第10話「人狼」



怪しげな会話が行われていることなど知らずに、

この男はいつもと同じく騒がしい食卓を囲んでいた。



「だーかーらー!

好き嫌いしちゃいけないっていつも言ってるでしょ?」


「苦手なものは苦手なんだよ!だいたいなんで卵焼きにわざわざ納豆なんて混ぜ込むんだよ!俺の苦手なものに苦手なもの混ぜるなんて、もはや嫌がらせの領域じゃないか!」


「かりんは…お兄ちゃんが苦手なもの克服できるようにと思って頑張って工夫してるのに…」

と涙目になる夏鈴。


それを見た幸近はすぐに卵焼きをほうばる。

「う、うまい!実際食べてみたら、こんなにうまい卵焼きは初めてだ!」


「ホント?じゃあ明日の朝もこれ作ってあげるね!」


「あ、あぁ…それは楽しみだ…」

幸近は涙目になりながら飲み込んだ。



翌日、学校から帰る際にソフィに呼び止められた。


「あなた今日何か予定あるのかしら?」


「特にないが、どうしたんだ?」


「クリスタとサーシャからアニメ鑑賞会とやらに誘われているのだけれど、あまり気乗りしないから早く帰る口実にあなたも一緒にどうかしら」


「お前ら最近仲良いよな」


「何言ってるの?これも全てあなたが原因じゃないの」


「でもその誘いをバッサリ断らないのは、お前もあいつらのこと大事に思ってるってことだろ?」


「と…友達…だから」と照れながら言うソフィ。


「お前も可愛いとこあるじゃん」


「な、何言ってるの埋めるわよ!」


「まぁ女子会に俺がお邪魔するのも………」

言葉を詰まらせたのは、下駄箱の中に入っていた紙と写真が原因だった。


「すまんソフィ!急用ができたっ!」

と言ってその紙と写真を手に取り、慌てて幸近は走り出した。


「ちょっと!何かあったの?」


「すまんっ!急ぎなんだっ!」


その写真には縛られている様子の夏鈴が写っており、紙には妹を返して欲しくば1人で来いと場所が指定されていたのだ。


幸近は慌てて指定された倉庫までやってきた。


「はぁ…はぁ、夏鈴っ!夏鈴!どこだー!」


「本当に1人で来たようだな、感心だ小僧」

椅子に腰掛けていたレッドが立ち上がった。


「お前が犯人か!夏鈴はどこだ!」


「そこで眠ってるさ」

レッドの指差す方向には倉庫2階で繋がれている夏鈴の姿があった。


「てめぇ俺の妹にこんなことして、ただですむと思うなよ」


「お前もオレの部下に随分な事してくれたみてぇじゃねぇか」


「お前がレッドか…」


「ほぅ…オレのことを知っているのか、なら話は早ぇな」


(ごめんケンちゃん…これは逃げられない…オレの戦う場所はここだ)


「お前をぶっ飛ばして、今日も夏鈴のうまい飯を食う!」


「いい返事だ」


するとレッドの巨体は更に大きく膨れ上がり上半身の服が破れ、毛深い人狼の姿となった。


レッドがその鋭い爪を向けながら幸近へと襲いかかる。


「藤堂一刀流 居合 無刀『空』(むなし)」

(柔の手刀で敵の攻撃をいなし、腕を掴んで敵を倒し関節を極める技)


幸近オリジナルの居合と合気道の融合技『無刀の型』が決まり、レッドをうつ伏せに倒すまでは成功した幸近だったが人間離れした体格のレッドに対して関節を極めきることに苦戦した。


(なんだこの肉体は…固く、そして重い…)


うまく極めきれずレッドは立ち上がり鋭い爪を伸ばしてきた。


「藤堂一刀流 居合 無刀『虚』(うつろ)!」

(剛の手刀で敵を突く、相手の攻撃が強ければ強いほど威力が増す技)


幸近の頬に爪が擦り傷がついたが、手刀はレッドの心臓の位置に直撃した。


2メートルほど後ろに飛ばされたレッドであったが、すぐに起き上がってきた。


「なるほど…この技で気倉井たちをやったのか」


(くそっ…全然効いてねぇ…)


「無能力にしてはやるじゃねぇか、人間の姿なら今のでやられていただろうな」


幸近は周りを見渡した。

ちょうどいい鉄パイプを見つけそれを使おうと思ったのだが、

人間離れしたスピードのレッドに胴の辺りを殴られた。


「お返しだ」


「ぐっ」

あまりの威力に10メートル以上吹き飛ばされ転がる幸近。


腕を立てながら起きあがろうとするが、血を吐き出す。

「ぐはっ」


ちょうど転がった位置に落ちていた鉄パイプを手に取り、

それを杖代わりになんとか立ち上がり構えた。


「打たれ強い奴だな、オレの攻撃を食らって立てるのか」


「いつも食らってる妹の蹴りの方が100倍痛ぇよ犬野郎」


「減らず口だけは達者なようだ、もう楽にして食ってやるよ」


その巨体から想像できない速度で向かってくるレッド。


「東堂一刀流 居合『虎風』(とらかぜ)」


2人が交差すると間もなくレッドは膝をついて頭から血を流した。

だが、頭を押さえながらすぐにこちらを振り返り話し出した。


(くそっ、これでもダメなのか…)


「お前の顔とその剣術からは、あの忌々しい女の顔を思い出す…

貴様もしかしてあの女の血族か?」


「誰のことを言っている」


「元グレイシスト7の『藤堂 真鈴』だよ」


「母さんを知っているのか」


「俺を刑務所へ送り込んだ女だ

俺はあいつを殺すためにわざわざ出てきたっていうのに

あいつは10年も前に死んだって言うじゃねぇか

目的を失って、憂さ晴らしを続ける毎日だったが…そうか、ガキがいたのか」


(ケンちゃん…報復ってそう言うことかよ)


「お前があの女のガキならばオレにとっては好都合だ、

妹共々食ってやるよ」


爪を立てて向かって来るレッドの腕を鉄パイプで弾くが、もう一方の腕が下段から上段へ振られ、その鋭利な爪は幸近の胴を斬り裂いた。


咄嗟の判断で後退していた事が功を奏し、致命傷にはならなかったが、中々の出血量だった。


「しぶとい奴だ、次で終わりにしてやるよ」


レッドがそう言った次の瞬間…


「重力強化(グラビティアッシュ)!」

聞き馴染みのある声が響くと共にレッドの動きが止まる。



幸近が振り返るとそこにはソフィの姿があった。


「何でここに…っておいお前っ!こんな所で異能を使うなんてバカなのか!」


「これを見なさい

控えおろう この認可証が目に入らぬかー」

と、手に持っている異能使用認可証をかざした。


「なんでお前が認可証を…」


「学年主席の特権なのよ、私はこれが欲しかったから主席を取るために努力したの」


「そんなものがあったのか」


「無能力のあなたには関係のない代物ね…

それ以前に学年最下位には関係ないが正しいかしら」


「ビリじゃねぇよ!たぶんだけどビリじゃねぇよ!」


「そんなことより藤堂くん、こんな事になっているのに何故私にひと言も言ってくれなかったのかしら」


「突然で焦ってたんだよ…」


「嘘ね、あなたは落ち着いていても1人で行ってしまったはずよ」


「それは…」


「あなたは知らないかも知らないけれど、あなたが困っているなら私はどんな事があろうと力になりたいと思っているの…

もし次こんな事があった時、私に相談しなかったら…絶対に許さない…」


そう言ったソフィの顔はとても怒っているように見えたが、

なぜかそれがとても頼もしいと思えた。


「手を貸してくれソフィ!」


「当たり前よ」



第1部 10話 「人狼」 完




登場人物紹介



名前:レッド・ビスク

髪型:白髪で長い襟足

瞳の色:灰色

身長:193cm

体重:90kg

誕生日:3月5日

年齢:51歳

血液型:AB型

好きな食べ物:肉

嫌いな食べ物:肉以外

ラグラス:人狼(ワーウルフ)

人狼に変化し身体強化に加え、鋭い爪と牙を持つ





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