獄蝶vs焔 ―2―
本来の火力を存分に振るい、焔が暴れ始める。
「”
「”獄蝶”」
地獄の業火も生ぬるいほどの爆炎を滾らせている。
(もう獄蝶じゃ有効打にはならない……)
獄蝶のジョカはまたも見誤る。悪手も悪手。獄蝶による攻撃は有効打にならないどころではなかった。
「呑め、”焔”」
「…………はぁ?」
ゆらりと揺蕩う焔が獄蝶に触れた瞬間、獄蝶は焔に飲み込まれた。その光景を見て、獄蝶のジョカは唖然とする。
(いくら同じ性質の魔法だからって、それは無理があるだろう!)
「”
距離を取ろうとする獄蝶のジョカを、焔は逃がさない。もはや大魔法使いと遜色ないレベルの魔法を扱う旭を誇らしくも思いながら、獄蝶のジョカは応戦する。
「この程度、どうってことないね!」
流星のように追ってくる焔を、魔法で相殺する訳でもなく、獄蝶のジョカは片手でかき消して臨戦態勢に入ると、攻撃の勢いが止んだ。
「……どうした? もう追ってこないのか」
答えの分かりきった意地の悪い問いかけに、旭は答えない。気づかれているのなら、それ以上語る必要は無いと、獄蝶のジョカに狙いを定めて焔を番える。焔で造られた弓が、じりじりと旭の手を焦がす。張り詰められた弓の弦が限界を迎え、予兆もなく放たれる。
「届かない」
矢のように空に弧を描く焔は、獄蝶のジョカの左頬を掠め、直撃することなく、重力に従って落ちていく。
「その状態だと、焔以外の魔法は使えないみたいだね」
「気付くのが早いんだよ」
悔しそうではあるが、楽しそうに旭は笑う。獄蝶のジョカの予想通り、旭は今の火力を持った焔を保ちながら他の魔法を使うことができない。尋常ならざる量と速度で体全体を巡る魔力の奔流を制御できず、焔以外の魔法を使えばたちまち魔法が暴走し始める。問題はそれだけではない。
「ずいぶん熱い焔を身にまとっているようだけど……気分はどうだい?」
既に焔の温度は100度を優に超えていた。そんな高熱の焔を身にまとう旭の現在の体温は41度。約36度という平均体温を大きく上回った異常事態に旭の本能が危険信号を出し続けている。体温を下げるため、身体中から汗が滲み出る。その度に汗は蒸発し、また体温を平均に戻すために汗を出す。そして、旭の身体から水分が徐々に奪われていく。
「水分不足。もう頭もろくに回っちゃいないだろ」
息をするのも苦しそうに旭は肩を上下させる。
(分かってはいたさ……今戦っても敵うわけない、勝てるわけないって……でも―――)
まだ、あまりにも遠すぎる。焔の魔法の最大火力を持ってしても、無数に飛び交う獄蝶を相殺するだけ。読み合いも制しきれず、己の弱点ばかりが露呈する。
(くそ……くそくそくそッ!)
(これが正真正銘、最後の一撃だッ!)
魔力の消費度外視の最大火力。焔が夜の空を焦がす。並々ならぬ雰囲気を獄蝶のジョカも感じとる。そして、見るのはかつての「最強」の影。理の外へ踏み出した、「最強」の面影。旭の纏う焔が、紅く染まっていく。
「避けろよ、
(あぁ、本当にお前は……)
「”獄蝶”!」
獄蝶のジョカは避けなかった。弟子の成長をその身すべてで感じるため、抵抗などは一切せず、真正面から受け止める。
「最高の弟子だよ、旭」
轟音と、目を閉じてしまうほどの光、肌に突き刺さるように痛い熱。戦いの場は焼け野原になり、見る影もない。
「はぁ……はぁ……これで、どうだよ……」
焦土と化した野原の上空に黒い煙が漂う。空は黒煙で隠され、ただえさえ暗いノーチェスが一層闇に包まれる。獄蝶のジョカの姿はなく、獄蝶も見えない。
(どこ行った! あの人が逃げるわけない、どこかにいる!)
体温は異常なほど高いというのに、体の震えが止まらない。旭の身体は今にも倒れ込んでしまうほど疲弊している。魔力切れの影響で、意識が朦朧として平衡感覚が保てない。それでも、まだ終わっていない。獄蝶のジョカを探そうと、震える足で立ち上がった瞬間、旭を中心に風が吹き込んでくる。空を覆う黒煙が晴れ、その中から無傷の獄蝶のジョカが現れる。
「まぁ、よくやったんじゃない?」
気がつけば旭の周囲は獄蝶に囲まれている。逃げ場はない。
「煌めけ、”獄蝶”」
「…………くそ」
獄蝶が円を描くように廻る。
「”
輝く炎の柱が渦を巻き、旭を包み込んだ。
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