第6話 青い鳥のさえずり

 ベッドが二つ並んだ一室。寝るためだけに用意された簡易的な部屋に入ってすぐに私がしたことといえば、窓を開けることだ。

 手を伸ばせば、チチッと愛らしい囀りと共に小鳥が私の手の上へと舞い降りた。


「バラッド。待たせたね」

『ピィ!』


 駐屯所へと入る前に、万一を考えてバラッドを外にやっていたのだ。

 無機質な言葉……副音声とやらは聞こえないとしても、青い鳥にネグロが見覚えがある可能性もある。正体を知られる材料は減らしておきたかった。


「早速だけれど、イェシルが帰ってくる前に現状の整理と今後の方針を決めたいんだ。この世界にはバグが発生しているといったな? 私はその原因を探りさえすればよいのか?」


《発見のみではなく、改善が必要となります。種類によっては私もお手伝いできますが……》


「どちらにしても時間がかかりそうだな……制限時間はあるかい?」


《明確な期間は定められていません。バグの影響でもある綻びが閾値を越えれば、あるいはゲームの中の時間軸がバッドエンドルートに確定してしまってはまずいと思ってくださると》


「綻び……私に正体を隠すようにと言った理由だね」


《はい。あなたの正体が明るみになれば国の在り方も攻略対象たちも大きく変わるでしょう。極論を言えばゲームの主人公が国を救ったうえで誰か攻略対象と結ばれるならば、ゲームとしては成立します。ですがあなたが元皇太子ヴァイス殿下だと知られれば、そう簡単には行かなくなるでしょう?》


「……まあ、そうだな。否が応でも行方不明になっていた皇太子が見つかったということで、ブランの座すら揺るぎかねない」


 主人公の手を離れた形で国が更なる混乱に陥ることは避けたい。

 それに弟がすでに皇帝として立っているのなら、それを脅かすこともしたくなかった。


《はい。そのためこの世界を安定させる方法は二つあります》


 一つ。バグが発生した根本の原因を把握して取り除くこと。ヴァイスが目覚めたこと以外にもバグの影響はあるかもしれない。その綻びを辿って根本を正す必要がある。


 一つ。主人公が順当に攻略対象の誰かと結ばれること。友情ルートや誰とも結ばれないノーマルルートの選択肢もあるが、その場合は“リセット”という新たな問題が起きる可能性がある……らしい。


 バラッドの語る言葉を聞きながら顎に手を当てた。


「……なるほどな。とあらば、私が主に動けそうなのは前者の方か。さすがに恋の手伝いは私には荷が重い」


《そうですね。主人公がどの攻略対象と結ばれるかはプレイヤーの意思次第ですし、それに》

「それに?」


《下手にブラン皇帝陛下やネグロ騎士団長攻略の時にヴァイス元皇太子殿下がいたらそれだけで攻略不可になりかねないので》



「………そんなことは、さすがに、ないと思うが……」


《あります。ヴァイス元皇太子殿下は自分が二人から執心されていることを自覚ください。可能性は非常にあります》



 二度言うほどかぁ……。



《幸いバグそのものに対しては時間制限はありません。ゲームの進捗度合い次第かとは思いますが、それも合わせてなるべく顔見知りの攻略対象との接触を回避しつつ情報を集めましょう》


「分かった。……ところでバラッド、もう一つ。今のお前の状況について確認してもいいかな?」


 ピ? と青い鳥は愛らしい声を上げて首を傾げる。指先で首元を撫でると甘えるように鳴いた。



「以前の時はお前の姿も声も他の者たちに見ることは出来ず、神代より伝わるマナの実を用いてようやくそれが果たせたわけだ」


《またの名をカキンの実、ゲームのDLC……課金要素によって手に入るアイテムですね》


「そうともいう。あの時はお前の姿も声も伝わっていたが、今は姿だけ見えていて、声は聞こえていないようだが」


 正直なところそちらの方が助かるのも事実だが。理由が分からずに急にいきなり副音声が周りにも聞こえたら厄介なことになるだろう。


《はい。……今回のリメイク作業に伴いバラッドの立ち位置も一部修正が見られています。そのため以前取得していたカキンの実の効果は全てリセット。リメイク前は常時行えていた副音声による裏情報の提供も、課金要素の一つとなっております》


 ……どことなく世界を再設定した者たちの思惑が透けている気がする。世間一般でいう改悪の可能性では?



《ヴァイス元皇太子殿下にバラッドの副音声が認識できているのは、殿下自身がバグの影響で目覚めていることと関係しているでしょう。

 逆説的に考えれば、バグの影響を受けている者には私の声が同様に聞こえる可能性もあります》


「なるほど……なら、綻びの把握に繋がるかもしれないな」


 利点もあり、危険も伴う。

 だが何がバグとやらの要因かわからない以上、判断基準の一つにはなるだろう。口元に薄く笑みを浮かべる。


「バラッド、今後私を“元皇太子”や“殿下”と呼ぶのはやめてくれ。間違ってはいないが、万一バグを発生させている相手が、それを聞いて広めてられたら大変だからね」


《承認しました。では、これよりヴァイスと呼称させていただきます》


「ああ。よろしく頼む。……イェシルがそろそろ帰ってくるかもしれないし、今日のところはこれくらいにしようか」


 眠る前にはあたたかみのある言葉を使ってくれていたバラッドの声が無機質なのも、カキンの実の効果が切れたからなのだろうか。


 一抹の寂しさを胸に、その夜は眠りにつくこととなった。

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