第33話 聖の名代

 不幸中の幸いというか、急務でやらねばならないものは限られているようだ。馬車から降りたアカネに、厳選した依頼を差し出して説明をする。


「……というわけで、ひとまずこちらは私が手紙を書いて送っておこう。明日か明後日には商会の本部に顔を出しておくから、アカネはその書類の依頼を今日明日中に頼んでもいいかい?」


「は、はい! 逆にこれだけで大丈夫なんですか……?」


 最初に私が受け取った百枚超の書類から、およそ六、七枚に減った書類と私の顔を見比べられている。


「うん、最優先はそれだけだ。明後日以降のスケジューリングもしたし、君が受ける必要はないと判断したものは紹介状もあわせたお断りの返事を送るつもりだ」


 全体に目を通してはっきりと分かった。これは半ば嫌がらせだ。対象が聖女かその上に立つ教会かは分からないが。

 アカネを疲弊させるためだけの依頼ならば御免被る。穏便に、かつはっきりと線引きはさせてもらったつもりだ。


「……ヴァイスさん凄い」


「そうかな?普通の仕事をしてるだけだと思うけど」


 感嘆の声をあげてくれるのは有難いことだが、過大評価されても困ってしまう。


《ヴァイスのそれを普通だと思わないでください。優先順位の構築と根回しを並行させられるのなら世の中の営業と開発はもっと平和にいられるんですよ!?!?》


(えっ、すまない……?)


 と思っていたら、常にない勢いでバラッドがこちらに文句を言ってきた。そこまで……?


「普通なんかじゃないですよ。ヴァイスさんがいなかったらここで私詰んでたかもしれないです。……まずはこちらの依頼に行けばいいんですね! 頑張ってきます!」


「ああ。無理はしないように」


 アカネを見送り、私も彼女に割り当てられている相談所へと向かう。さて、こうなれば一度どこかで商会には行かないといけないな……。



 ◇



「というわけでポール、すまないけれど商会へ案内してくれないかい?」


「なんでそこでオレになるんすかね!? ネグロ団長かイェシルに頼んでほしいんすけど!!」


 イーダルードに戻ってきて数日後。全ての依頼への根回しとアカネが達成した急ぎの依頼書を受け取り真っ先に向かったのは騎士団の駐屯地の食堂。


 アカネの名代として依頼の報告をする際に、万一向こうとトラブルを起こしてしまったら……否、こちらにその意図がなくともそう取られては厄介だ。教会でも商会側でもない立場の第三者が共に来てくれるとありがたい。

 説明とともに名指しした青年は、思い切り眉間にシワを寄せて半ば叫ぶ勢いで固辞をしてきた。



「騎士団長ともあらば忙しい身分だろうに、ネグロ殿に頼めるわけがないだろう。イェシルでもいいが、商会には足を運んだことがないらしいからね。君はあそこの者と話したことがあるだろう?」


 笑みを浮かべて告げれば、ただでさえ難色を示していた顔がますます歪む。「イェシルめ……」と恨みがましい声が聞こえてきたあたり、私がポールへと声をかけた意図も察知したらしい。


 依頼の報告が主軸とはいえ、折角商会に足を運ぶのだ。ならば彼に不穏な探りを入れた相手を探りたい。

 書類を入れている肩掛け鞄にはバラッドが潜り込んでいる。たとえ直接会話ができずとも、青い鳥の副音声に反応するのならばバグを起こしている可能性は高いわけで。


「いや、話したって言っても酒の席だったんでお役に立てるかは分かんねえっすし……それにアンタと二人で外行くとか、団長に睨まれそうで」


「ネグロが……何故だい?」


「そこで疑問符浮かべるぅ!?」


 ポールの言葉に周囲がざわつく。これだけ大きな声で話していたら無理もないか。


「は〜〜……前にオレが会ったヤツの覚えてる限りの特徴は教えますけど、同行はマジで勘弁してください。しごき倒される覚悟は出来てねぇんで」


「そうか……なら仕方がないな」


 向かって当たりをつけた相手をバラッドに探ってもらうことで良しとするとして、ならイェシルに同行を……。


「ってことでユーリス秘書長官! ネグロ団長って今日空き作れます!?」

「ポール??」


 遅い昼食を摂りにきたのだろうか、食堂へと入ってきた気難しそうな顔をした男性へポールは唐突に大声で呼びかけた。

 呼ばれた当人、ユーリス秘書長官は眉間をぎゅっとよせたものの、隣に立つ私と彼を見比べて三秒もしないうちに答えを返す。


「三十分何としても引き留めておきなさい。その間に予定をこじ開けてきます」

「ユーリス様!?」


 呼び止める間もなく背筋の伸びた男は靴音を立てて食堂を後にした。呼び止められた苦言の一つも言わないで立ち去るあたり、本当に忙しいだろうに……。


「んじゃ、そこ座れ座れ。三十分の間にソイツの覚えてる限りの特徴と、何話したか教えてやりゃいいんだろ」


「それはありがたいんだが……無茶を言い過ぎじゃないかい?ポール」


「オレは我が身が何より可愛いんですぅー。お偉方が外堀埋めようとしてるなら点数稼ぐのがオレなりの処世術なんで」

「…………??」


 ポールに不審を与えないよう、副音声では話さないように言い含めていたバラッドの声は聞こえない。聞こえないが、何となく妙な圧をカバンから感じた気がした。





 該当の人物の特徴と騎士団視点での商会及び商工推進派についての認識を聞き取っていく。偏見と知識が入り混じった意見を細分化していれば、聞き馴染みのある足音が聞こえてきた。

 十二年経ったというのに、足音だけで誰なのか分かるのも不思議な話だ。


「ヴァイス。商会に向かうにあたり同行者を探していると聞いたが」

「ネグロ殿」


 ──やはりネグロが着いてくるつもりなのだろうか。第三者の立ち位置にしてはあまりに強力すぎるカードだと思うのだが……。


「そうですが……ネグロ殿がご一緒してくださるのでしょうか。遠征訓練後の雑務もあるでしょうに、お手間を取らせてはいませんか?」

「問題はない。ユーリスにあとは任せている」


 視線を脇へと向ければ、趣深く頷いているユーリス秘書長官の姿。業務に差し支えがないのなら私としても止める理由はない。ユーリスはその辺りのバランス感覚は優秀だ。


「それに、商会には私も用がある。今回の遠征訓練にあたり、いくつか先方と取引もしていたし、物資の購入も検討したい」

「……分かりました。では折角ですしご一緒させてください」


 頷いて立ち上がれば、ネグロの口元がわずかに緩んだ。

 先日は挨拶らしい挨拶も出来ずに座してしまっていたが、その点について指摘されなかったことに内心私も安堵しながら、手にしていた書類を揃えた。


「お前の用事を優先させたほうがいいか?」

「いえ、俺の依頼は場合によっては長引くと思います。根回しはすませていますので本日中なら大丈夫です。先の用事があるのならおつき合いしますよ」


「そうか。なら物資の補充と買い物だけ済ませてしまおう。商会前の通りも確認しておきたい」


 ネグロの言葉に私も頷く。黒百合商会とやらがどのようなものを取り扱っているかは確かに気になっていた。





 黒百合商会本部は以前イェシルやアカネと共に歩いた大通りの奥、騎士団の駐屯地と教会から一定の距離が空いた場所に鎮座している。

 最初は薬草や薬を取り扱う個人店が多い道なりも、商会に近づくにつれて卸問屋のような店が目立つようになっていく。


 ネグロの顔は商会の者たちにも知られているのだろう。一礼をした男がこちらへと駆け寄り、ネグロと幾らか言葉を交わしてすぐにかけだした。それを見送ってから口を開く。


「ネグロ殿は商会を訪ねることは多いのですか?」

「頻度として高いわけではない。一般的な備品の購入はユーリスが一括して行なっている。だが、防具や武器については粗悪品も近年紛れがちでな。現物を見ないと一抹の不安がある」


 嘆かわしい話だと肩を竦めるネグロの仕草は、かつて彼が私の部下として働いていた時にも何度か見る姿だった。


「俺も最初に来た時には質と価格の整合性の低さに驚きました。そういったものを取り仕切る方が少ないのでしょうか?」

「信頼がおける見張り手がいないのだろうよ。ここいらで一番の目利きとあらば黒百合の幹部だろうが、彼らはあくまで自商会の利益第一だ」


 難しい話だ。誰か一人でもこちら側に引き抜いて信頼できる立場として確立させられるのなら早いのだが。

 胸の底に浮かんだしこりを振り払うように近くの鉱石へと視線を向けていれば、店主が客と思ったのか声をかけてくる。


「おっ、兄ちゃん。ひょっとしてそれが気になるのかい? お目が高いね。そいつぁホーラス地方で獲れた鉱石でね。僅かだが水のエーテルが含まれてるんだ。持ってると治癒法術を使う時に力になるぜ!」


 ホーラス地方は以前神が賜った実、マナの実が発見された地方でもあってね……と滑らかな説明がはじまる。その話については私もよく知っていたし、何より話や値札にふさわしいほど上質のエーテルが込められているわけではない。


「含有量を見たところ、治癒法術の助けになるよりはむしろ類似する水エーテルを内包している物質の保護を助けるといった方がよい気がしますね……」


「え」


 予想だにしない切り返しに向こうの舌が止まる。このままだとただ冷やかしで営業妨害をしてしまった気にもなり悪いな……。補足に一言二言つけ足した。


「この街では薬草を精製する方も多いですし、カラント草の長期保存に一役買えるくらいの文言の方が、購買される機会も増えるし誇大広告にもならないのではないでしょうか」


「はっ……そんな言い回しがあったか。参考にさせてもらうぜ!もしや兄ちゃん、もしかして前に街で噂になってた『目利きの白聖人』様か!?」

「いえ知りません」


 本当に知らない。何だそれは。

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