第18話 慣れ親しんだ食事会
なんにせよ、ネグロと夕食を摂ることになったことを後方支援の面々とアカネには伝えなければならない。そう思いながらあの特徴的な鮮やかな赤色を探せば、随分と肩を落とした様子で俯いていた。
「……アカネ。どうしたんだい、そんな悲しそうな顔をして」
「──ヴァイスさん。いえ、あの後イェシルさんを探して、ポールさんと話をしようと提案したのですが……」
断られてしまったわけか。途中で言葉は途切れたが、沈痛な面持ちは否が応でも続く内容を悟らせる。
《……本来、主人公が話をしようと言い募った際にイェシルがそれを断る流れは予定されていません。遠征訓練のイベントが早期に始まってしまった影響か、ポール自身がバグの影響を受けている故の連鎖かいずれかでしょう》
(厄介だな……下手をしたらイェシルのイベントがここで頓挫するということか)
それはなるべくなら避けたい。
「でも、アカネはまだ二人の仲を取り持つことを諦めていないのだろう?」
「……はい」
「なら、私も彼の説得に力をかそう。……夕食後になるけれど」
「はい!……え? 夕食後?」
アカネの顔を真正面から見れない。いろいろなことを彼女に隠している居た堪れなさが半分、どうしてこうなったのか私自身分からない戸惑いが半分。
「ああ。……先ほどネグロ殿とお会いして、夕食に誘われたもので」
「えっ!?!?そんなおい、もえ、コホンコホン。そんな凄いことに!?」
先ほどまでの曇り顔が一瞬で輝いた。というかこれまで見た彼女の表情中で最大の輝きかもしれない。表情の意図が読めないが、内心の困惑をここで露わにするわけにもいかず。短く頷いて返す。
「ああ。ありがたいことにね。本当はアカネも連れて行って取り次ぎが出来ればよかったのだけれど……」
「いえいえ! 私のことは壁か何かと思ってお気になさらず! なるべく近くを陣取って話を聞けないかあがきますから!」
握りこぶしを固くつくり、溌剌たる瞳と声だ。何をそんなに意気込んでいるのだか。そもそも後方支援部隊と参事以上の面々の天幕は会話が聞こえない程度には場所が離れている筈だ。
「お土産話期待していますから!」
「……そうだね、折角話をする機会があるんだ。色々と伺ってくるよ」
本当に返すべき言葉はこれであっているのだろうか。どことなく歯車が噛み合っていない心地になりながらも言葉を交わし、夕食に向かうべく席を立つことになった。
当たり前のことながら、ネグロが坐する天幕は騎士団の中でも高位の階級、あるいは立場を持つ者たちが集っていた。各部隊の責任者が集まるその中心ともあるべき場所から、振り返ったネグロがこちらを見る。
一般の騎士なら泣いて一礼だけをして逃げ出すような圧かもしれないが、私としてはむしろこうした空気のほうが馴染みがある。
特にネグロの両脇を固める男たち、ヤコブ=ツィルハネ師団長とルカ=ユーリス秘書長官は皇宮でも見たことのある顔だ。
「お話は聞いておりましたが、確かに雰囲気がヴァイス皇太子殿下に似ていらっしゃる」
以前は灰色混じりだった顎鬚がすっかり白くなったツィルハネ師団長が、値踏みをするようにこちらを見た。すぐに破顔した師団長とは真逆に、ユーリス秘書長官はこちらに一瞥すらくれることなく頬杖をついている。
「バカなことを口にするな。殿下も生きていらっしゃればもう三十になられる。あれほど聡明な方に似ているなどと……」
「はいはい。ぶっちゃけネグロ団長もだが、特に事務方に関わるお歴々は皇太子殿下への信に篤いからなぁ。気を悪くするなよ? 坊主」
「ええ、それだけ聡明とされている方に似ていると仰られるのはある種光栄なことでもありますから」
ツィルハネの言葉に笑みを浮かべてから、ネグロの隣へと促される。……アカネが来てたらきっと緊張で椅子に座るなんてできなかっただろうな。あの子を無理に連れてこなくてよかった。
「皇太子殿下に似ているという話はさておき、聖女さまの元に最近手を貸している奴がすこぶる優秀だって噂は騎士団にも届いていてな? ぶっちゃけ俺らとしても気になっていたわけだ」
「…………全く。その為に今宵の食事に誘ったわけではないのだが」
「だーんちょう。んな固いこと言うなって。ぶっちゃけ邪魔かもなー、とは思ってたけどさぁ」
機嫌よくネグロの肩に腕を回すツィルハネは騎士団の中でも最古参に当たる男だ。本人はこれ以上上に行ったら突貫して目も当てられなくなると喧伝しながら笑う男だが、それでも師団長としての力は随一だ。
ネグロにとっても入団当初から世話になっている相手なため、提案を固辞できなかったのだろう。食事をしたい相手がいるからと断りを入れようとしたネグロがうまく丸め込まれる姿が容易に浮かぶ。
「……悪いな。本来ならば別に席を設けさせる予定だったんだが」
実際彼としては不服なようで、眉間にシワが寄っている。彼らに私の正体を気取られるわけにはいかないから、注意を十分にはらう必要があるが……そう考えていれば、膝上に乗せていた手首に熱を感じる。見やればそこにはふしくれだった指が回っていた。
──私が臆して断るとでも思ったのだろうか。手首を掴むネグロを見上げれば、緊張を隠せない面持ちでその黒の瞳をこちらへと向ける。
……一体何を不安に思っているのだろうか。そんなに必死にならずとも、やはり止めだというつもりはない。笑みを浮かべて頭を下げる。
「俺はかまいません。若輩者ではありますが、是非ご同席させてください」
そう、同時にこれはチャンスでもある。
騎士団の中でも中核を統べる優秀な者たちの集いだ。心象をあげるにしても、情報を集めるにしてもこれ以上良い場はないだろう。
一身に視線を注がれていることを自覚した上でなお、やわらかく微笑みをうかべてみせた。
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