児戯に等しい

佐伯 安奈

はじめに

 人間の頭の中では常に様々な言葉が飛び交っています。私たちはそれを口にするにしろ、書き表すにしろ、その場においてそうするにふさわしい脈絡や表現を取捨選択した上で話したり書いたりしています。だから焼肉について話す際に、鉄板とか味噌だれとかいう言葉は出てきても、三葉虫(注1)とかアタッシェケースとかいう言葉はおよそ登場する余地はないわけです。しかしそういう選択とは言わばその場に「ふさわしくない言葉」を殺すというほとんど無意識の作業の上に成り立っているものです。なぜなら人は焼肉を目の前にして決して焼肉のことだけを考えているものではなく、頭の片隅では山形有朋や恋人の怪しい性癖のことにも思いをめぐらしているはずだからです。この意味で虫一匹つぶしたことのない人でもある意味虐殺者と言えましょう。言葉のマッサクル。マッサクラー?さてここで、そういった言葉の選択を無視して頭の中に浮かぶままの言葉を並べてみる、その字義のままにただ並べてみるという時間を用意いたしました。そうして並べられた言葉、それが文章を形成していることはおそらく稀でしょう。怪文書に類するものにしかならないはず。むしろ、もはや何もかもどうでもいいという見地から言うならば、それは一種のオブジェとも見えよう語群となることでしょう。このオブジェという神秘かつ安直で極めて便利な外来語のおかげで、いかに馬鹿馬鹿しいものどもが、アートの奥の院に祀られてきたことか、羨望すら覚えるものです。またこの試みは、例の「甘美な死骸」(注2)に類するものとも考えられましょう。そう思われようが思われまいがどうでもいいのですが、私は論理的な文章や読まれることを意図した文章を書くことに飽きてしまったので、しばし「オブジェ制作」に取り掛かろうと思うわけであります。ゴザイマス。


(注1)「三葉虫」・・・近年ではいわゆる「シックスパック」の持ち主のことを、「お腹で三葉虫を飼っている人」と呼ぶこともある。これは2020年5月に和歌山県静浦郡南橋倉町の小学5年生江本たいら君(11)が家庭内の団欒において口走ったのを、江本君の母まりえさん(15)が自身のツイッター(現・X)に投稿したところ盛大に「バズった」ことで名高い。江本君は新型コロナウイルス感染拡大に伴い通学する小学校が廃校となったことを機に、自宅で女装ボクシングの実況中継を行うユーチューバー・みるく天神氏(非公開)の配信の虜になったのだそうだ。言うまでもなく三葉虫の外見が、見事に割れた腹筋を連想させることが江本君の発想の源となったと思われる。


(注2)「甘美な死骸」・・・「「甘美な死骸」とは、3人あるいは4人で行うシュルレアリストの遊戯のひとつで、マルセル・デュアメル、ジャック・プレヴェール、イヴ・タンギーが根城にしたシャトー通り54番地で1925年末頃に考案された。参加者のそれぞれが主語、形容語といったかたちで自分の受け持つ語のタイプを決めておき、全員でひとつの文章を作るというもので、その最初の試みから生まれたフレーズが、「甘美な・死骸は・新しい・ワインを・飲むだろう」であったことから、一連の作品にはこの題名が付けられた。」 『シュルレアリスム展─パリ、ポンピドゥーセンター所蔵作品による』2011年、同展カタログより。米田尚輝氏の執筆。ただしこの「児戯に等しい」で展開される一連の語群は、主語から述語への流れを意識して形成されることはほぼないと思われる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る