第608話 クレガーレからのトンボ返り?

 クレガーレ領内の移動も、風景も、クレリアとほぼ同じ状態だった。

 無論、廃都での作業も、殆ど変わらず、だ。


 しいて言えば、石材類の強度が、更に落ちている。あたしがつついたら壊れるものがあったくらいだ。


 クレガーレの併合からクレリアの併合までは十年足らず、この期間だけは他国と比べて極度に短い。

 多分倍神であるクリス・リーア女神が兄神に引きずられてしまったせいで、抵抗らしい抵抗がなかったんだろうとは推測できるけど。


「ここまでやってる事が同じだと、ちょっと虚無感出て来るなあ」

「楽か面倒かでいえば楽なんだから文句言わないの」

 カナデ君が気を抜いた台詞を吐くので、ちょっと窘める。


 今あたし達がやっているのは、一旦人類的には完全に手遅れになった地域を、辛うじて『世界』の手に戻すだけの作業だ。


 そりゃ楽だろう。最早抵抗するための最低限の力すら、この地にはないのだから。

 まあ我々に対して抵抗する理由があるのかどうかは別の話として、だけど。


 瘴気はおざなりに大地を陰らせるのみだ。

 既に、魔物としての方向性を持たせる程の濃度もないし、かといって徐々に消えていく為の相殺相手もないので、ただ、揺蕩うしかないのね。


 瘴気そのものに意思なんてないけど、退屈そうだな、なんて。

 ……あたしはあたしでちょっと不謹慎ね。


 唯一クレリアの時と違ったのは、至聖所の中でのことだ。


 クレガーレの旧王都はクルガンという都市だったのだけど。


「なんだこれ、塚?」

 開け放たれたままの至聖所の中央には、謎の土盛りがあったのだ。


「塚……クルガンってそう言う意味なかったっけ」

「俺たちの世界だとそうだなぁ、何語かは忘れたが」

 カナデ君とそう言いながら、様子を観察していたサーシャちゃんだったけど、おもむろに収納からスコップを取り出して、その塚を掘り始めた。


 至聖所の中にある塚だから、大した大きさのものではない。

 あっという間に土と小石で作られていた山は崩されて、木枠のようなものと共に出てきたのは……棺ならぬ小さな木箱だ。


 いや、塚のサイズと棺と見立てた箱のサイズはちょうどいいもの、であるらしいのだけど。


「本、だな?」

「どっちかというと日誌か日記じゃない?」

 木箱の蓋はすんなり開いたので、中を覗き見るサーシャちゃんとカナデ君。


「読めなくはないが、この世界の言語でも、俺たちの知ってる言語でもないな。ねーちゃん、これ判る?」

 サーシャちゃんに手渡された本らしきものは、あたしの手の中でちかりと光るなり、勝手に開く。


「……技能に反応するけど、あたしが読めるという訳ではないわね」

 なお、実際に発生しているのは、上……天の声への直接アクセスだ。

 あたし、中継器役、なう。


 上からのフィードバックによれば、この塚を造ったのは異世界人だ。

 ぶっちゃけた話を申し上げれば、人間時代の自称勇者様作、だったりする。


 但し、中に仕舞われていたこの日誌っぽいものは、クルガール神自身の著したものだ。

 なので、人類には本来読めない文字で綴られている。


 ……それを読めなくもないって、サーシャちゃんの翻訳チート割とガチ目にヤバいな?


「……これ、自称勇者様じゃない?作ったの。私たちの世界から他に人が来てたなら判らないけど」

 ワカバちゃんが唐突に作者を断定する。どうやら何か符合する情報を見つけたんだろうか。


「根拠は?」

 一応聞いておこう。ガチ直感って事もあり得るし。


「サイズ比が、私も知っている比較的有名なクルガンと同じな気がする。多分五分の一サイズ」

「んー?ああ、以前ゲームの時に話題にしてたアレか。

 そういやあの木枠もそれっぽいな、馬が埋まってたりはしないようだが」

 端に避けた木枠だったものを手にしてサーシャちゃんが唸る。


 つまり、彼女達の世界にあったものをモデルにそれっぽく作ったって事か。

 墳墓というものはあたしの世界にもなくはなかったので、知らないものでもないけども、流石にサイズ比とかが同じモノは記憶にないな。


「解説ぷりーず、墳墓自体は判るけどクルガンが判らん」

 そしてアスカ君が手を挙げた。そういや文化とか微妙に違う世界の出だったね!


「翻訳がバグってるなあ。クルガンってのは墳墓の一種だ。俺らの世界の特定の言語でそう呼ばれてると思えばいい。

 今回のこれは俺らの世界に在るものの縮尺版をこいつらの先祖な自称勇者が、多分人間時代に作ったモノ、かな?いや流石にそれだと古すぎるな?」

 解説しかけたサーシャちゃんだけど、途中で首を傾げる。


「それで合ってるわよ。ただ、元々はここにあったものではないみたい。

 あとからクルガール神自身がここに運び込んで、この書誌をしまうのに使ったようよ」

 上からの情報を一部開示する。これは喋ってしまっても問題ないからだ。


 他の事は一旦内緒ね。修行になりませんから。


「……軍神、なかなかお茶目だな」

「あたしもそう思うわ」

 サーシャちゃんの言葉に、思わず頷く。


 いや本当に、何もこんな土の塊をわざわざ運ばなくてもって、あたしも思いますもん。


《思い出の品だったらしいですよ、品というには大きいですけど》

 シエラから真相の一端がちらりと明かされる。


 自称勇者様とクルガール神は、気の合う友人のような存在であったらしい。

 そう、ラノベ版『自称勇者様の冒険』やその伝記を見る限り、彼は創世神の御座以外の全ての国を回っている。


 だから、彼の足跡がある事自体は、何の不思議もないんですよね。


「……あ、そうか。大伯父さんが各国回ってたのって、併合政策が始まるより前か」

 カナデ君がそこに気付いたようで、ぽん、と手を打つ。


「そう言う事。ライゼリオン神とかクルガール神とは仲も良かったって話が伝記の方には載っているわよ」

 ラノベ版では神々の話は極力省かれているから、載ってないけども。


 これは流石に実在の神々を娯楽小説で扱うのは畏れ多い、と作者たちが遠慮してしまった結果だそうだけど。


「帰ったら伝記も読もう……」

「そうね、もう一回読まなきゃ。城塞にあったわよね?」

 カナデ君が読んでなかったなあ、とぼやき、ワカバちゃんが所在を確認してきたので頷く。


「ええ、ハルマナート国や他国で出回ってる一般バージョンと、あたしが取り寄せたフラマリア国内版、それにイードさんのご先祖が持って来たらしいフラマリア版の古い奴と、三種類はあるから、比較し放題よ」

 実際にあたしは読み比べて比較しましたよ!



 そんな感じで、本は一旦あたしのウェストバッグにしまわれ、最終的に全部綺麗に浄化も済ませて、今度は来た道を引き返す。


 本、カスミさんに預けたかったんだけどねえ、あたしが持ってないとだめらしくて。


「そういえば今回シル君連れてないんだね」

「だってどう見積もっても道中の途中で冬眠シーズンが来ちゃうもの。それなら城塞に置いておく方が安全だわ」

 戻りの道でのカナデ君の質問にさっくり答える。


 いやシルマック君、ついてくる気まんまんだったんだけどね。

 流石に、この子は置いて行かないと危ないって技能判定が出ちゃったし……


 ハルマナート国にいる時でも、冬は動きが鈍くなって半冬眠状態になるのよ、あの子。

 カルマルフェッタに入る頃には完全に冬になるはずだから、下手に連れて来ると中途半端に冬眠しちゃうから危なくって連れ歩くなんてとてもとても……


 でもその結果はというとですね。


「慢性的にもふもふ成分が足りないぃ……」

 思わずぼやいたら、全員に生暖かい目で見られた。


「……あの、もし、あたくしの尻尾で宜しければ、今宵お貸ししますけれど……」

 ちょっぴり頬を赤らめたカスミさんに恐る恐る申し出を受けて、思わず二度見したけど。


「え、いや、一応真面目に仕事中なので大丈夫です……」

 いや本当よ!我々、任務中ですから!!お賃金出る訳じゃないけど!!


 ……出ない、よね?


《メリサイト国からは戦争状態終結の功労者として、確実に報奨金が出るでしょうね》

 わあ、出るのか……!


「シル君はうっかり呼ぶと戻せないからってのは判るけど、異世界産の聖獣なら呼べるんだよな?」

 ちょっと引いた顔でサーシャちゃんに確認される。


「グリン君はさらさらでモフとは違うし、キャスケット氏はあんまりモフらせてくれないし……ジャッキーはちょっと異世界産かどうか怪しい所があるから怖くて呼べない」

 正直に申告したら、全員に一応納得はされた。


 幻獣だと一応セーフらしいけど、りこぽん君はちょっと幻獣枠からはみ出してる疑惑が出てるから、これまた呼ぶのは自重だしなあ。


(実際我々がいるところに幻獣を更に増やすのはちょっとリスキー)

(ごめんなさいね、ちょっとならモフってもいいですよ)

 そしてロロさんが正論を口にし、ココさんに妥協された。


 いや、大丈夫です、自重します。


――――――――――――――――――――

シル君相変わらず送還場所がカーラさんの肩の上なので……

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