星間フリーランス ~個人事業主、誤発注によりロボットで化物をぶん殴る羽目になる~

ねんど

第1話 ダイナミック出勤

 

 青い…………、蒼い……、碧い……? 


 空の色というより深い湖のような色が目の前に広がる。

 頭を傾けると視界の下半分には穏やかな曲面に添って白っぽく薄い層。

 恐らく俺は、地表を背に相当な上空を漂っていた。


 飛んでる……というか浮いてるのか?

 高いなぁ……。


 夢だ。このぼんやりした思考と景色。

 何も無い空間に浮かんでいるというのに背中全体に感じる柔らかい圧迫。

 

 事前に聞いていた通り、想像以上に想定外の景色だ。

 10年ぶりくらいか……飛ぶ夢なんて。

 

 いつものように2回に分けて右に寝返りを打つ。

 ふわっと頭に向けて暖かい空気が抜ける感触。

 仄かに香る白檀の香り。


 IT系フリーランスになってかれこれ6年になるが、ちょっと変わった依頼だった。所謂、新商品のモニター。お金貰って試してレポートするアレだ。特に動画サイトで活動してるわけでもないのに企業案件とは。

 

 俺の頭に鎮座してるVRヘッドセットのような機器は、望みの夢を鮮明に見れるように補助してくれるらしい。市販家電レベルなので出来る事は限られる。まぁ、あくまで補助だ。


 提供メーカーの担当者が嘘が付けない感じの人で、機械の性能は微妙とぶっちゃけてたし何より安全第一な対応だった事もあって引き受けた。報酬も悪くなかったし、何より楽だった。

 

 そんな事を思い出していたらすーっと視界のピントがあった。

 千切った綿アメみたいな雲がずいぶん下に見える。

 夢心地ながら意外とはっきりした意識で地表を見た。

 

 ほー、思ったより鮮明な……って地球じゃなくね?


 眼下には巨大な大陸がひとつ。

 その巨大な大陸が解りやすく明るい部分と暗い部分に分かれていた。

 

 明るい領域は赤道と思しき場所を中心に大陸全体の概ね1/3ほどの面積を占めていた。逆にそれ以外は暗い領域となる。要するに明るい領域は大陸の中ほどに押し込められている感じだ。


 文明は……無くはないな。


 暗い領域ではあるが大陸西部の沿岸部が目を引いた。かなり大きな都市だ。港も整備してあるし、中央から放射状に延びた立派な道路も見える。

 自分の夢を他人事のようにワクワクしながら観察していると、大陸中央部がほわっと光った。概ね北海道くらいの大きさだろうか(某マップサービスの感覚)、その青白い光の波は、一瞬だけ六角形に広がる。さっきまで暗かった区域が見る間に明るくなった。


 お、制圧? HEXヘックスマップのシミュレーションゲームとは。やったことないぞ。


 夢想補助機能の揺らぎがなしえる新世界の構築なのか、なかなかに意外な光景だ。現代日本どころか、恐らく地球ですらない。どこからネタを引っ張って来たと自分に突っ込みを入れる。


 ……手を動かすとダメだったなぁ。


 子供のころから空想や創作が大好きだったが、残念ながら表現する才能は無かった。今じゃしがないフリーランス。文字通り企業傭兵という次第だ。まぁ、未だに妄想しだすと手が止まっちゃうのがタマにキズ。


 っと 来たな。


 ゆっくりと高度が下がる。お約束のヤツだ。こういうのは大体落っこちて目が覚める。さんざん経験済みだが、ジェットコースターが大嫌いな性分としてはあの物理現象は到底楽しめない。自然と鼓動が早くなる。心の中で身構えようとした瞬間。

 

 落ちた。


「うおぉぉ! ちょっ ばってばってばってばってばっ ぁぁぁぁぁぁっ!」


 自分の声すら聞こえない激しい風きり音。股間がきゅーっと内側に巻き込まれたような圧倒的虚脱感。絶賛自由落下中。いや、それどころでない速度で地表に向かう。強烈な加速の中、体は星の赤道に向けてゆっくり修正される。

 

バクンッ! 「んぎゃ!」


 あっという間に雲を潜り抜けたと思ったら、何かに接触したように弾き飛ばされ、さながら洗濯機の中の洗濯物のような状態に陥った。

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁっ……」

 

 定点観測なら綺麗なドップラー効果が感じられる絶叫を残して正しく大地に着陸……いや墜落した。




「マジ勘弁……」


 痛みも衝撃も爆音もない。当たり前だ。夢なんだから。着地寸前に閉じた目を開くことなく布団をまさぐる。まだ心臓はドクドクいってるし、胸元に汗が伝う。

 なんか悔しいので意地でも目は開くつもりはない。二度寝でもしないと行き場のない怒りが治まらない。


「あれ……布団は? てか硬い、床? どこ?」


 ベッドから落ちるなんて、何年ぶりかよと思いながら、しぶしぶ目を開ける。

 住み慣れたマイホーム、ロフト付き2DK(家賃82000円)ではない。うす暗さではどっこいどっこいの寂れた森の中にぽつんと一人。新幹線でトンネルに突っ込んだような圧迫感を感じながら辺りを見回す。


 100メートルくらい前方。うっすらとオーロラのような壁。さっき見た陣取りの光と同じ感じだ。周りの雰囲気から察するに、現在、明暗の境界付近いると思われた。


「つまり、まだ寝てる?」


 ズンッ……


 音というより振動だった。その方向を見たとたん全速で逃げた。無理。あれは無理。2階建ぐらいの高さの真っ黒な熊っぽい何か。脚というか手足が6本もある。爬虫類みたいな頭に光る真っ赤で無感情な目。

 それと目が合った。あれは『あかんヤツ』だ。しかも全体がはっきりしない。粒々の集合体のような質感が一瞬でSAN値を削り取る。


 生存本能が振り切れた。叫ぶエネルギーも全て脚にブチ込んで全力で壁に向かう。走っても前に進まないっていう有りがち事もなく、体は弾ける様に光る壁に向かって加速した。


 ズズンッズズバキッ ズズンッズズンッバキッバキッ


 『あかんヤツ』も軽快な足音と共に木々を薙ぎ倒しながら迫る。壁が抜けれなかったら詰むんじゃないか? と思ったがそれは杞憂だった。なんの抵抗も無く通過する。もしやアレは壁に引っかかるのでは、という淡い期待もすぐ粉砕された。


 壁を通過し森を抜けた先はだだっ広い草原だった。

 まずい。別の意味でまずい。隠れる所が全く無い。

 走りながら何か捜す。状況がちょっとでもましになりそうな何かを、頭が回転しない。何かって何っ!


 ズズンッズズンッズズンッズズンッズズンッズズンッ


 どんどん音は近付いてくる。

 縋るよう様な思いが通じたのか進路上300メートルほど先に荷馬車が走っていた。助けてくれそうなお方を捜すが御者は……一人。女性?

 最悪だ。このまま進むとMPK事案だ。MMORPGなんかでモンスターを他のプレイヤーに押し付ける許されざる行為。夢とはいえトレインしては寝覚めが悪い。


 幸い御者はこちらに気が付いたようだ。俺は手を振って逃げろと合図する。そして全速のまま左にターン。

 

 はぁ、はぁ、はぁ……んぐっ……はぁ……

 

 向きを変えたせいで一気に距離が詰まる。もう脚が限界だ。意を決して迫る脅威に相対する。アレはやけにゆっくりと全速で向かってきた。子供が落書きした不恰好な恐竜みたいな……いや俺よりはましか。その頭に光る赤い瞳は、なんの感慨もない。まるで機械のランプのようだ。

 喉から飛び出そうな心臓の音しか聞こえない妙な静寂の中、足を止めた事を酷く後悔していた。足に伝わる地面の感触、巻き上がる乾いた土の匂い、そしてこの激しい動悸。あまりの臨場感満載さに確信してしまったのだ。


 これはヤバイ。たぶん死ぬっ! 夢でも死ぬっ!


 突っ込んでくるスピードもそのままに、アレが腕を振り上げた。

 相変わらず、ゆっくりだった。

 

 なぜかが降って来た。

 そして膝裏、太股、パンツ……パンツ……パ


 粋な走馬灯を神に感謝しかけたが、ヒュンッという鋭い風きり音で我に返った。

 体長6メートルはあろうかという『あかんヤツ』の頭が砲撃でも食らったように消し飛んだ。跡にはサッカーボールぐらいの青い球体が残っている。


 吹っ飛ばしたのはアレと俺の間に着地した女子の右ストレート……の上に浮かんだ巨大なガントレット。ドラム缶大の金属質感それは、右肩の斜め上になんの支えも無く空中に浮かんでいた。

 困惑する俺。右腕はすぐに掻き消えたかと思えば、再び短い風きり音。今度は巨大な左拳がぶち込まれ、頭部の残滓みたいな青い球体が弾き飛ばされた。その金属質な左腕もやっぱり左肩の上に浮いていた。

 

 頭を吹き飛ばされた『あかんヤツ』は黒い粒子を吐き出しながら霧散していく。跡に疎らな血管のような残骸が残り、それも一瞬で砕けて地面に散らばった。

 そんな様子を唖然と見ていたら、白馬の王子様……じゃないお姫様と目が合った。


 何歳だろう? ずいぶん若い。すらっとした、あ、いや、お尻はりっぱっだったような気がする。ボブカットの銀髪にさっき見た空の色のような綺麗な碧い輝きが走る。瞳は明るいターコイズブルー。


 いや、そこじゃない。

 さっきのデカイ腕どこいった!

 この細身の女性の体のどこにあんなもん振り回すエネルギーが……。

 落ち着け、落ち着け。まず人として先にすることがある。

 ひとつ深呼吸。


「あ、ありがとう……たすかりまし」

「お迎えにあがりました落子おちごさま。アンリ・マトスと申します」


 聞き覚えのない上ずったお礼の声に、ハスキーで少女質な声が被さった。


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