第517話 聖女巡行、第一旅程の開始。

 無事ハルマナート国での身近なトラブルは解決したので、その後は手紙のやり取りで準備と設定の擦り合わせをしたりしてから、いよいよヘッセン国に再度渡って、聖女巡行のスタートだ。


 え?、身近じゃない方?あれは王族勢と行政府の皆さんが頑張るべき奴なんで!


「では今日から宜しくお願いしますね、カーラさん」

「ではここからスタートね。よろしくね、トリィ」

 聖女様が普段と全然違う、ごく普通の商人のお嬢様風のワンピース姿で現れたので、挨拶を交わす。


 お忍び旅である以上、流石に聖女様と呼ぶわけには行かないので、聖女巡行の旅程中は、ベアトリスの愛称として、トリィと呼ぶことに決まっている。


 そう、この神殿裏口を出た時点で、既にスタートなのですよ。


 聖女様の口調ももう少し直したかったけど、もう豪商のお嬢様とお友達一行って設定でよくない?となったので、誰にでもさん付けする箱入りお嬢様が、世間を見聞する旅、という方向性に決まった。


 トリィお嬢様が世間の見聞を広めるために旅をします。

 お供には友人であるカーラ、つまりあたしと、これも友人枠で三人組、その護衛にアスカ君、あたしの個人的なお供のカスミさん、トリィのお供にやや年配の侍女さんが一人、そんな陣営ですね。


 マルジンさんは基本的にあたしの肩の上で蝙蝠やってます。

 必要に応じて聖獣様が付いてきてるよアピールをして貰う予定ですね!


「お荷物お持ち致します」

 アスカ君は護衛と身の回りの雑用、という感じの動きをする。


 何故なら、本命の護衛はサーシャちゃんだからだ。

 アスカ君も強い事は強いんだけど、流石にサーシャちゃんとガチると負けるって話でして。


「私の分は自分で運びますよ」

 侍女のディスティスさんが自分の荷にも手を伸ばしたアスカ君を止めている。


 彼女は元は騎士団の後宮護衛だったそうで、腕にもそこそこ覚えのあるタイプなうえに、悪状況での野営訓練も経験があるということで抜擢された。


 ええ、旅程上野営は避けて通れないのだ。

 まあ三人組の豊富な物資があるので、そこまで悪条件の野営はしなくていいはずだけど。


 今回の最初の行先は、マイサラス国に決まっている。

 オラルディ国を通り抜ける陸路コースは当然のように行きでは封印で、まずは船の旅だ。


 ハルマナート国発、沿岸各国経由レガリアーナ行きの船舶に、ヘッセン国発マイサラス行きの切符を買って乗り込みますよ。


 季節的にもう避暑客は移動し終わっているか帰り支度か、という季節なので、行きの船は空いている。


 そんな訳で演技練習し放題です。たーのしー!

 とか思ってたらオラルディでものすっごい人数が乗り込んできたので一旦自重する我々であります。


「オラルディから乗ってきたの、劇団らしいぜ」

 サーシャちゃんが早速情報を仕入れて来てくれたので確認する。


 なんと、コシュネリク閣下の書いた例の小説を更に舞台化した、『公子ダーレントの苦難と救出』をレガリアーナに上演しにいくんだそう。


 モデルの我々としてはちょっと気恥ずかしい感が……いや、ないな!

 三人組も小説版の段階でそれなりに脚色してあるから、本人とは直接判らんはず!



「えーっと、そちらの黒髪のお嬢さん、ハルマナート国のカーラ様でいらっしゃいます?」

 ところが、夕食で大食堂にいたら、速攻で劇団の人から声がかかった。なんで?!


「恐れ入りますが、どちら様でしょう?」

 あたしが答えるより先に、カスミさんが劇団の人に声をかける。


「あ、はい。わたくし今回率いる劇団の管理をイェールス侯爵閣下より承った、フェデルンと申します。カーラ様には以前観劇の際にご紹介頂いております」

 あー、言われてみたら、覚えがあるわ、この人。

 コシュネリク閣下の作家としての親しいご友人だったはずね。


「ああ、確かにコシュネリク閣下とご一緒した時にご挨拶頂いているわね。

 ご健勝そうで何よりです。閣下はお元気でいらっしゃいますか?」

 カスミさんが一礼して引き下がったので、あたしが挨拶をする。


 貴族や高位の商人相手だとこういうやり取りの方法になりがちだ。


 貴族だと相手の身分次第で最後まで侍女が対応することもあるようだけど、あたしは平民ですからね、自分で相手するよ!


「ええ、今回の遠征の報酬で次回作の方も新作を頂ける事になっておりまして。

 あの方の書く冒険活劇は本当に読みごたえがあって舞台映えも宜しくて、私、個人的に大ファンなんですよ。

 ただ最近はご縁談がやたら多くて辟易して居られるようですね」

「そうね、最新の冒険譚もとても面白くて、あたし達も何度か読み返しました。

 ご縁談は……なかなか大変そうですね……」

 コシュネリク閣下が少ないながらに雷属性をお持ちなのは、国内の人なら大体知っているものねえ……


 雷属性の有用性が証明されてしまった現在、彼に縁談やハニトラが大量ぶっぱされるのは自明の理ではあるのだけど……

 こればっかりは、こちらとしても同情とお祈りくらいしか、できる事がない。


「今回の公演にも自分でついて行こうか、とまで仰っておられたんですが、流石にご公務の方がございますしね、諦めて頂きました。

 わたくし共は終点のレガリアーナまで参りますが、カーラ様は?」

「あたしは今回は次で降ります。休暇を取って友人と旅行なんですよ」

 休暇を取っている事自体は間違っていない。


 従軍治癒師の方で、休暇届を提出している。

 だってトリィの護衛の仕事中にハルマナート国にとんぼ返りはできないからね!


「成程、麗しい皆様ですから、ナンパなどお気を付け下さいね、いえ、カーラ様がたならあまり心配は要らないのでしょうが」

 このフェデルン氏は、コシュネリク閣下の筆名も正体も知っているレベルで政治にも関与できる立場の、オラルディ国の貴族出身者だ。


 ミシェーラ夫人との関わりも深い人で、当然、あたしとサーシャちゃんのことは知っているのでこういう表現になる。


 易姓ついでに公爵位を返上して伯爵家に落ち着いた家のひとつの出らしいよ。


(マースコール家の現ご当主の三男様ですね。

 格式ある劇場を引き継いだ、芸術方面を期待されたお子さんだと伺っておりますわ)

 カスミさんから念話で補足情報。


 ちなみにこの補足情報、なんと今回の旅行メンバーの異世界人組全員に流れる仕様だ。

 マルジンさんと共同であれこれ弄っていたら、条件指定で複数名に流す仕組みを見つけたんだそう。


 ただフラグの管理が難しくて、今回は異世界人、というフラグしか有効化していない。


 他に異世界人がいる可能性も否定できないので、今みたいな当たり障りのない情報しか流せない弱点はあるけども。


 どっちかというと三人組に届く方がびっくりだけどね、と思っていたら、タイセイ君が一枚噛んでるという話だった。


 そういえば彼だけは、この世界の聖獣格としての活動もほぼだいたいできるらしいんだよね。

 その代わり、この世界の聖獣としての縛りも多少受ける、但しそれは他のメンバーには及ばない、なんてことも言っていた。


 流石に直接話しかけに来たのはフェデルン氏だけだった。

 何故か演技指導の教官をやっているという人を紹介されて、色々練習をしたりはしたけど。


「ばれてんじゃね」

「まああの国では、劇場を持っているというのは放蕩息子ではなくて、至極真っ当なご貴族様ですし……」

 サーシャちゃんの苦笑に、カスミさんが解説になってるかどうか怪しい解説をしている。

 真っ当な貴族なら、外国の情報もある程度抑えていますよ、という話でいいのかな。


 とはいえ、あの国の劇場と貴族政治家の関係っていうのは割と理には適ってるよね。

 どちらも、情報の早さが大事な仕事の一つだし。


 劇の流行り廃りは、市井の声を計測するための、一定の指標にもなり得る。


 もっとも、政治色の濃い演劇は基本的にゴシップ劇に分類されるので、大劇場にかかることはあまりないし、そもそも他国の政治がらみの話が基本で、自国のそれには余り触れられることはなかったりもする。


 だけど、例の天馬とヒポグリフの対面騒動や、ロベール四世が変じた(但しこれ自体は公表されていない、極秘事項だ)魔物討伐の為に召喚されたヴァルキュリア達のアレを舞台化したい!という声は多いらしい。


 いや待て、後者はともかく、前者どうやって舞台にする気ですか?四つ足だぞ?


「オラルディ国の演劇……楽しみですね……」

 トリィはイケメン教官に演技指導をされた後から、なんとなくうっとりしている。

 教官の顔がどうの、じゃなくて、発声の仕方が良くて聞き入っていたんだそうだ。


 そう、マイサラス国訪問のあとは陸路でオラルディ国を経由して帰る予定なのだ。

 無論、演劇鑑賞は予定に組み込み済みだよ!


――――――――――――――――――――

何故か舞狐がだんだんチート化していく。

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