第16話 ゴブリンの森

 第一階層へ向かうために、二人でポータルに乗った俺たちを、転移特有の眩い光が包み込む。そして――


「――っ」


 視界が開けた瞬間、俺は目の前に広がる光景に言葉を失った。


「すごいですわ! これが摩天楼内都市!」


 エメが言った通り、俺たちの目の前には街が広がっていた。


 外の摩天楼都市に比べれば規模は小さく、どの建物も一階か二階建てで、造りも外に比べて頑丈な素材を使っているわけではない。


 だが、地面は石材でしっかりと舗装されているし、外から魔物が入ってこないよう大きな石壁で街の周囲は覆われている。


「どうしたんですの、ナインさん」

「あ、ああ。驚いて言葉が出なかった」

「それは、驚きますわよね。ゴブリンの住む森の中にこんな街があるのですから」


 そう、第一階層は本来、辺り一面がゴブリンの住む森だ。前世で俺が挑んでいた頃は、第一階層に来て少し移動すればすぐに木の影からゴブリンが襲って来きたものだ。


 それが今はどうか。


 森の面積の約3割が切り開かれ、そこに街が築かれ、その中には武器屋や宿、それに医療施設まで開拓者を支援するための様々な施設が揃っている。


 ちなみに、第10階層まではポータルを囲むようにこのような街が形成されているというのだから、驚きだ。


「まさかここまでとは」


 事前に訓練所で教えられていたことではあったが、実際にその光景を目にすると、やはり心に来るものがある。


「ナインさん、本当に驚いていらっしゃるのですね」

「何?」

「まるで昔の様子を知っているみたいですわ」

「――っ、そ、それはまあ、普通、驚くだろ」

「まあ、それはそうですわね」


 危なかった。


 下手をすれば、俺の素性がばれてしまうところだった。


 今後は気をつける必要がありそうだ。


「それで、この後はどうしますか?」

「予定通り、早速森に行くぞ」

「わかりましたわ」


 本当は、もう少しこの街の様子を見てみたい気持ちもあるが、昼を過ぎると森の中に人が増えると聞くし、人が少ないうちにエメの戦闘経験を積ませておきたい。


 それから俺たちは、街の防壁にある門から外に出る。


「これがフロアボスへと続く道ですのね」

「そのようだな」


 本来なら、森を探索することでフロアボスがいる部屋の扉を見つけるのだが、今はその道順も整備されており、森の中に不自然に整備されたフロアボスへと続く一本道がある。


 これなら初心者が道中で命を落とすということはないだろう。だが――


「どうしました?」

「いや、何でもない」


 表情が険しくなっていたのか、心配そうにエメがのぞき込んでくる。


 俺が摩天楼に挑んでいた時は、当然こんな道などなく、フロアボスのいる扉までは常に命がけで進んでいた。


 それが今では、楽にフロアボスの所まで行ける。


 きっと、武器の性能の向上や魔術の発達だけでなく、こういう部分も今の人々の戦闘技術が低い理由なのだろうと、そう思っただけだ。


「打ち合わせ通り、森の中に入るぞ」


 フロアボスへと続く街道上では、ゴブリンと遭遇することはあってもその頻度は高くないため、俺たちは森へ足を踏み入れる。


「今日の目標は覚えているな」

「はい。ホブゴブリン3体の討伐ですわ」


 ホブゴブリンとは、ゴブリンの上位種で、身体の大きさはゴブリンの2倍は裕にあり、それに伴って力もかなりある。


 第1階層のフロアボスはそのさらに上位種であるゴブリンキングで、ホブゴブリンのさらに二倍の体躯と力強さを誇る。


 今日はゴブリンキングとの戦闘を仮定して、ホブゴブリンと戦うことが目的だ。


 三体なのは戦う際に使うエメの奇跡がまだ三回しか使えないからだ。


「中々いませんわね」

「ああ」


 森に入ってしばらくたつが、ここまではゴブリン一体と遭遇しただけ。


 昔なら、一体倒せばその周辺に10体はいたものだが、これも第一階層にいる開拓者が多いことが理由だろう。


「この調子だと、ホブゴブリンと戦うのも一苦労だな」

「そうですわね。とりあえず、今は奥に進んでみましょう」

「ああ」


 それからさらに森の奥に進むと、ようやくホブゴブリンに遭遇する。


「これがホブゴブリン」


 エメがホブゴブリンを前にして身構える。


 大きさは俺たちより頭3つ分くらいは大きく、動きの遅いトロールとは違い身体も引き締まっていて、それなりの俊敏性もある。


「戦い方は、トロールの時と同じだ」

「私が聖なる光ホーリーライトで動きを止め、ナインさんが止めを刺す」

「そうだ。行くぞ」

「はい」


 トロール戦と同じように、エメが俺に敏捷性を上げる補助魔術をかけると、そのまま俺はホブゴブリンに突撃する。そして――


「今だ!」

「はい『聖なる光ホーリーライト!」


 ホブゴブリンの意識が完全に俺へと向いた瞬間に合図を出すと、眩い光と共にホブゴブリンが両手で顔を覆う。


 俺はその隙を狙い、近くの木を足場にして跳躍すると、腰から剣を抜き、そのまま回転しながらホブゴブリンの首を一撃で切断する。


「まずは一体だな」


 剣についた血を払い、剣を鞘に納める。


「一応、素材の回収はしておきましょう」

「そうだな」


 俺はエメの言う通り、ホブゴブリンが首にかけていた獣の牙をあしらえた首飾りを取る。


 何でも、この獣の牙が良い研磨剤に使われるのだとか。


「この調子で残りの2体もいくぞ」

「はい」


 さらに森を進み、時折ゴブリンとの戦闘を挟みながら、俺たちは着々とホブゴブリンとの戦闘をこなしていく。そして。


「終わったな」


 日が西に傾き始める頃に、ようやく俺たちは目標を達成した。


「感じは掴めたか?」

「はい。これなら問題ないかと」

「そうか。なら予定通りに」


 そう言って、俺は持ってきておいたシートを地面に広げ、木に背中を預ける。


「どうした、エメ?」


 地面に腰を下ろした俺を、エメが若干引き気味に見てくる。


「その、本当にするんですの? 野宿」

「ああ」

「うう、その、今日くらいは宿を――」

「それはできない」

「うぅ、わかりましたわ」


 渋々といった様子で、エメが俺の横に腰を下ろす。


 エメの気持ちはわかる。


 確かに、女にとっては宿があり、その金もあるのに野宿をするのには抵抗があるだろう。


 だが、第10階層以降ではフロアに宿などないし、野宿が基本となる。


 その時に備えて、第1階層のように比較的安全なエリアで慣れておく必要がある。


「エメ、奇跡はどのくらいで使えるようになる?」

「完全に陽が落ちる頃には、2回は使えるようになりますわ」

「わかった」


 訓練所の卒業試験を突破したことで、使える回数が2回から3回に増えたのはいいが、それでもまだ少ない。


 階層を突破するごとに、その辺の融通も効くようになるというし、早く上の階層に行きたいものだ。


「夜に備えて休んでおけ」

「ナインさんは?」

「俺も休む。心配するな、ゴブリンが来たらわかる」

「そういうことでしたら、遠慮なく休ませてもらいますわ」


 そう言って、すぐにエメは小さな寝息を立て始める。


 今までの移動と、戦闘でそれなりに疲れたのだろう。


 俺は小さく笑みを漏らすと、エメと同じように瞳を閉じるのだった。





【異世界豆知識:第一階層】

第一階層は「ゴブリンの森」である。その名の通り、ゴブリンの住む森であり、ポータルから最も離れた位置にフロアボスがいる扉がある。この階層では昼夜がはっきりと決まっており、夜は日中に比べてゴブリンの活動が活発になる。なお、階層によって昼夜の区別があるかは異なり、階層によっては一日中夜が続くところもある。

 

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