昇らない お日さま (12) 忘却の草原

「うーん。ゴクラクチョウまでもが、そうなのか。そやつが来なくなってしまった事に、何か心当たりがあるかの?」


パーパスが、お月さまに聞きました。


「……そうですね。一つだけあるとすれば、それは”忘却の草原”でしょうか」


「何? それはどういう事じゃ」


お月さまの推量にパーパスが反応します。パーパスには思うところがあるようです。


「はい。ご存じの通り、ヴォルノースの森を囲むカクリン山脈の外、忘却の草原を通れば、たとえそれが地上であれ空であれ、その者の記憶の殆どは失われてしまいます。それはもちろん、ゴクラクチョウとて同じ事。


彼にはその対策として、手紙を運ぶ時には草原の上を通らず、内海と外界の間に位置する”旅立ちの島”の上を飛ぶように言っておいたのです。そのルートを辿れば、草原の上を飛ばなくても済みますからね」


「ほぉ、上手い事を考えよる」


パーパスは、お月さまの工夫に感心しました。


「ただそのルートは、かなりの遠回りになります。私の考えというのは、もしかしたら彼がついウッカリと、忘却の草原の上を飛んでしまったのではないかという事なのです」


なるほど、それならゴクラクチョウが自分の使命を忘れてしまい、お月さまの元へ来なくなった説明はつくようです。


そこでパーパスは一計を案じました。このまま夜がずっと続いては困るからです。


「そうだ。ではワシが手ずから、そなたの恋文を太陽に渡してやろう。そのあと、ゴクラクチョウも探してあげる」


パーパスは、そう提案をします。


「まぁ、そんな。恋文だなんて」


お月さまは更に顔を赤らめましたが、思いもよらぬ提案に大変喜びました。


お月さまは、さっそく手紙をしたためてパーパスに渡します。手紙を受け取った大魔法使いは、杖を再び手に呪文を唱えると、杖は東の空へと勢いよく飛んでいきました。そして杖につかまったパーパスを、お日さまのいる場所へと運びます。


パーパスを引き連れた杖は、あっという間に忘却の草原の上空へと入りました。


あぁ、ここで忘却の森について、少し説明をしておきますね。


ヴォルノースの森は、輪っかのようなカクリン山脈帯に囲まれています。その更に外側に広がっているのが忘却の草原です。名前の通り、彼の草原に足をふみいれた者は記憶の殆どを失います。ただヴォルノースの森に住む圧倒的多数の人にとって、それは恐ろしいうわさ話に過ぎません。だって草原に立ち入った者は記憶を失ってしまうので、実際に何がどうなっているのかを人に伝えるのは不可能だからです。


忘却の草原を見下ろしながら、パーパスはため息をつきました。嫌な思い出が頭をよぎります


えっ? パーパスは記憶を失わないのかって? そうですね。さっきお月さまが話した通り、本当ならば忘却の草原は、そこを通った者はもちろんの事、上空を飛ぶ者の記憶すら消してしまいます。だから本当だったら、パーパスの記憶も消えてしまうはずです。


でもね、大丈夫なんです。どうしてかというと、大昔、何の変哲もない只の草原にそういう魔法をかけたのは、他ならぬパーパス自身だったからです。だから自分がかけた魔法の効果を、自分が受けないようにする工夫をしていました。


ちなみにこの工夫は、お月さまとお日さまにも施されています。お月さまやお日さまが自分は何者か忘れてしまったら、これは大変な事ですからね。


またパーパスが何故そんな事をしたのかは、この物語の終わりに明らかになるでしょう。それがいつなのかは、わかりませんが。


「いやいや、今は朝が来ない事態を解決するのを最優先にしよう」


パーパスは、そう自分に言い聞かせ先を急ぎます。


どれくらい杖につかまって飛んだでしょうか。だんだんと向こうの空が白んできました。お日さまが近づいてきた証拠です。パーパスは服のポケットを上から触って、お月さまが書いた手紙を確かめます。


ようやっとお日さまの所へと辿り着いたパーパスは、ちょっとおかしな事に気がつきました。何かほの暗いのです。パーパスが六百年前にお日さまと話をした時には、もっとハツラツとした明るさに満ちていたはずなのに。

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