第10話 夢
「何勝手に話しているんだぁ? 京子は僕の妻だぞ!?」
「お前、寄ってたかって女の子一人泣かせてカッコ悪いとは思わないのか?」
「うるっさいぃ! 夫婦なんだ、こういうことだってあるだろうぅ!?」
「まだ結婚もしてないのに気が早いな。それに京子はお前と結婚なんかしたくなさそうだが?」
激高する小太りの男と対照的な冷静な武夫。
「そんなことはないよぉ。僕らは互いに愛し合っているんだ。そうだろう、京子?」
「……」
「京子? ねえ、京子?」
「……」
「誰が愛し合っているって?」
「きぃぃぃぃ!!!」
京子が黙りこむ姿を見てさらに怒りをあらわにしていく小太りの男。
「まあ分かり切っていたことだがそうだろうな。親騙した奴なんかと愛し合えるわけないだろ」
「黙れ黙れ黙れぇぇ! 僕らは愛し合っているんだ! 永遠の愛を誓いあっているんだあああ!!! それに京子の両親を騙してなんかいない! 絶対にねええ!!!」
よほどの自信があるのか、自分は京子を騙していないと声高に主張する小太りの男。
すると武夫はスッと胸ポケットから音声レコーダーを取り出す。
「これ聞いてもそのセリフが言えるか?」
そして再生ボタンを押すと、
『あっはっはっは。これで奈良の会社は終わり。ご苦労だった。あとはあの会社が負債まみれになったところであそこのかわい~い娘を頂く。ふふっ。あははっ! 笑いが止まらないよう!!!』
場に一瞬、静寂が訪れる。
それを聞いた小太りの男は先ほどとは打って変わって落ち着いた声で、
「……どうしてそれを?」
「あんたと取引してた奴が録音してたんでな。そいつから取っちめてやった」
「そうか……。そうだったのか……」
諦めたように天を仰ぐ小太りの男。そして、
「こいつをぶっ殺せえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
大声でボディーガード達にそう命令した。
「そうなると思ってたけどな」
が、武夫は至って冷静である。次々と襲い掛かってくるボディーガード達の攻撃を避けつつ一撃でボディーガード達を沈めていく。
一人、また一人。
次々とうめき声を上げながらボディーガード達は床に這いつくばっては気を失っていく。
圧倒的な差。先ほどまで一人対数十人だったのが今では十人ほどになってしまっている。
「坊ちゃま! あいつ強すぎます! とても武器なしでやつを始末するのは……許可をお出しください!」
ボディーガードの一人が小太りの男にそう言う。その間にも二人ほど武夫に吹っ飛ばされている。
「もういい! 銃でもなんでもぶっ放せ! とにかく殺せぇ! 絶対にだ!」
「じゅう……銃? え? ちょ……ちょっと待って……」
ここで武夫とボディーガードの戦いに気をとられてしまっていた京子が銃という言葉を聞いて我に返り小太りの男に詰め寄る。
「ちょっと待って! 銃を使うなんてあんまりです!」
「うるさぁぁい! あんな証拠握られた以上殺すしかないんだよぉぉ!! 黙って見ていろぉ!!!」
「きゃ!」
そうして京子は小太りの男に薙ぎ払われてしまい転倒してしまう。
まさか銃まで出してくるとは思ってもいなかったのだろう。
京子の顔は焦りと恐怖に染められている。
なんとかそれだけは、武夫に銃口が向けられるのだけは阻止せねば! そう思い動き出そうとしたその瞬間。
バァン! という銃声が倉庫の中に響き渡る。
ボディガード達が一斉に発砲したのだ。
京子は絶望する。
いくらここまで圧倒していた武夫でも銃を向けられてしまえば勝ち目はないのではないかと。
自分を助けに来たがために命を落としてしまうことになるのではないかと。
そして、まだ彼に伝えきれていない思いがあるのにそれを伝えられなくなってしまうのではないかと。
京子は顔を覆った。
もう何も見たくない。
彼の、武夫の無残な姿を見るくらいなら死んでしまった方がマシだ。
怒りとも憎しみとも悲しみとも言い切れない知らない感情が心を埋め尽くす。
わたしは……どうすれば……
が、ドゴオオン!という爆発音が絶望からの目覚まし時計のように京子の鼓膜を揺らす。
爆発の衝撃で倒れてきたのだろうか、いくつもの高さ三メートルほどの鉄パイプがボディガード達を襲う。
「ギャアアア!!!」
「防弾チョッキ着てんだよな!」
何が起こっているのか分からず混乱する京子。
どうやら武夫が仕掛けた爆弾が爆発し鉄パイプが銃を構えるボディガード達に襲い掛かったようだ。
武夫は防弾チョッキを着ていたため無傷だったらしい。
「うそだぁ! 僕の優秀なボディガード達が!!!」
声のする方を見ると京子の隣に尻餅をつく小太りの男が。
顔には恐怖と焦りがはっきりと表れている。
「やめっ、やめてくれえ! 殺さないでくれええ!」
武夫が無傷でその男を見下ろす。
「そっちは俺を殺しにきといて殺さないでくれ? 随分虫がいい話だな」
「すみませんっ! もうしません! 何でもするから見逃してくれぇ!!!」
小太りの男は後ずさりし壁際まで追いつめられる。
「何でも? 何でもしてくれるのか?」
「は、はいぃぃ! 何でも、なんでもします!」
「じゃあ……」
そうして少し考えこんだ武夫は、
「もう二度と京子に近づくな。このクズが」
そう言って小太りの男の鳩尾に一発を食らわせる……素振りをする。
すると小太りの男は自分が殴られたと勘違いをし泡を吹きながら気絶した。
「ふう……」
武夫は一つ息を吐く。
そしてくるっと京子の方に向き直り優しい笑顔で、
「さあ、京子。行こうか」
手を差し伸べる。
「……」
安堵、喜び、そして感謝。
すべてを彼に伝えたい。彼に伝わってほしい、この気持ちを。
だが、今この気持ちを一言で表す言葉を京子は持っていない。
だから京子はその手を掴みこう言うのだ。
「はい」
倉庫を後にした二人は武夫の車に乗り月に照らされながら海沿いの道を進む。
時間が時間なのですれ違う車はほとんどない。
しばらく沈黙が続いていたが気を遣ったのか、武夫が京子に話しかける。
「けが大丈夫か?」
突然の呼びかけに少々困惑する京子。
「あ、うん。大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「ならよかった。帰ったらすぐ手当しないとな」
「うん……」
「……」
沈黙。
こういう時どうすればいいのか、分からない。
しかし武夫が今話しかけてくれたのはこの沈黙を破り、京子が話しやすい雰囲気を作るためのものだったということは分かる。
なら武夫に応えるべく私も何か話さなくてはならない、いやそうじゃない。
私は武夫に話したいことがたくさんあるのだ。
京子は勢いのままに武夫に話しかけようと試みる。
「……あの! その……」
だが何も考えなしに話しかけたのだから当然だ。
何を言うべきか迷ってしまいその先が出てこない。
しかし武夫は京子の言葉を静かに待ってくれる。
京子は一つ一つ丁寧に、絡まりあった自分の気持ちを言葉へと昇華させていく。
「今日は、本当にありがとう。 私怖くて、どうすればいいか分からなくて……」
あのことを思い出すだけで心がギュッと締め付けられる。
でも、それでも武夫は来てくれた。
今はもう大丈夫。
「でも武夫さんは来てくれるって信じてた! 絶対に! だって私が一番信頼してて!」
もっと武夫に感謝を伝えたい。
「世界で一番頼りがいがあって!」
もっと、もっと武夫にこの気持ちを届けたい。
「困ってたらいつも駆けつけてくれる世界一優しい人で! それで……」
もっと、もっともっとこの気持ちにあった言葉を。
「私が一番好きな人だから!……あ」
口に任せて言ってしまった言葉の意味を頭が認識した瞬間、京子の顔が顔がぼっと熱くなる。
「あ! 今のはね、そのね! えと……」
ちょうど信号が赤になり車が止まる。
「……京子」
俺は真剣なまなざしで京子を見つめる。
目と目が合う。
「武夫さん……」
京子はすっと目を閉じる。
そうして俺は京子の唇を……
「変な夢じゃのう」
「うおおおおお!!!?」
奪うことは出来ず、驚きのあまり間違ってアクセル全開。
ガードレールを突き破り車は海に向かってまっしぐら。
「ぎゃああああ!!!」
「何やっとんじゃあおぬし! おりゃ!」
そういって車の後部座席からひょっこり顔を出してロマンチックなシーンをぶっ壊した張本人が落ちる車から俺を引っ張り出して脱出し、元の道へ見事な着地を決める。
「おい! 奈良はどうすんだよ!? 落ちちゃったじゃねえか! 早く助けないとソラ! ……ソラ? へ?」
「なーに寝ぼけとんじゃ! ここはおぬしの夢の中じゃぞ」
「ゆ、夢?」
「そうじゃ。わしはすごい神様じゃからな! 人の夢の中にも入れるんじゃ! それで今、素晴らしい案を思いついたから忘れんうちにおぬしに話しておこうと思ってな」
ちょっと待て。一旦状況を整理しよう。
つまりさっきまでの寸劇は全部夢。
今話しているソラは俺の夢の中の住民ではなく実際にソラ自身の意識を持ったソラということか。
……は?
「いやー、まさかおぬしがこんな夢を見ているとは予想できんかったのう。おぬし、あの奈良京子とかいうやつに気があったんか?」
「…………」
さっきのボディーガードが持ってた拳銃持ってくればよかったな……。
それに自分一人でこの夢を見る分にはいいがまさかよりにもよってこいつに夢の内容を知られるとは……何たる屈辱!
てか勝手に人の夢の中に入ってんだ? 夢侵入罪で訴えるぞ?
「……いや、それは、否定しておく。そういうことじゃない、多分。多分だけどな、多分。この間図書館で奈良に会ってそれでこう、なんというか無意識に夢に登場しただけというか、そんな感じだ。多分」
「ほーん。分かるような分からないようなといった感じじゃ」
ほっといてくれ、今はダメージがでかい。
とそんな夢の話よりも、だ。
「それよりさっさと要件済ませて帰ってくれないか?」
「そうじゃそうじゃ。つい夢のことに気をとられておったわ。さっきも言った通りじゃが例の神の世界への帰り方探しについていい案を思いついたんじゃ」
「何だよ」
「他の神に聞けばいいんじゃ! なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかのう」
「聞くって言ったってどうやって聞くんだよ? 俺お前以外の神なんて見たことねえぞ?」
「じゃあ明日10時に学校の前に集合じゃぞ。遅れたりしたらどうなるかは分かっておるじゃろうな?」
無視。まるで俺の話を聞いていないなこの神は。
あと俺休みの日は昼前まで寝ているんだが?
わざわざ体に鞭打って早く起きろだと?
許せないので異議を唱えようとするも、
「じゃあの! 絶対に来るんじゃぞ! 来るんじゃぞ……じゃぞ……ぞ……」
そう言い残してソラはどこかに消えてしまった。
そしてソラの言葉のこだまが完全に聞こえなくなった時、
「…………」
俺は目を覚ました。
今日はお役御免の目覚まし時計を見ると時刻は八時を回っていた。
昨日12時には寝たはずだから八時間は寝ているんだが……全く寝た気がしない。
俺は寝る前よりも疲労が蓄積した体を布団から引きずり出し、朝飯を食うべく一階のリビングへと向かった。
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