第602話 鍛冶師たち、目の色を変える。

「……これ素材としてすげえよくねえか」

 すっかり鍛冶師としての顔になったアンダル氏がぼそりと呟く。


「素材としては浪漫に溢れてるよな。この世界で有効に使えるかどうかは別として」

 そしてこれまた鍛冶の嗜みがあるアスカ君の方は、やや懐疑的な口調だ。


「そこはほら、ズボラをどうにかしたら打開策があるかもしれないし?」

 ないかもしれないけど。


 世界そのものに、工業分野の発展を忌避する方向性が刻まれているとしたら、彼らの目論見は大きく外れるはずだ。


 異世界人としていじくり回すくらいはできると思うけど、そこからの発展はない。

 ただ、これに関しては、ズボラが存在している限りは確定事項だ。


 あれでも創世神だったモノだからねえ、ズボラ呼ばわりしかしなくなって久しいけど。


 奴が世界を創るに際し、最初に決めたことは、たとえ異世界チートがあったとしても、奴が存在している限り、覆せない。


 ただ、奴が排除された後ならば、あるいは。

 世界そのものに基本法則として刻み込まれていない部分であれば、改善できる余地が生まれる確率が高いのよね。


 そこら辺はまだ情報が足りなくて、技能もうんともすんとも言わないからなあ。


「まあある程度回収するのはアリだろう。貴重な金属元素を含んでるって事だし」

「そもそも素材はいくらあっても困らねえからなあ」

 鍛冶師技能のある二人はすっかり回収する気まんまんだ。


 金属の棒は、普通の人では傷一つ付けられない、ようだ。

 鍛冶の技能を持っていると、何故かぽきりと折れたり、ぐにゃりと曲がったりする。


 いや待ってこれただの漂着物じゃないのでは?


《いえ、漂着時には普通の金属だったとか。この地で変質した可能性が高いようです》

 シエラ経由で解説されたけど、この金属棒は、まだモルタニスに人類が住んでいた頃に突然、この地面に埋まっている状態で出現したのだそうだ。

 大体四百年くらい前の事らしい。


 この頃はまだこの辺りは針葉樹の森でもあった。

 併合後の人族滅亡までの経緯で針葉樹林は根っこまで消失したけど、この棒は残った。


 発見当時はドワーフ族が多い土地だったので、この金属棒は当然彼らの注目を浴びた。

 ただ、その頃は何故か誰も加工どころか、削り取る事も出来なかったのだという。


 多分、この世界の技術制約事項のはるか上を行く技術で作られているって判定されたんじゃないかな。

 そうなると全ての干渉手段が無効化されるらしいので。


 翻って我々の鍛冶師たちはというと、アスカ君はどうやら多少の金属加工や希少元素に関する元世界での知識を持っている。


 まあ義務教育と受験の経験者なら元素表は覚えるもんよね、あたしも受験はしてないけど覚えてはいるし。


 アンダル氏の方はというと、サーシャちゃん達の世界を離れたのは、希少元素関連技術の発見や発展より大分前だったようだけど、サーシャちゃんのネットワーク傘下に入る事で、ある程度技術知識を得たうえに、こちらは先日工芸神の残滓から受け取った権能の欠片というチートもゲットしている。


 結果として、アスカ君は道具を使えば金属棒を削れる。

 アンダル氏は意図して蹴っ飛ばすだけで金属棒を折れる。


 アスカ君と多分同じくらい元素知識があり、なんならステンレス鋼の何種かの組成なんてものもそれなりに知っているあたしには鍛冶技能がないせいか、この謎現象、全く発生しないんですよねー。


 なので技能判定で発生するって事しか、今は判らない。


 結局アンダル氏が蹴っ飛ばして折ったものをワカバちゃんとカナデ君が収納する形で、結構な数の金属棒を回収した。


「……ただの金属って事は、雷分解も通るの?」

 ふと思い出して聞いてみたら、あ。と言う顔の一同。


「どれどれ……〈分解〉」

 カナデ君が丁度手にしていた短めの一本に雷分解を掛ける。属性は言わなくても任意で風と切り替えできるらしい。便利。


 でも魔法は発動すらしなかった。おや?


「……綺麗に混ざってるせいか、素材が大きすぎって判定。

 むしろ分解よりも抽出辺りを新規に創る方が良さそうだけど、適性属性が判らないな?」

「無属性で良くねぇ?」

「無属性って制限多いから、あたしが知ってる限りでは、魔法陣書記用の魔法が殆どなのよね。そのレベルの物質干渉は無理かも」


 無属性魔法は、基本的に物質への通りが良くない。

 というか、魔法陣を紙に定着させる工程の時にだけ使えるものばかりだ。


「無属性って……あーこれか、書いライトたり消しイレーザーたり入れ替えコンバートたりの列」

 カナデ君はそこも一応リスト化されていたようで、納得の顔で宙を睨む。


 なにせ、あたしも以前〈字消しイレーザー〉相当の魔法作ったら、光魔法の〈消去〉になっちゃったからなあ。

 まああれは、意図して魔法を創った、って訳じゃなかったけども。


「加熱して液状化してから水魔法あたりで抜いてくのが現実的か?効率は悪そうだが」

異世界おれらの技術だと触媒当てたり一部を化学反応させて酸化とか窒化とか硫化……?」

「硫化はなしかなぁ。この世界、なんか硫黄の総量少ない予感がするから、肥料以外に回したくない感じがする」

「そもそも製錬じゃなくて精錬だよな?」

 そして鍛冶師二人とカナデ君とサーシャちゃんがガチめに相談し始める。


「それもいいけど、距離を稼ぐのも忘れないでいただけますかー」

 四人の足が完全に止まってしまったので、横槍を入れる。

 いや歩く方が本題なんですよ今日も!


「おおっと、そうだった」

「硫黄ってなんで少ないとか判る?」

 歩きはじめながらも、話は止めない辺り、かなりこの変化のない旅程に飽きてきてますね君たち!


「地表近くに少ないのは、シンプルに陸地部に火山がないからじゃないかしら。

 元素量としてはそこまで少なくはないでしょ。

 この世界でも、動植物……生命の必須元素なんだから」

 でも疑問には回答しておく。


 どこまで正確かは判らないけど、火山がないし温泉も殆ど見かけないというのは理由としては充分にありそうだ。


「海の底には火山がいくつかあるって聞いてるぜ。

 なんでこの世界、基本的に単体硫黄は海由来だって話だな」

 アンダル氏は海神様がたの所で結構いろんな話を仕入れてきたようで、そんなことも知っていた。


 後でうっかりランディさん辺りに聞かれたら質問攻めにあいそうだな。


「そういえば大砲……火薬があるんだから硫黄単体の取引はありそうだよね」

「なんかサファギンとかが海底火山から硫黄やその化合物を採掘して売ってるとか聞いたぞ」

 カナデ君の発言に、今度はアスカ君が想定外の答えを寄越す。


 え、サファギンって半魚人系の幻獣だよね。そんなことしてるの?


「サファギンって頭が魚のほうだっけ」

「そうそう。魚人族と違って毒物に耐性が強いらしくてね」

 なんと、この世界のサファギンは、鰓呼吸の際に有毒物質を全部鰓から排出できる機構を備えているんだそうだ。


 完全に悪環境適応生物。

 というか必要に迫られて、そういう設計の生き物を作るしかなかった気配がする。


 それ以外だと、国神の神力で生成されているんじゃないか説もあった。

 あとは鉱山から採掘した鉱物各種の精製時に取れる分と、生物循環に組み込まれてる分、ってとこですかね……


 ズボラの創ったこの世界、地面の下はどうも割と杜撰な出来らしいんだけどねえ。

 要らんとこに穴が開いてるとかそんな奴じゃないけども。


 火山が地上にないのは、国神が管理しきれないから、であるらしい。

 というか、本当ならゲマルサイト神が火山の国を管理する形になるはずだったんじゃないかと予想してるんですけどもね。


 東海岸側の山脈が火山であれば、ゲマルサイト神の炎熱はそこで処理して、山地以外は全体的に温暖な国ができてた可能性が高い気がするんだけどなあ。


 現実には、あの国にあるのは火山じゃなくて砂漠だ。

 何がどうしてそうなったかなんて、創生期の話なんであたしにはさっぱり判りませんけどね。


《噴煙が上がる光景をズボラが嫌がったのではないかという説が有力ですね……》

 自然現象にまで好き嫌い言い出すとか、創世神やる気、本当にあったんですかあのズボラ?


《まあそこら辺はどうにでもなるもの、らしいのですけど……

 実際、天狼族の一件がなければこの世界もここまで急激に破綻が見えるようなことはなかったというのがメリエン様の推測ですし》

 ……でもそれって、緩やかにいつか破綻するのは確定していた、って事よね?


《過剰な異世界召喚によるリソース過剰の問題がありますし、召喚元はほぼランダムだったようですから、最悪どこかの召喚元からの実力行使ってパターンもあり得たそうですね》

 あー、天狼族みたいにある程度自由に世界を渡り歩けるような存在もいるんだっけ。


 ああうん、そうね……堕ちる方面に行かなかったとしたら、うっかり絶対やっちゃダメな奴召喚して世界ごと吹っ飛ばされてる可能性が高かった、っぽいね……


 そんな、ずーっと過去に潰れた分岐まで技能判定が入るのは想定外。

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