第8話 願ってもない提案
アカネの話を要約するとこうだ。
彼女はここが住まいではなく、数週間ほどこの地域の支援をしにきている。だが依頼だけならともかくその事後の書面や依頼品の運搬なども全て一人でやるのは難しく、手伝いをしてほしい。勿論お代は払うから、と。
「私の滞在は二週間から一月くらいになるとおもいますけれど、それまでの間ずっとでも、ちょっとの期間でも構いません」
「それはありがたいけれど……逆に至れり尽くせりすぎて申し訳ないな」
うまい話というのはいつだって裏があるものだ。
たとえ聖女、ゲームの主人公が相手だとしてもおいそれと信頼していいものなのだろうか。
アカネの顔が目に見えて曇り、両手の指を組んだままモゾモゾと動かした。
「……正直なところを言うと、本来私がやりたい依頼の対応よりもその後の事務処理に今、時間が取られすぎているんです。猫の手も借りたいといいますか……」
猫の手?
聞きなれない言葉に首を傾げていると、ぴぃと澄んだ声が聞こえてくる。
一体どこに行っていたのだろうか。バラッドが空から舞い降りて少し離れた軒先に舞いおりた。
《猫の手を借りるとは、現実世界の慣用句で「非常に忙しく手不足で、どんな手伝いでもほしいこと」のたとえです》
……副音声の解説はゲーム以外のこともできるのか。
だが、そもそも大前提としての疑問が残る。少々大変だが、ここは同時に質問をしていこう。
「一体何をして欲しいとか、そう言った要望はあるのかい?」
(そもそも何故ヒロインがこの街に滞在しているのだろうか。空想遊戯としては自然な話なのかい?)
「依頼の書類がたくさんあるのでその整理と、あとはお金関係の計算です。……実のところ、算数、じゃない。計算がちょっと苦手で……私。
ヴァイスさんはさっきのお買い物でも計算が早かったですし、私が依頼に動いてる間に過去の依頼書のそれぞれの報酬の整理をして、完了書を届けてくださるだけでも助かるんです」
《はい。ゲームの主人公は教会預かりの立場ではありますが、国を救うために各地に滞在をすることとなります。滞在地次第で依頼の内容や訓練できるステータス、会える攻略対象やイベントが変わる仕組みです》
アカネの切羽詰まった声に重なるように、バラッドの無機質な副音声が解説をしていく。
《初期は皇宮に長期滞在する条件が満たされていません。皇都中枢には滞在可能ですが、そこに寄せられる依頼達成に必要な名声もステータスも足りない懸念があるため、序盤は皇都内の街で依頼を受けてコツコツ名声を貯めることが推奨されます》
「なるほど……それくらいなら俺にも手伝えるか。滞在の期間はまだ明確には決まってないのかな?」
(本来のゲームには私はいなかったのだけれど、手伝いをして問題は起きないか?)
「はい。この街の問題ごとが大体解決したら……とは思ってますけれど、まだどれくらいになるかは。一月以内には一度区切りはつけるつもりです」
《おそらくは問題ありません。本来ゲーム上では依頼を受諾して目的をこなして任務完了の報告をする3ステップで完了ですが、システムの裏で行われている作業もあります。……これは推測になりますが、バグの影響でそのシステムにエラーが出ている可能性もあります》
システムやエラーという単語の意味はわからないが、世界を揺るがす原因となっているバグが関わってくるのなら、他人事ではいられない。
なにより彼女の提案はありがたかった。右も左も分からない状態では何をすればいいかも分からない。ゲームに間接的に関わり、バグの要因を探しつつ生計も立てれるのなら言うことがない。
「……そうか。なら折角だし、少しの間お世話になってもいいかな?はじめのうちは迷惑をかけるかもしれないけど」
「!!ありがとうございます!よろしくお願いします!」
背景に花が咲いたような喜びようだ。
良かった良かったと、話を聞いていたイェシルも相貌を崩した。
「んじゃ、今度から教会の相談所に行ったらアカネだけじゃなくてヴァイスにも会えるんだな」
「教会?」
「あ、そうなんです。サポートの拠点に教会の相談所をお借りしてて……泊まれるお部屋もまだ残っているというお話ですから、買い物が終わったら案内しますね」
……皇帝と大司祭長が行う教会の儀によって召喚された聖女。教会内に拠点があるということは当然とも言える。
(……世界をリメイクという形で変えたと言っていたが。ネグロと教会は変わらず対立しているのか?)
《肯定します。ブラン皇帝陛下を支持する教会とネグロ騎士団長がトップに立つ騎士団の反目は変わらず、ネグロ騎士団長の女神嫌いも継続の設定となっています》
ならば、教会を根城にすることで彼と出逢う可能性は下がる。
──眠る前に青い鳥から聞いた話では、襲撃イベントが今後起きるはずだが。名声をあげる期間だけならば大丈夫だろう。
「ああ、部屋まで用意してくれるというのはありがたい。改めてよろしく頼む、アカネ」
「はい! よろしくお願いします!」
現時点での最良の判断と言えるだろう。改めて彼女の提案を受け入れることとすれば、後ろ手に握りこぶしを作った彼女が破顔する。
丸いフォルムの青い鳥が、胸をふくらませながら首を左右に振った。
『………………ピィ』
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