まずは収入源が必要です 3

 食後、ヴィオレーヌはルーファスが仕事で城に行く前に、彼の部屋を訪れて、お金の相談をすることにした。


「なるほど、ジョージーナとルーシャが正式にお前の側近を希望しているのはわかった。給与面だが、側近になると最低月に金貨三枚からだ。能力によってはもう少し上がる。王族の側近の給与は高いからな」


 誰でもなれるものではないし、給与面も優遇しておかなければ王族の威厳に関わるらしい。大国の王族の威厳とは面倒くさいものである。


「金貨三枚ですか……」

「侍女と、あと文官も雇い入れる必要があるぞ」

「思っていた以上にお金がかかりますね。……わたしの予算は、どうなるのでしょうか?」

「今のところはわからんが、あの様子だと間違いなくお前の手元には行かないように妨害されるだろうな」


 朝食の場でのことを思い出したようで、ルーファスがくっと小さく噴き出す。


「俺としては痛快だったが、さすがにあれはまずいぞ」

「あら、あちらが最初に喧嘩を売って来たのですよ。わたしは買っただけです」

「買うなよ……」

「ただ殴られていろ、と?」

「そうは言わんが、せめてもう少しやり方を考えなければ、お前の立場が悪くなるだけだぞ」


 堂々とやり返すのはダメだったらしい。

 アラベラと料理を交換するのではなく、自分の手元の料理を食べられるようにするだけにとどめておけばよかったかもしれない。


「まあ、おかげであいつのわけのわからん話を延々と聞かされることなく穏やかに食事がとれたから、総合的に見て俺は満足だがな」

「どっちですか」

「俺的には満足だがお前的にはまずいということだ。ただ、今朝のあれで確実に父上とクラークの心はつかんだと思うぞ。面白がっていた」

「わたしはサーカスの見世物じゃないですよ」


 あのあと、ルーファスは父親から「面白い嫁が来てよかったな」と言われたらしい。完全に珍獣扱いだ。


「母上も心強い味方が嫁いで来たと喜んでいた」

「はあ」


 歓迎されるに越したことはないが、ヴィオレーヌの予想と遥かに違う歓迎のされ方だ。


(それにしても、一人当たり一か月に金貨三枚から、ね。侍女を最低一人は入れるとして……何もしなかったら半年ちょっとで手持ちのお金が底をつくわね)


 これは、可及的速やかにお金を稼ぐ必要がありそうだ。


「殿下、妃がお金を稼ぐ場合、どうすればいいですか? いくつか候補はあるんですが……」

「何かあてがあるのか? お前はいろいろ規格外だからな。下手に何かをして商人やほかの何者かの領分を犯すと面倒なことになる。俺が判断するから話してみろ」


 確かにその通りだ。

 何も考えずに動き回って知らぬ間に敵を増やしていたなんてことにはなりたくないので、ヴィオレーヌは素直にルーファスに考えていることを説明する。


「まず一つ目ですが、もう魔術を使えることをばらしてしまったので、この力を使って、例えば公共事業などのお手伝いをしようか、と」

「それは却下だ」

「どうしてですか?」

「一つ目の理由は公共事業に手を貸したところで妃には給料は払われない。それは公務とか善意の協力という扱いになる。本来妃にはその妃のための予算が割り振られる。当然それは税金から支払われるもので、妃にはそれにふさわしい働きが求められるものだ。その働きの一つとしてカウントされて、報酬は支払われない」

「なるほど……」


「二つの理由としては、お前のその力は無暗に使わない方がいいと考えている」

「……恐れられるからですか?」

「違う。便利に使われるからだ。例えばだが、戦争で破壊された町の修復にお前が赴いて魔術を使ったとしよう。人力で行うよりはるかに早く修復が完了するだろうな。工事にあたっていた人間も町の人間も当然ひどく喜ぶだろう。すると次にどうなると思う?」

「……ほかの町からも、要望が上がるようになる、ですか?」

「そういうことだ。その調子であちこちからお前を貸せと言われるようになる。俺としては妙な実績は作りたくないし、便利屋のようにお前を各地に派遣するようなことになってほしくない」


 ルーファスの言う通り、ヴィオレーヌとしてもそれは避けたいところだ。

 ふむふむと頷いていると、ルーファスが息を吐いた。


「そもそも、そのようなことに手を貸すのは妃の仕事ではない。正妃という立場だ、多少目立つのは構わんし、有能な人間だと思わせておくのもいいだろう。だが、それはやりすぎの領分に入る。お前の力を使う場合、お前が動かなければどうにもならないという状況だけにしておきたい。その方が価値も上がるしな。力の安売りをして自分の価値を下げる必要はない。あとは……、これは本音だが、母上が王妃の間はお前の評価を上げすぎてほしくないというのもある。いろいろ立場があるんだ。俺の側妃の立場は無視していいが、王妃である母上のことは立ててほしいと思っている。……お前がここで、俺の正妃として過ごすつもりがあるのなら、な」


 ヴィオレーヌはルーファスの母ジークリンデの顔を思い出した。

 おっとりと穏やかそうな雰囲気の人で、ヴィオレーヌを仲間と言って歓迎したことから考えると、これまでも、そして今もそれなりに苦労しているように思える。

 元は他国の姫と言っていたが、もしかしたらヴィオレーヌのように戦後の人質のような扱いで嫁いで来た人なのかもしれない。もしくは属国から嫁いで来たか。こちらも、裏切りを防止するための人質のようなものだろう。


(つまり、わたしが派手に表に出るようなお金の稼ぎ方はまずいわけね)


 ならば、表向きヴィオレーヌが関与しているかわからないような稼ぎ方ならばいいのだろうか。


「……ルウェルハスト国では、ポーションの製造や販売はどうなっていますか?」


 ポーションとは、傷や病を癒すことができる液状の薬だ。ローポーションとハイポーションの二種類がある。


 モルディア国を基準に考えると、ローポーションの方は比較的庶民でも手が出せる金額設定の薬だ。ただ、切り傷や風邪などの症状なら癒すことができるが、それ以上になると効果が期待できない。

 ハイポーションの方は一本当たり平民の二年分の年収に相当するようなとんでもなく高価な薬だ。モルディア国では大体一本当たり大金貨一枚からという価格設定だった。


 ハイポーションは大怪我やある程度の大病でも癒すことができる薬だが、実はこちらは作り手の能力に大きく作用するので、同じハイポーションでも、どこまでの癒しが期待できるのかは大きな差がある。

 ちなみにローポーションは薬草からの成分抽出と合成だけなので魔術師でも作成が可能だ。


 しかし、ハイポーションは聖魔術が使える人間でないと作ることはできない。そういう意味でも価値が跳ね上がるのだが、より効果の高いものになると、価格は青天井だ。

 戦争中に念のためにとヴィオレーヌが作ったハイポーションは、同じく聖魔術が使える神殿の神殿長に言わせると、価格が付けられないものだったらしい。


(瀕死状態でも回復可能らしいからね……)


 たぶんあれは現代ではヴィオレーヌにしか作れないだろうと神殿長に言われた。

 結局、ヴィオレーヌが与えた加護により兵士たちは大きな怪我もせず全員無事で戻って来たのでポーションの出番はなく、使われることなく残ったヴィオレーヌ作の大量のハイポーションは神殿にて厳重管理されている。使用する際もこっそりと使用し、決して表には出さないと言っていた。


「ローポーションのことか?」


 ハイポーションは聖魔術師でなければ作成できないので、一般にポーションというとローポーションを指すことが多い。

 ヴィオレーヌも、モルディア国の神殿長が要取扱注意と判断したハイポーションを作るつもりはないので、ルーファスの言葉に頷いた。


「そうです。可能ならローポーションを製造して販売したいです。ただ、先ほどのお話からわたしは表に出ない方がいいと思われるので、わたしの作ったポーションを販売してくれる方を紹介いただけると嬉しいのですけど」

「そうだな……」


 うーん、とルーファスが腕を組んで唸る。


「正直なところ、お前がポーションを作ってくれるのは、ありがたいと言えばありがたい。戦時中からずっとポーションの価値が跳ね上がったままで価格が落ちないんだ」

「跳ね上がったまま?」

「あまり大声では言えないが、ポーションの製造は現在叔父……ファーバー公爵家が独占状態のようなものなんだ。魔術師を見つけては抱え込んでいるため、よそが参入しにくい。おかげでファーバー公爵によってどんどん価格が釣り上げられている。叔父に言わせれば、原料になる薬草が手に入らず、魔術師も一人当たり一日に数本作れればいい方なので、これでも価格を抑えている方だ、と言って、値段交渉に応じず困っているんだ」

「ローポーションに使用する薬草はどんな荒れ地でも育つ雑草みたいに強い植物なので、その辺に種をばらまいておけば勝手に生えてきますけど……」

「そうなのか⁉」

「むしろ今までどうやっていたんですか?」

「よく知らないんだ。もともとローポーションは一般商会が魔術師と契約して作らせていたんだが、戦時中に叔父が商会や魔術師をどんどん買収していって、買収に応じなかった商会も、魔術師が引き抜かれたせいで製造できずポーションの販売をやめたりしていたからな。彼らが薬草をどうしていたのかは、情報が得られていない」


 てっきりほかの作物と一緒で、戦争で土地が疲弊して育ちが悪くなったのだと思っていたと言い出して、ヴィオレーヌは頭を抱えたくなった。

 戦争中で他に気を回している余裕がなかったとはいえ、滅茶苦茶な状況になっている。

 逆を言えばその隙を突いてポーションの製造と販売を独占状態に持ち込んだファーバー公爵は、こう言ってはなんだが、かなりずる賢いとも言えた。ただ、他人の迷惑を考えずに自分の利益だけ欲するやり方は好かないが。


「紹介いただける商人の方がいらっしゃるなら、ポーションはわたしが作ります。薬草の種も持ってきているので薬草から育てられますし」

「育つまで時間がかかるだろう?」

「魔術で成長を促進させます。魔術を使えば一瞬で大きく育ちますよ」

「……お前、いろんな裏技を知っているな」


 何故かルーファスにあきれられてしまったが、これらの知識は未来で生き残るために仕入れたものなのでヴィオレーヌは笑って流す。


「小さな植木鉢でもプランターでもいいです。部屋で薬草を栽培するためのものをください。それから、ポーションを入れる瓶も。可能ですか?」

「そのくらいならなんてことはない。……そうだな、あいつを紹介してやろう。ファーバー公爵に腹を立てていたから、喜んで協力するんじゃないか?」


 クッと楽しそうに笑うルーファス自身も、ファーバー公爵のやり方に思うところがあるようだ。


「うまくファーバー公爵の邪魔をしてくれ」


 ヴィオレーヌはファーバー公爵の邪魔をしたいのではなく、お金を稼ぎたいだけなのだが、ルーファスが進んで協力してくれそうなので余計なことは言わないでおいた。





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