恩讐の炎 ―2―
前日にほとんどの設備や園内の説明を終え、今日から通常の授業が行われた。カコカコと、白いチョークを使って授業は滞りなく進められていく。
教室内では、真面目に授業に取り組むものが多数だったが、聞いているようで意識は別の方向に向いていたり、あろう事か居眠りをしているものまでいた。
そんな生徒たちを、アステシアは注意することなく、ただ淡々と授業を進めている。
「つまり、これらの魔法は相互関係にあり、同量の
この日の最後の授業は「魔法探求」。本来の担当教師は獄蝶のジョカのはずだったのだが、学園に獄蝶のジョカが姿を現すことはなかった。慣れた手つきでアステシアが代わりに授業を担当することになったのだ。心做しか、アステシアの表情には疲れと怒りが見えたが、何度も溜息をつきながら信じられないスピードで授業は進んでいく。
「このように、簡単に「魔法」と一括りにしてもいくつかの種類があり、初等教育でほとんど扱えるようになる「基礎魔法」、これからお前たちがこの学園で学ぶものは「一般魔法」として区別できる。他にも―――」
アステシアが何かを言おうとした瞬間、学園内に授業終了を知らせる鐘が鳴る。アステシアは安堵したように小さく息を吐き、パタンと魔法書物を閉じて言った。
「これで今日の授業は終わりだ。各自、帰宅、帰寮し明日に備えて予習でもしておけ」
それ合図に、生徒たちがガヤガヤと騒ぎ始める。モニカが耳を澄ませると、その大半の会話が授業の難易度に関する話だった。
「オニムズ……」
「毎日このレベルとか、キツすぎるよ〜」
「予習しないとね……」
確かに、モニカもその感想には共感できた。バウディアムスの授業の難易度は、中等教育の授業とは比べ物にならないほどのものだった。聞いたこともないような言葉や原理が当然のように使われて、進行スピードも馬鹿にできない。だが―――
(やばい……授業、超楽しい!)
モニカは「ド」がつく魔法バカだった。ほとんどの生徒が聞いたこともないような授業内容に怯える中、モニカは歓喜で打ち震えていた。「知らない」は「楽しい」のだ。
「モーニーカ」
「あ、パーシー!」
「うぇ、その顔久しぶりに見た。今の授業そんなに興奮した?……」
「え? なんのこと?」
弾けるような極上の笑顔。蕩けるような妖艶な笑みにも見えるその表情は、モニカが時折見せる特別な笑顔だ。特に、今日のように魔法に関する嬉しいことがあった時によく見られる。
「さすがの私も余裕とはいかなかったけど……モニカは違うんだろうね」
「楽しかったよ!」
「うん……その笑顔、あんまり私に向けないで、そろそろ限界だから」
モニカはこてんと首を傾げながらあふれんばかりのニコニコ笑顔をパーシーに見せつける。既にパーシーのキャパシティは限界に達しており、直ぐにその場を立ち去ろうとくるりと振り返って逃げようとすると、がっしりとモニカに腕を掴まれてしまった。
「な、なにっ!」
「あのね? パーシーにお願いがあるんだけど……」
(くっ……ズルすぎる! そんな顔でお願いされて断れるわけないのに……!)
渋々パーシーはモニカの座る場所から椅子1つ分距離を空けて座った。
「で、お願いって?」
「えっと……実はね―――」
そして、適度に相槌を打ちながらモニカの話を聞き終え、パーシーは一言。
「いいんじゃない?」
と言って快く引き受けてくれた。
「じゃあ、今日の19時、盤星寮ね。了解」
そう言い残し、パーシーはモニカと別れた。帰寮するモニカと、家へ帰るパーシーでは帰り道が違う。教室を出てすぐ、モニカとパーシーは反対方向へ歩き始め、やがて姿は見えなくなってしまう。
少し寂しい帰り道、モニカは考え事をしていた。考え事が声に出るタイプのモニカは、ボソボソと小さな声で独り言を言っている。
「えっと、寮に持っていくのは後……あ、魔法書も欲しいな〜」
「モ……エストレイラさん」
そんなモニカの後ろから、誰かが声をかけてきた。
「ヴェローニカちゃん!」
「ちゃん……ですか」
「ダメだった?」
「いえ、ダメではないのですけれど……」
独り言のことを少し怒られながら、2人は盤星寮へ帰っていく。空に月が出始める刻だった。モニカたちは学園の大広場の前に差しかかった。大広場と言うだけあってかなり広く、広場の中心は天然の芝生が青々と茂り、美しい花々で彩られている。そして、その自然を照らすように浮かぶ月を、ヴェローニカはじっと見ていた。
「今日は満月ですわね」
「え? 見せて見せて!」
モニカも満月を見ようと、空を見る。紺青の空に浮かぶ美しい真円の満月、そして―――
「……ソラ?」
美しい極東の和服で身を包み、満月の隣で凛と舞を舞う、美女が1人。モニカがソラと見間違えたのは、その独特の雰囲気だけではなく、頭部に見える2つの獣耳だった。だが、モニカの予想はすぐに勘違いだと気付かされる。
にこりと妖しい笑みを浮かべ、モニカと女の目が合った。その瞬間、金縛りにあったように、モニカの体が硬直する。辛うじて少しだけ動かせる口で、隣で月を眺めるヴェローニカに、モニカは大声で警告した。
「逃げて!!!」
「え?」
直後、モニカとヴェローニカの視界が青い炎で包まれる。
「熱っ……く、ない?」
ありえない色で彩られた炎がヴェローニカの身体にまとわりつく。焼けるような痛みはなく、身体を這い回るように燃え広がっていく。
次の瞬間、ヴェローニカが感じたのは、熱さとはまったく反対の感覚だった。
「いや、なに……これ! 冷たい……」
「ヴェローニカちゃん! 水!」
水分補給用に持ってきていた水をヴェローニカにかけて、何とか青い焔は収まった。だが、ヴェローニカの身体はまだブルブルと寒さで震えて、特に炎の侵食が激しかった左手は寒さで感覚をほとんど失っていた。
「何が起こったんですか?!」
ヴェローニカの問に、モニカは困ってしまった。「妖の仕業です」なんて言ったところで、信じてもらえるわけが無い。今までがずっとそうだったから。
「えっと……私も、よく分からなくて」
「嘘を言わないで! それは私が1番嫌いなものです!」
でも、今は?
ずっと、仕方の無いことだと逃げ続けてきて、向き合おうとしなかったのは誰であったか。この学園で初めてできた友にさえ、偽るのか。
「本当のことを言いなさい」
受け入れてくれるものは、すぐ側にいるというのに。
ぐっと体に力を入れて、モニカはハッキリとした声で言った。
「い、今! 私しか見えない人が、私たちを襲ってる。これ以上被害を出さないためにも、ヴェローニカちゃんは近くの人たちを誘導してすぐに逃げて欲しい」
「……あなたは、どうしますの?」
間を開けず、モニカは迷いなく答えた。
「何かの間違いかもしれない。私が直接話をしてみる」
覚悟を決めたモニカの瞳に負け、ヴェローニカは立ち上がってモニカをぎゅっと抱き締めた。
「……どうか、無事に終わらせてください」
「うん、任せて」
おぼつかない足取りで、ヴェローニカは来た道を戻っていく。モニカは再び空を見上げて、再度、空で舞う妖の姿を見て確信した。
ソラによく似た耳。極東の和服。青い炎。そして極めつけは、女の背後に見える九つの尾。その正体は――
(あれが、本当の……)
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