第605話 長い南下とお風呂。
旧モルタニスの廃都モールスを出たら、後はひたすら南進だ。
うっかり東に寄りすぎるとライゼル国の呪術師辺りに気取られる可能性もあるからね。
幸いケット・シーのくれた地図は本当に正確で、順調に真南に進行できている。
上からのデータもあるんだけど、天の声が準備要らなかったんじゃ?って凹みそうになるレベル。
いや、古い地図の補正の為の現在情報も重要だから!凹まなくていいから!
人っ子一人いない荒野での徒歩の長旅で、一番困るのは、我々の場合、お風呂だ。
トイレ?サーシャちゃんがランディさんに貰った仮設用トイレがあるんで、それを都度出せば全く問題なしだよ!
睡眠は皆不思議なくらい、荒野での交代制でもすっきり眠れていたし、モルテット氏が加わってからは、更に睡眠の効率が良くなっているのが実感できるので、身体的な疲れは翌日には残らない。
だけど、風がなくても我々の歩みで舞い上がる僅かな土埃や、寒くても多少は発生する汗、そんな汚れの蓄積は、この世界の人ですら、嫌がるものだ。
ましてや我々、衛生観念最上位と言える世界からやってきたうえに、普段はこの世界でも大体トップクラスの衛生管理ができている国で暮してきた異世界人には、濡れタオルで拭く程度を繰り返すだけじゃ正直ムリゲーだ。
流石に余りにも何もない……生き物にすら一切遭遇しない事もあって、制圧し終わったモルタニスを抜けるまでは、魔法を駆使して時々お風呂に入ることになった。
「やっぱりこういう時に穴掘る魔法があるといいのに感」
水魔法の〈ウォーターカッター〉で、岩を四角く切り取りながらぼやくカナデ君。
切り取った部分は、風〈分解〉である程度細かく割って外に積む。
地震も強風も縁がない場所なので、サーシャちゃんとアンダル氏が割った石を器用に組み上げて臨時の目隠し用の壁を作り上げる。
水は魔法で出せる。
なんと、温水を出す魔法もカナデ君が創作していた。
火属性と水属性の同時使用だから、混沌属性持ちじゃないと使えない魔法に仕上がったそうだけど。
地元民と同タイプの魔法属性しか持ってないあたしには使えない。無念。
「普通の人は水だけ出しといて、石を焼いて水に入れて加熱するんでいいと思うけどね」
それだと調整する時間がもったいないからさー、とカナデ君。
この世界、水に直接〈ファイアボール〉をぶち込んでも、水の温度が変わらないんですよね。
ファイアボールの魔力量分、水が属性相殺で消えておしまいなのだ。
「〈ウィンドカッター〉は岩に通るのになあ」
「属性相殺で魔法の当たった部分が消えるから通ってるように見えるだけよ。効率は属性を残したまま貫通できる〈ウォーターカッター〉の方が遥かに上だし、そもそもここの土地は魔力を喪失してるから、属性相殺自体が起こらないんじゃない?」
そう説明したら、カナデ君が速攻で〈ウィンドカッター〉を地面に発動させて、きっちり失敗していた。
「ほんとだ、ぶつかっただけで終わった……」
(大体巫女ちゃんの説明で合ってるよー。実際には属性反発も起こるから、岩にウィンドカッターはお勧めできないねー!破片が飛ぶよ!
そもそも攻撃魔法に分類されている〈ウォーターカッター〉が岩の切断に使える方が例外だけどね!
これ作業用に異世界人が開発した魔法が、攻撃力強いからって攻撃魔法判定されちゃったカテゴライズ事故だから!)
実行結果を見て不思議顔のカナデ君に、モルテット氏が詳細な説明をしてくれる。
そういやずっと前に、ウィンドカッターで岩割ろうとして、爆発程じゃないけど派手に吹き飛ばしたおっさん、いたっけ。
属性反発ってのもあるんだな……
「あー、うん。〈ウォーターカッター〉については、そうじゃないかって気がしてた。発想が非魔法文明系異世界人のそれだもの」
メリサイト国絡みの案件の後、効果に感動しちゃった大神官長様の依頼で、耐暑護符を更に量産した結果、あたしの水属性はついに中に上がり、攻撃魔法の〈ウォーターカッター〉も解禁されてしまった。
まあ水魔法も魔物には効果が薄いんで、使わないんだけどね……
いや、光魔法が突出して熟練度が高いんで、今更使う気にならんと言いますか……
お風呂は一人ずつ順番に、だ。
アンダル氏だけは完全に人外で、汗もかかなきゃ皮脂も出ません、ということで、肌の露出部分を濡れタオルで拭くだけで基本はすっきりなんだけど、彼も髪の毛の土埃は気になるようで、時折最後に洗髪だけしている。
カナデ君が時々鶏たちと一緒にお風呂キメてるけど、見なかったことにしておく。
お湯で洗ってもいいのか、鶏……
マルジンさんは化身と本体の姿をいったりきたりするだけで、汚れはリフレッシュされる便利仕様らしい。
カスミさんの方も同じらしいんだけど、炎術の応用で、汚れだけを焼き落とすというアクロバットを決める事もあるらしい。
「どちらかというと、時短というより細密操作の修行でございますね」
なるほど、そういうことなら納得がいく。
使用後のお風呂は、水を抜かずに壁にしていた岩石で埋める。
最後に気が向いた人が〈固着〉の魔法をかけて固めてしまえば、取りあえず問題ない。
我々の移動痕跡が残る?こんな魔力すら欠乏しきった虚無な土地なんて、コトが片付いたとしても、百年くらいでは誰も入り込まないんじゃないかなあ。
むしろ、誰も入り込めない、の方が正しいかもな。
地元の一般民では、魔力の回復手段が絶望的にないもの。
ズボラに挑むためには、地元民では傷一つ付けられないので無理だ、という話だった。
フタを開けたら、なんてこたぁない、地元民だけでは、接近すら不可能ってオチでしたよ!
「ランディさんみたいにコテージ収納とかできるといいのにね」
「流石にあのサイズは俺らの収納でも規定がないから現状では無理だなあ」
今までの旅程で一番便利だったものの話をしたら、流石にサイズ規定上無理だという、サーシャちゃんの即答。
「コテージだの船だのというサイズを設定すると、多分容量の制限が発生するからやめとけ」
そしてシステムにも案外詳しいアンダル氏がさっくりと否定的な見解を出す。
「現状でもテント一式と仮設トイレは入るんだから、それで満足しとくほうがいいか」
仕様を確認したら、主に制限があるのは長さで、無機物だと人間の三倍サイズの彫像を入れるのが限界、だそうだ。
生物の死体だけは解体の都合でか、その制限がないらしい。そういやヒポグリフ四頭とか突っ込んでたよなあ。
「テント一式を組み立て式コンテナハウスみたいな感じにグレードアップするのがこの世界だと正解かもしれないわね。
ほら、水回りや火の管理って魔法陣で構成してるから小さいでしょう?」
「あー!そうだ、パーティション発展型のミニハウスの試作品がある!」
災害時の救援用品にそんな類のものがあったよな、と話したら、サーシャちゃんが試作品を作った事があると判明した。
そして取り出されたミニハウスは、薄板を組み合わせて箱型にするだけの、本当に簡易的な屋根付き囲い、といった風情だった。
それでも、二つあれば全員眠れてしまう程度の大きさはある。
「丁度いい流れだから言っておくか。
こないだから言おう言おうと思ってたんだけど、俺ぁ別に睡眠も要らねえから、夜番は俺に任せて全員寝てていいんだぜ?」
そして、アンダル氏がそういえばそうでしたね、という発言を……そうじゃん、このヒト寝ないんじゃん……
「そういえば作り置きの料理ってあとどれくらいあるの?」
「この人数ならまだ五年は飽きが来ない程度には戦えます」
食事がずっと三人組とカスミさんからの出来合い品供給だったので質問したら、ワカバちゃんから即答された。
……君たちどんだけ食料ため込んでるの。
しかも出来合い料理の保管は主にワカバちゃんだけど、サーシャちゃんとカナデ君は食材も大量に保管している。
恐らくランディさんと同等か、それ以上に収納魔法を完全活用しているのがこの三人組だ。
ランディさんも素材を合わせれば一国の正規軍を三年養えるとか言ってたけど、この子達もその位は持ってるだろうなあってのは、うん、知ってたけど。
「そこまで時間はかからないわよ……」
カウントダウンは二桁後半のままだからね……カウントの数字自体、今も微妙に行ったり来たりしてるので、あんまりアテにならないけど、流石にここから前半にジャンプはしないという技能判定。
このカウントダウン、三桁の間は仮カウントらしいというのが最近判ってきた。
要するに、『情報足りないけどそろそろ準備ガチってね』のお知らせに過ぎないのだ。
そこからきちんと情報と準備を整えると、ガチのカウントダウンが開始される。
数字がすっ飛ぶのは、我々の準備が早すぎるか、遅すぎるかのどちらかだ。
遅すぎる場合はいきなり二桁前半どころか、テンカウントで始まるらしいので、ほぼ失敗確定、ですね。
今までそんなヤバい数字は見たことないけども。
《貴方本当に情報を必要な時に確定で引き寄せてますからね……豪運、なのでしょうか》
どうなのかな、悪運なら確実に強いと思ってるけど。
旅の衣食住問題は当分発生しそうにない。
分断される可能性はゼロじゃないから、それを警戒する程度でいいんだろうな。
分断って、人手がないとできないから、実質無理じゃね?
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何もなさ過ぎてイベントが起こらないのであります。
属性反発は風⇔土では初級魔法でも起こるけど、風呂桶分量の水にファイアボールだと火の方が弱いので明確には発生しない。強い魔法でなら発生しそうではある。
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