episode.16 贈り物を

 少し歩き疲れて、通りから離れたところにあった広場の噴水の縁に座って休憩する。


 噴水の近くは待ち合わせ場所に使われる事が多いらしく、人の入れ替わりが激しい。噴水の中では、小鳥が気持ちよさそうに水浴びをしている。羽をバタバタと動かす度に白い水飛沫が跳ねる。陽の光に当たり、飛沫がキラキラと眩しいばかりに輝いている。


「街は色んなものがありますね。新鮮で面白いです」

 可愛らしい小鳥たちを眺めながらリラは言った。

「そうか。良かった」

 母親に連れられた子供が噴水に近づいて来た。子供が目を輝かせながら水の中に手を入れると、驚いた小鳥は一斉に空へと飛び立ってしまった。リラは飛んでいく鳥たちを名残惜しく見送る。

「私が行きたい所に付いて来てもらっているばかりだと、退屈ではないですか?」

「そのような事はないから気にするな。……だが、折角の機会だ。少し私に付き合ってもらっても?」

「もちろんです。喜んで!」



 休憩を終え、リラは彼の背中を追って歩いていた。周りよりも身長が高い彼は、ローブで全身を覆っていても歩いているだけで人の目を引く。歩き方や立ち姿から漂う、隠しきれない気品とオーラは人一倍目立っていた。彼が歩けば人々は自然と道をあけていく。向かう道を遮る者は誰もいなかった。

 

 露店が立ち並び賑わっている通りから逸れる。露店の通りとはガラリと変わり、落ち着いた雰囲気が漂う通りには、煉瓦造りの建物が建ち並んでいる。前に掛かっている看板を見るに、衣服や装飾品などを扱う店が並ぶ通りらしい。

 

 アンティーク調のお洒落な店の前で彼は足を止めた。彼に扉を開けてもらい、店の中に入る。薄暗いが温かみのあるオレンジ色の照明の下では、キラキラとしたアクセサリー類が沢山売られていた。

「わあ、綺麗ですね! お探しの物は見つかりそうですか?」

「どうだろうか。見つかると良いのだが」


 髪飾りが並ぶ棚で立ち止まった彼は、リラに場所を譲る。ゆうに数十種類はあるそれらを前にしてリラは戸惑っていた。

「昨日はサインを書けと言われただけで、まともな対価を渡せていないからな。何か形に残る物を贈りたい。気に入ったものはあるか?」

「ええと……」


 可愛らしいデザインやお洒落なデザインなど、色々なものがある。落ち着いた色から華やかな色まで、色の種類も豊富だ。一見すると同じように見えても、細部のデザインが少しずつ違っていたりする。


 棚の前に立ったまま、時間が刻一刻と過ぎていく。とうとう考えあぐねたリラは助けを求めて彼を見る。

「どうした?」

「あの……」

「気に入るものがないか?」

 右手で髪に触れながらノアは言う。

「そうじゃなくて。私では決められそうにないので、選んで頂けませんか……?」

「構わないが……。私は何でもすぐに決めてしまう性分だから、選ぶという楽しみを奪ってしまう。それでもか?」

「是非お願いしたいです」

 髪から手を離したノアは髪飾りの棚をちらと見遣る。

「色や形などの希望は?」

「うーん……。それもお任せして良いですか?」

「分かった。少しだけ後ろを向いてくれるか」

 リラは言われた通り、彼に背を向けた。

「こうでしょうか?」

「ああ。ありがとう。もう大丈夫」

「え」



 言い終えるとすぐに、彼は真剣な顔つきになった。同時に彼を取り囲んでいる空気が一変する。それは彼と初めて出会った時に感じた空気と似ていた。


 周りにいる者に息をすることさえ許さない、殺気に近いものすら感じる触れ難いオーラを発しはじめた彼は、並んでいる髪飾りを数秒間眺めた。

 俯き加減になった彼の頬の上で、長い睫毛が影をつくる。彼が動く度に長さがあるピアスが耳元で揺れている。彼の左耳には耳朶の真ん中とその斜め上辺りの二箇所にホールが開いており、下側と上側のピアスを細いシルバーのチェーンが繋いでいる。それも彼が選んだものなのだろうか。よく似合っている。リラは彼の端正な横顔を静かに眺めていた。


 軽く首を傾げた彼は髪飾りを二つ、ぱっと手に取る。そして彼はリラの方を振り向く。一瞬目が合ったような気がしたが、彼は目の前にいるリラではなく、もっと遠くにあるものを見ているようだった。

 

 髪飾りを一つずつ、リラの銀色の髪にかざして試していく。一度頷くと彼は呟いた。

「これだ」

 彼は初めに試した髪飾りを元の場所に返す。それから、自身が創り出した刹那の永遠を霧散させた。


 彼は選んだものをリラに見せた。リラが長い間迷っていたものを、彼は一分も経たないうちに決めてしまった。しかし、その一分は体感では一分以上に感じられた。



 ノアが選んだのは、明るいゴールドの色味が華やかな、花とリーフをモチーフにしたヘッドドレスだった。緩やかな曲線のデザインが優雅で気品がある。控えめに感じられるデザインだが、花の真ん中に小さなパールが飾られており、光に当たると眩いばかりの輝きを放つ。きっとどんな服やドレスにも似合うだろう。付ける場所を選ばないサイズで、髪のサイドにもバックにも合わせやすい。

 

「可愛い……!」

「着けてみるか?」

 リラはこくこくと頷いた。ノアは店員に許可を取ると、店員が勧めてくれた鏡の前にリラを立たせる。

「貸してみろ」

 後ろに立った彼が、編み込まれた髪に器用に髪飾りをさしていく手元を鏡越しに眺めていた。

「ん。出来た」

 鏡に映る自分の髪を見ると、銀色の髪の上でゴールドの髪飾りが自然ながらも確かな存在感を放っている。


「本当に素敵ですね」

 実際に鏡で見てみて、直感的にこれが自分自身に最も似合うものだと感じたが、リラには試してみたいことがあった。

「もう一つ試してみたいのですが、良いですか……?」

「勿論。どれだ?」

「貴方が手に持っておられたもう一つの髪飾りを試してみたいです」

 ノアはリラの髪から丁寧に髪飾りを外すと、嫌な顔一つせずに最後に悩んでいた髪飾りを取った。彼が選んだものとは対を成す大ぶりで派手めなデザインだった。それを再び彼に付けてもらい髪を見てみた。こちらもとても可愛らしかった。


 しかし、先程の髪飾りを付けた後に見てみると、

(……なんでだろう。少ししっくりこない?)

「初めに選んで頂いたものにしようと思います」

「分かった」

 支払いを済ませた後、髪飾りを付け替えてもらい店を出た。



 薄暗い店内から外に出るとオレンジ色の光が目を刺した。西日が差し始め、気温が下がり始めている。通りにいる人の数は少しずつ減り始めていた。今日の営業を終えたらしい出店も散見される。

「そろそろ帰ろうか」

「はい。そうですね」

 リラは彼の大きく広がったローブの袖を指でちょこんと掴む。彼はリラが袖を掴んでいるのを一瞥したが、振り払うことも咎めることもしなかった。背中に暖かい西日を浴びながら、二人は帰路に着いたのだった。

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