第31話 壁の弊害
バラッドの提案。
アカネを私たちの協力者にするというのは、たしかに成功すれば利点が大きい。彼女がどのような選択をするかで、国の未来が変わるのだから。
だが同時に、一歩介入の方法を間違えればバグは取り返しのつかないものになるのではないだろうか。
《肯定します。ですが当方の判断としてはあくまで彼女の在り方や思想を大きく誘導しない限り、危険性は高くないと認識しています》
だとしても、それを彼女に話をして受け入れてくれるかは……。
そう考えながらアカネを見れば、地面に膝をついて伏せた瞳で私の言葉を待っている。その姿は目の前に短刀が幻視できるほどに覚悟が決まっていて、こちらが思わず焦りを覚えてしまうほどだ。
「あ、アカネ?」
「私の罪は全てお話ししました……あとは煮るなり焼くなりソテーにするなりヴァイスさんの思うままにしてください……」
「内心の自由すら保証しない人間だと思われてるのかな??」
これでも幼少期から皇家教育を受けているのだが……その自由を剥奪するように見えていたのだろうか。
自らの罪の重さで埋まってしまいそうな彼女の肩に手をおいて、殊更に穏やかさを意識した声で呼びかける。
「落ち着いてくれ。たしかに驚きはしたけれど、軽蔑などしないさ。動機はどうあれ、君が俺をこれまで助けてくれたことは事実だ」
「ヴァイスさん……」
「それに、俺も実のところ君には話せていないことがある。……俺はね。知っていたんだ。
君が話してくれた内容の一端、この世界が空想遊戯──ゲームの世界だということを」
「え、それってどういう……」
「ヴァイス、アカネ。こんな所にいたのか」
がたがたと壊れかけの扉を開けて、イェシルが顔をのぞかせる。私たちの姿を認めると顔をゆるませて、そのまま中へと踏み入ってきた。
「イェシル、どうしてここに?」
「ヴァイスがいつになっても戻ってこないから、団長が落ち着かなくてさ。ユーリス執事長が探しに行けって言うんだよ」
「ン゛ッッ、」
謎の呻めきがアカネの口から漏れる。……これまでにも度々似た様な声が聞こえていたが、先ほど転がっていた時の反応を思い出すと、自然と飲み込んだ言葉が察せる気がした。察したいかといえば話は別だが。
「にしても、アカネと一緒だったんだな。ひょっとして調子が悪そうだったとか?」
「まあ、そんなところかな」
奇行と調子の悪さを同一視していいかは甚だ疑問だが。まさか詳らかにするわけにもいかない。イェシルの視界の裏でアカネがこちらに必死に手を合わせているから尚更。
「そうだったのか……ごめんな、アカネ。気付けなくてさ。宴席には戻れそうか?」
「え、ええと……」
「いや。今戻ってもまたツィルハネ様やユーリス様に捕まって厄介な目に遭いそうだからね。アカネの調子も万全ではないし、このまま先にお暇させてもらいたい」
残る仕事としては遠征地の片付けくらいだろう。
そちらは手順の献策をすでにしているし、アカネと私がおらずともなんとかなるだろう。……むしろ残ってお偉方の無言の勧誘の圧に巻き込ませる方が申し訳ない気もした。
私の答えにイェシルも眉間にシワをよせたが、「まぁ、しょうがないか」と頭の後ろをかく。
「ネグロ団長だけなら仲良くしろって言いたいけど、あの圧はオレもビビるもんなぁ……、そしたら二人が見つかったってのと、アカネが体調悪そうだから送ってくるって報告してくるから、ちょっと待ってな」
「…………ん? 俺たちだけでも帰路は平気だよ。移動は休み休みになるかもしれないが、最悪馬車を頼む選択もある」
イェシルこそ抜けてしまっては困るだろう。宴席の半ば主役であり、まだ遠征訓練も完全に終わったわけではない。彼の存在は未だ必要なもののはずだ。
「そうかもだけどさ……オレも心配なんだよ、アカネのこと」
《今回のイベントを通してイェシルのアカネへの好感度も高くなっています。故に体調が悪いと言う彼女を放っておけないのでしょう》
副音声の解説が入る。それだけ親しくなっていると言うのは共通の友人として喜ばしいことなのだが……。謂れの知れない違和感を腹に抱いていれば、やけに焦ったアカネがイェシルに尋ねてくる。
「い、いえ。私は一人でも大丈夫ですよ……! イェシルさんはポールさんと、ヴァイスさんはネグロさんとそれぞれ仲直りされたばかりでしょう!? まだお時間もあるんですしゆっくり話してください。後で私にも何を話してたか教えてくだされば……!」
私は一人でも帰れますからと握りこぶしを力強く作られる。いや、流石に元の街まで徒歩と馬で合わせて一時間半以上かかる道のりを一人で行かせるつもりはないんだが……。
(どうしてここで急に固辞をするのだろう。私は知らないうちに彼女に不快なことをしてしまっていたか……?)
《──これは推察ですが。彼女自身の趣向を鑑みるに、自分が中心に置かれることを好ましく感じないのでしょう。俗にいう壁になりたい派のオタクの可能性が高いです》
(すまないもうちょっと理解できる言葉で喋ってくれないかい?)
壁になる? 彼女は人間だが……。
《先ほど主人公が口にしていた腐女子とは、主に男性同士の同性愛を取り扱った創作物を鑑賞することを好む趣向があります。自らと異なる性の二人を鑑賞するということで、自らのことを存在しないように扱おうとする、所謂『壁になりたい』という派閥が存在します。
彼女の自らではなくヴァイスに率先して動いてもらいたがる指針を見るに、第三者的、あるいは無機物的立ち位置から萌えの片鱗を探り出したいのでしょう。ちなみに類似の存在として当て馬的立ち位置になりたがる、理解者ポジションを確保したがるというものがあります》
すごいな……。ここまで理解できなくもないのに理解したくない物事というのはあるのか。いや、内心の自由は先ほど言った通り尊重されるものだが。頭が痛くなってきた。
それとは別の側面で、問題が浮上する。
(……彼女の方針、この世界的にはだいぶ不味くないかい?)
《肯定します。彼女がイベントの中心であることを避けていれば、発生しうるイベントや、国に必要な救済すら与えられない可能性があるのですから》
ここに来てようやく、バラッドが私を呼んでまでこの現場に介入させた意図を理解した。彼女があまりに趣向を優先してしまったら、最悪この国は滅ぶのだ。
「とにかくさ!」
「!」
私とバラッドが声なき声でやり取りを交わしていた間にも、イェシルとアカネの話は進んでいたようだ。熱のあがった会話を遮るようにイェシルが大きく手を鳴らす。
「手伝いを呼んでおいて礼も言わずに個々人で勝手に返すわけにもいかないしさ!……って表の理由もあるんだけど、もしアカネがそこまで調子悪くないっていうなら、帰りがけにちょっと二人に相談に乗って欲しいんだよ」
「「相談?」」
アカネと声がきれいに重なるのを見て、イェシルが小さく笑った。
「ははっ、仲良いな。相談ってのはさっき名前出てたポールのことなんだけどさ」
「喜んでお聞きします!!」
勢いよくアカネが頷いた。目が輝いている姿は、一見すれば友人の力になりたいと意気込むようにもみえるんだが……。
若干複雑になりながらも、ポールのこととあらば私にも無視はできなかった。彼は現状唯一、バラッドの声を聞いた人間だ。アカネほどの勢いではないものの、話を聞かせてほしいと頷いた。
「じゃあ、帰りがけにその辺は詳しく話すよ。その前に団長たちに一言言っておくから、二人とも勝手に帰らないでくれよ?」
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