死は与えないという示威にもなります」
(おいおいおい、冒険者ギルドのギルドマスターが、闇組織みたいなこと言うなよ)
「なるほど、方法は分かった。では聞き方を変えよう、万が一逃がしたり、再度街に魔物を向けた場合、ギルドマスターとしてどう対処するつもりだ?」
「当然、全冒険者を投入して対処に当たります。我がギルドには騒動を解決した【
(…………は? このババア、黙って聞いてりゃ言うに事欠いて何言ってんだ。テメェの尻拭いをオレ達にしろ? ふざけんな、テメェのケツくらいテメェで拭け!)
「ほう……お前達が対処をするのだな?」
伯爵が執務机に肘をつき、指を組ませた状態でナナセ達を見据える、その目には冷静さと威圧が混ざり、場の空気を支配していった……だが。
「しませんよ」
ナナセのこの一言が、静かな執務室に響いた。
「なっ……この場で冗談を言うなんて何を考えているのです!」
初めてギルドマスターの顔に焦りが浮かぶ。
どうやらナナセ達がレーザックに居付くとものと思っていた様だが、ここには別用で寄っただけであり、それが終われば当然離れるだけ、一体何を勘違いしてそう思ったのかは誰にも分からなかった。
「冗談じゃありません。この街での用は終わりましたし、オレ達は移動しますよ」
「な…な……」
「となると、戦力としては大幅に削られる事になるが、それでも冒険者ギルドで対処は出来るのだな?」
「それは……」
切り札でもあったナナセ達が街を離れると言われ、先程の流暢な口数が少なくなるギルドマスター。
元々ナナセ達が来て数日どころか2日目に起こった出来事、流れ者と知らなくても当然かもしれないが、まさか特定のパーティーが頼みの綱とは、どうしてこんなのがギルドマスターになれたのか、正座をさせて小一時間ほど問い詰めたいナナセたった。
「どうした? 返答が無い事は出来ぬと受け取るぞ?」
「………」
「つまり【
「……は…い…」
「対応策がある上で大きな利益を生むならば、多少の危険は容認したが、現状では賊の処遇に変わりないものとする。2人は下がれ、私はまだこの者達に話しがある」
伯爵に退室を促され、一瞬苦虫を噛み潰した様な顔をナナセに向けて退室するギルドマスター。
そしてここからはナナセ達が直接伯爵と話す事になるが、実の所、未だに伯爵の人物像を掴めていないナナセが圧倒的に不利な状況であった。
(この人感情の起伏が全くねぇ、苦手なんだよこういうタイプは、思いつく所で冷静沈着か、論理主義者か、職務徹底タイプ、あとは単純に表情の硬いクソ真面目かって所か……どれだよクソ)
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