ー過去回想ー 少年がその日見た悪夢

いつも通り狩りをしていると突然空が暗くなり巨大な何かが僕たちの住む場所を破壊している光景が見えた。ただ地面に着地しただけなのに家が潰れ逃げ遅れた何人かの同胞が地面のシミに変わっただろう。圧倒的巨体それ故に圧倒的質量。それが腕らしき箇所を一振りするだけで何人もの同胞が宙を舞い奴の口の中へと消えていく。当然空中に放り出さられた同胞らは落下しながら武器を構えて攻撃しているが全て全身覆おう頑丈な鱗に弾かれる。しかも鱗には傷一つ付いていない。奴はまるで野鳥が虫を啄むようにこちらの反撃など意に介しておらず、全てにおいて圧倒的な格の違いがあるのが嫌でも分かる。


「父さん、アレ何。どうすればいい?」


それでも僕は落ち着いて弓を構えながら父さんの指示を待つ。下手に獲物を刺激して更なる同胞の損失を防ぐためだ。


「分からん。俺も初めて見た…。ただ見た感じあの分厚い鱗がある限り何をしてもダメージにはならないだろうな。」


「了解。鱗を剥がせば良いんだね?」


「出来るか?」


「やらなきゃ皆んな死ぬ。だから出来なくてもやるんだよ。鱗は僕が剥がす。」


僕の知る限り同胞の中で僕が1番矢のコントロールが上手い。皆的に当てられても矢の軌道までもは操作出来ない。…あの頑丈な鱗を剥がすには鱗の隙間に矢を放ち、鱗には当たらないように皮膚との接合部を射る必要がある。だが、軌道を変えれない同胞では背後を取れない限りあの鱗の隙間に触れれない。巨体過ぎるが故に背後を取るのは至難の業、つまり、僕以外奴の防具を剥がすことができない。


「分かった。ではこちらは鱗が剥がれる前提で動く。残った狩人であのデカいトカゲを狩れるか分からんが出来る限りの事はするか…。」


ここまで弱気な父さんは初めて見た。それ程の差が奴単体と僕らにはあるって事だろう。父さんは何一つ判断を間違えないだから…。

だから、父さんの判断をただ信じて鱗を剥がす事に集中する。

父さんが離れたのを確認し限界まで引き絞った弓の弦から手を離すと同時に狙撃ポイントを変更する。理想としては矢が放たれた事に奴が気づく前に次のポイントへと移動し終えていたい。


僕の放った矢は鱗の隙間に入り込み数枚の鱗を剥がす事に成功し、一部の皮膚が露わとなる。剥がれた箇所を確認するが皮膚自体には傷一つ付けられていなかった。

つまり、鱗と皮膚の接合部だけが比較的脆く他の箇所に当てたところで碌なダメージは無いが僕の攻撃でも鱗を剥がしきることは可能。最悪の事態である威力が足りず剥がれないって事態は回避できた。

それに気づくと同時に奴と目が合ってしまった。どうやら奴の眼はこの距離でも鱗を剥がした僕を見失ってはいなかったらしい。今まで餌を見る目で見ていた奴から初めて敵意と殺意が漏れる。


「不味いっ!!」


もう次の瞬間には奴に一瞬で距離を詰められ、腕で僕の足場の木々が薙ぎ払われる。木々がベキベキと音を立てて宙を舞い、その上に乗っていた僕も当然の様に宙を舞う。一瞬にして数百m上空に投げ出され奴と再び目が合い、大きく腕を振り上げているのが見える。


「破壊規模が大き過ぎて僕1人へのダメージが少ない事が不幸中の幸いだ。」


背負った矢筒から矢を取り出し落下しながら構える。


「僕が死のうとお前の鱗を全部剥がせば父さん達がお前を殺す。ここを襲ったことを後悔するんだな。」


奴の追撃が来るより先に矢筒の矢を撃ち終えたが目の前に迫る大きな爪にはなす術がなかった。


「ゴハッ!!!」


相手が巨体すぎた故にどうにか串刺しは回避出来たが上空から音速越えの速度で叩き落とされたダメージは想像以上にデカい。

数十mはあろう土壁が周りを覆って、視界はぐわんぐわんしてるし、両足は変な方向へ曲がり骨が突き出ており、折れた肋骨が肺に刺さった影響で呼吸をする度に激痛が走る。恐らく内臓の幾つかは破裂しているだろう。

でも、足を犠牲に腕を守れたお陰で腕は他と比べると損傷が少ない。まだ、反撃出来る。


「うぅ…。」


食事から外敵の排除へと認識を変えたモノはどんなに力の差があろうとも敵を排除しようと全力を使う。つまり、奴に敵として認識された僕は当然圧倒的な暴力による蹂躙を受ける事になる。それが分かっていてもこの状態では避ける術はない。

巨大な口から青い炎が地面に吹きかけられ、一瞬で辺りが焦土と化す。当然足が使えない僕が回避出来ない。

暫くの間焼かれ続け、次にその巨体に約束された圧倒的質量と筋力による踏みつけ攻撃が降り注ごうとした瞬間僕の身体は一瞬でその場から姿を消した。


「生きてる!?」


どうやら僕はディーネに助けられたらしい。ディーネは僕が知る限りの同胞の中で最速。だから奴でも目の前で見失ったのだろう。


「ディーネ…。僕はディーネと一緒で頑丈なんだから当然でしょ。ただ焼かれたせいで目は見えない。」


咄嗟に急所を手で覆ってガードしたが皮はパリパリ。動く度に変な汁が身体から滲み出る。唯一助かったことと言えば表皮の神経ごと焼かれてるから痛みを感じないって所だけかな。


「長老が言うには今回は相当ヤバいって。全滅する可能性が高いみたい。それと残念なお知らせなんだけど鱗を全部は剥がせてないし、鱗を剥がせる程の威力で軌道までもを精密に操作できるのシル君しか居ないからまだ仕事残ってるよ。」


「ハハ、長老も僕に無理強いをしてくれるな。こっちは狩人の命である目が見えてないんだぞ。いや、泣き言を言ってる暇はないか。弓矢ある?」


僕は腕が動くのを確認するとディーネにそう問いかけた。何故ならばさっきので僕は矢を撃ち切っていたし、僕の弓は消し炭にされている。新しいの持ってきてなきゃ腕が動いても何も出来ない。


「当然、シル君が使い慣れた奴じゃ無いけど長老から借りて来たよ。」


「もう一仕事…。あれは絶対驚くだろうな。殺した筈の僕がまだ生きてるんだから。奴目線では灰すら残さず蒸発した様に見えただろうし。…ねぇディーネ、君だけで逃げても誰も責めない。こんな危険な賭けに狩人でも無い君が乗る必要は無いんだよ。」


ディーネに背負われながら僕は心の内を吐露する。正直あれに勝てるビジョンはあれど僕が生き残る道は無い。皆の為とは言え道連れにするのは嫌だ。どうせ助からない僕が死ぬのとまだ助かる可能性があるディーネも死ぬのでは命の価値が違う。


「何言ってるの。私達は死ぬ時も一緒だよ。」


嬉しい様な悲しい様な…。道連れは僕としては許されざる愚行なのだが少し安心している自分もいる。


「じゃあ死んでも恨まないでね。奴は絶対僕を狙う。僕を背負って奴の攻撃が届くより早く逃げなきゃ一撃だよ…。出来る?」


「シル君は軽いから大丈夫だよ。お姉さんに任せなさい!!」


こんな時でも明るいのはいつも通りで安心する。お姉さんと言っても僕より少し大きいだけだから心配してるんだけど…。


「見えてないから当たるか分かんないよ?こんな不確定要素が多すぎる賭け、正直無謀だと思う。」


「シル君は見なくても当てられるでしょ。私達の中で1番技量と運があるんだから。」


「…分かった。じゃあ僕の事は考えなくて良いから逃げ続けて。」


僕は悲鳴を上げる全身を無視してディーネの肩から弓を構え奴の鱗を狙う。幸いにも奴は巨大過ぎるが故に音が全然違う。


「こっちに気づいたよ!!」


「分かってる。」


音から空間を予測し奴にいる場所に向かって矢を放つ。当然叩き落とされないように軌道は調整してある。体の構造的に避けられない箇所を通り狙い通りの箇所に命中させ続ける。


「火が来る!!」


「出来るだけ範囲外に逃げて。」


僕は木製の矢から鉄製の矢に持ち替える。


「炎の範囲的に当てるの難しくなるけど、炎を吐いてる間は隙だらけだった。矢の雨を降らせよう…。」


僕に一度でも隙を見せるとどうなるか分からせてあげる。


「シル君悪い顔してるね。」


「こんがり焼けたんだから多少はね…。てか、背負ってるのによく見えるね。」


「私は視野が広いからね。」


「多才で羨ましいよ。」


そんな会話をしながら複数の矢を同時に放つ。矢は風に煽られあり得ない軌道を描く。上空で停滞し、無数の矢を撃ち上げ終えるとまるで急に重力が発生したかの様に急降下を始め奴の攻撃を避けながら的確に鱗を剥がしていく。一瞬にして化け物の鱗が剥がれていく様はまるで鱗取りの最中の魚である。


「やっぱり風は僕の味方だ。」


「流石シル君。上空の変わりやすい風を読んだのかな?いや、風を呼んだのかな?」


「ただの神頼みだよ。目が見えていればもっと確実な方法を取るんだけど…。」


「そうは言ってもいつも当たるじゃん。シル君は風に愛されてるんだよ。」


「愛されるのはディーネにだけが良いな。自然に愛されるなんて一介の生物過ぎない僕には釣り合わないよ。」


自然は偉大で気まぐれだ。そんな存在に僕如きが釣り合うなんて身の程知らずにも程がある。


「嬉しい。やっぱりシル君は私だけのものだよね。絶対他の女には渡さないし、シル君に手を出すなら例え同胞であろうと皆殺しにするー。」


ディーネが戦場でなんか恐ろしい事を言ってるんだけど…。まだあのトカゲ死んで無いんだよ!?鱗、つまりは防具を剥がせただけでアイツにダメージ入ってないからね!?


「あとは父さん達に任せよう。僕は父さん達みたいな威力特化型じゃ無いから多分あの皮膚にダメージを与える事は出来ない。」


鱗が剥がされ素肌が露わとなった奴への攻撃音を聞きながらそう判断する。僕はあくまでも誤差無しの精密射撃と速射専門だ。父さん達みたいな破壊力は無い。鱗を剥がせたのだって接合部が弱かっただけだし、鱗が皮膚のどっちか並みの強度があったら多分探せてない。


「じゃあ、ここからはデコイ役だね。」


「ならあとは任せた。もうそろそろ限界なの…。」


僕はそのままディーネの背中で深い深い眠りに落ちた。


「おやすみ。安心して寝てて良いからね。シル君を傷つけた身の程知らずは絶対殺すから。」


眠りに落ちる直前そんな不穏な声が聞こえた気がするが気のせいだろう。ディーネは狩人でも戦闘者でもないんだし…。



ー半年後ー


「あ、シル君起きた?」


「全滅は免れたんだ…。良かった。」


ディーネが生きている事に安堵するが同時に一つの疑問が浮かぶ。


「あれ?なんで僕死んで無いの?」


あのレベルの火傷と全身骨折に加え内臓損傷確実に死ぬと思ってたんだけど。


「さぁ、シル君が頑丈でしぶといからじゃない?それより解体手伝いに行くよ!」


僕はディーネに引っ張られるままに外に出るとあの巨体が死体となっていた。まだ腐敗していない所を見るについ最近倒せたのが分かる。…あれ?なんで焼かれた眼も治ってるんだ?


「父さん手伝いに来たよ。」


「うん?あぁ、何せこの巨体だからな。捌ける奴が多いに越した事はない。」


「父さん…腕。」


「あー、右腕一本で済んだのは運が良かったとしか言えないな。真隣に居た同業は未だに死体すら見つかってないからな…。だがこれで俺も引退だ。武器を扱えぬ狩人などただの餌だからな。にしてもお前よくあの状態からたった半年で回復したよな。やっぱ先祖帰りの影響か?」


触れて欲しくないのか強引に話題を変えられたが止血している布に血が滲んでる…。恐らく失ってからまだ時間が経っていないのだろう。


「そうなんじゃ無い?取り敢えず解体ね。えーと、この規模でこの人数だと1ヶ月が現実的かな。長老って生き残ってる?」


「あー、あの爺さんなら当然の様に今回もしぶとく生き残ってるよ。あの爺さん昔から運だけは良いからな。」


「じゃあ、どこの素材が欲しいか聞いてきて。腐る前にそこだけ取り出す。」


「あいよ。」


暫くすると父さんが戻って来てリストを持って来た。


「えーと、ハツなんて珍味薬にでもなるのか?血は血抜きの時に採取すれば良いけどこの巨体だと血の洪水が起きそう…。皮は当然として肉の優先もこれでいいの?」


病み上がりとは言え結構な時間寝ていたんだ。無理をしてでも仕事に取り掛かる。何故ならば働かざるもの食うべからずだからだ。

僕はその日のうちにハツを取り出し長老へ届けた。



ー1ヶ月後ー


解体を終えいつもの生活に戻ったが失った同胞が多過ぎる。僕の父さんは生き残ったがディーネの両親は戦死し、僕の祖父母だった者は地面のシミになって消えた。


「元に戻るにはあと何年かかるんだろ…。」


僕は被害地域全体が見渡せる丘に来ていた。いつもはこの近くで父さんと狩りをしていたのだが今日はそんな気分じゃない。

仕事に忙殺されていた1ヶ月は良かったが仕事が終わると同時に喪失感を実感している。僕の知り合いの殆どは戦死し、狩人を生業にしていた同胞に至っては9割以上が死んだ。

…僕が経験する初めての同胞の死が大量虐殺だなんて想像もしていなかった。いや、僕が生まれたせいで母さんは死んだんだし覚えてないだけで同胞を殺し、その死を近くで見ていた筈だから初めてでは無いか。


「建物とかの被害なら数ヶ月もすれば戻ると思うよ?」


ただ悲しみにふけていると背後からディーネに話しかけられた。


「建物じゃ無いよ。この大災害で失われた活気を取り戻すには気が遠くなる程の時が必要そうだなぁって。狩りに出れる人員も少ないし暫くは飢えるかもね。ほら、僕って狙撃は得意でも探すのは下手くそじゃん。」


「いや、シル君探索索敵超得意じゃん。正確に言えば重度の方向音痴でしょ?獲物が取れても1人じゃ戻って来れないもんね。」


「うぐっ…。だって目印つけてもいつの間にか同じ場所に戻って来てるんだもん。」


「仕方ないからこれからは私がついていってあげる。もうやる事ないし。」


「ありがと。」


「…ねぇ、シル君。泣きたい時は泣いても良いんだよ?無理をしても、現実は変わらないし死んだ家族も仲間も友達も生き返らない。乗り越えなきゃいけない。永劫の時を生きる私達には必ず通る道だし、いつ誰が最後の1人になるかも分からないのだから。」


その日は優しく抱きしめてくれるディーネの胸に頭を埋め、ただただ泣き続けた。

同胞が、知り合いが、仲間が突然居なくなるのは嫌だ。もっと長い時間過ごせると思ってた。

トカゲが憎い。同胞を沢山殺したトカゲが憎い。でもトカゲは死んだし、弱者が強者に食われるのは日常だ。頭では分かってる。あのトカゲだって生きるために僕達を襲い喰らった。僕らが動物を狩って糧にしているのと同じだ。所詮この世は弱肉強食それが分かってるのに割り切れない。

圧倒的な力が怖い。巨体も怖い。ただのトカゲを見るだけで冷や汗が止まらず恐怖に脳を支配される。


「…ディーネは僕を置いていかないでね。」


掠れる様な声でそうディーネに願う事しか出来なかった。



ー数年後ー


僕が起きたら知らない場所に居た。近くに同胞の姿がない。あの日から毎日一緒に寝ていた筈のディーネが居ない。あの時の悪夢が脳裏をよぎるがそんな事は無いと言い聞かせ現状を把握しようと努めた。


「一体何が…。」


僕は故郷に帰る事だけを目的に行動を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る