第219話 トゥーレの周辺について?
と言いつつ表題の話があまりないのは仕様です。
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ランディさんは想定通り台所にいて、サーシャちゃんと朝ごはんの支度をしてくれていた。
ベッケンスさん達は王都から戻る時に、ベネレイト村にも一泊してから戻ってくるそうなので、暫くは台所は二人がやりたい放題だったりするのだ。
「「おはようございます」」
二人でまずは朝の挨拶から。基本ですよ基本!
「おっはー、ねーちゃん達、朝の日課もう終わったの?」
サーシャちゃんがこちらは見ないでそう聞いてくる。推定だし巻き卵と格闘中なので、こっちを見られないのは、まあ致し方ない。
「おはよう。腹ペコで我慢できないという訳でもないようだが、どうしたね?」
ランディさんのほうは、自分の作業は終わっているらしく、サーシャちゃんの作業を眺めていたのを、こちらに向きなおってそう聞いてくれる。
「ええ、実はちょっと面倒ごとでして。トゥーレの近隣、の情報が必要になったんですよ。一番詳しいのは貴方ではないか、とイードさんが」
発端である手紙の受取人であるガトランドさんがそう切り出す。
「トゥーレの、近隣?あそこはトゥーレ島本島以外には、人類に関わる物など、それこそ全く何もないはずだが」
まずランディさんが、そこに引っかかった。むう、真龍の認識でもそうなのか。いや、人類に関わらない何かはある?ってああ、岩クジラの生息地とかそんなんか……誰かに聞いたわね。
しょうがないので、ガトランドさんが手紙を見せたんだけど、紙に触れた瞬間、ランディさんの眉が跳ね上がった。なんだ?
「これは何処から入手したのだね?」
そう言うので、イードさんから預かった瓶も見せて、魚人族が拾って届けてきたのだ、と伝える。
「ああ、ボトルレター……紙が異様に古いものだが、言われてみればインクは古くないな……インクというか、どうもイカスミをそのまま使用しているようだが」
あー、古びた紙だとは思ったけど、真龍がびっくりするレベルの、とてつもなく古い紙、なのか。便箋はランディさんが読んでいるので、封筒の方を見てみる。あー、これは。
「これ、何かの包装紙の裏面を使ってるんですかね……?模様の色が、裏側に少し残ってる」
プレゼントにラッピングを施すのは、この世界でも一般的だ。まあそれにしては随分と厚みの割に丈夫な紙だな、とは思うけど。丈夫というか、上等の紙よね、これ。なんていうか、手漉きっぽい気がする。うっすらと青い色、それとこれまた薄くて消えかけているけど、直線と曲線を組み合わせた文様のようなもの。
「舞狐殿を呼んでくれないか。この紙なら、彼女の方が詳しいかも知れん」
ランディさんがそういうので、最近やっと覚えた念話でカスミさんを呼ぶ。確か起きた後の部屋の片づけをすると言っていたはずだ。
「はい、お呼びでしょうか、お嬢様」
程なくしてカスミさんが現れる。お披露目の際のウケが良かったせいか、今日も女給さんスタイルだ。
「ああ、我が呼ばせたのだ。済まぬな、舞狐の。実は紙の話でね、その用紙について何か判ることはないかね?」
ランディさんの言葉に合わせて、あたしが手にしていた封筒を手渡す。
「あらまあ、随分と年代物でございますね。ですが、確かにかつてうちの里で作られた物に相違ございませんわ。貼り合わせの部分にちょうど透かしが残っておりますから」
舞狐族は紙づくりもかつては有名だったのだそうだ。この世界の人間の製紙技術が向上して、教えることもなくなった頃に、製紙に向いた素材のない地域に移転してしまったので、今は自分たちの使う道具の分くらいしか作っていないそうだけど。そういやカガホさんも綺麗な紙張りの扇子を使っていたわね。
「君たちが製紙業を営んでいた頃というと、今の地に移る前だから、最低でも三百年は経っているのかな?」
ランディさんが感心した様子でそう聞いている。
「いえ、それよりももう少し前の品ですわ。残っている文様からすると、恐らくレガリアーナから発注を受けた、耐水性のある包装紙で、海に関連した、品のある柄で、包むものに合わせて一式、百枚ばかり、というご要望のお品だったかと。
送り先はどこぞかのお国でしたが、何らかの理由で船が沈んで届かなかったという話を聞いた覚えがございますね」
もう一揃え作れないかと相談されたので覚えている、とカスミさん。一枚ごとにサイズ指定が細かく多いうえに、納期が厳しかったので、かわいらしさが出過ぎて自主没にしたデザインで仮に作った揃えをお渡ししたけれど、そちらの柄ではないと断言する。なお二つ目のほうが先方には受けが宜しかったらしい。
ちなみにこの封筒と用箋の元の柄は、青海波をグラデーションで摺ったものに細い七宝柄を合わせたもの、二つ目は青海波のグラデーションは同じだけど、合わせたのが浜千鳥柄、だそうだ。言われてみると、成程微かにそんな感じで線が残っているわね。
「やはり年が経つと、紅ほどではないですが、もともと余り濃く載せていなかったとはいえ、青系も褪せてしまいますねえ。それに、七宝柄には金で箔を押していたのですが、下線が辛うじて残っているだけでございますね」
耐水性は持たせてあったけれど、水に長時間漬かっていた、という傷み方ではないですね、と続けるカスミさん。
「つまり沈没船から荷物を引き揚げた者がおる、ということか、それともその時代だと、海賊、という事もあり得るか……?」
その種の記録を探すべきであろうか、と考え込むランディさん。
「そういえば、この手紙、会いに来て欲しいと書いてある割に、その場所の情報が随分と曖昧ですね?トゥーレの近隣、とだけでは、島から見てどちら側かすら判らなくないです?」
本文を読んでから気になっていたことを口にする。
「うん?それ、俺が読んでもいいか?」
卵焼きを作り終わったサーシャちゃんが、背伸びしてランディさんの手元を覗き込もうとするので、ランディさんがそうだな、と言いつつ見せてやっている。
「……なんだこれ、海底都市、違うな、ええと……海底の、墓場、いやそれもなんかニュアンスが違うな……?」
場所の情報あたりを読んだサーシャちゃんの言葉が、地味におっかないんですが。
「……浪の下にも都の候ぞ、ですか」
カスミさんが謎の発言。何かの文章の一節のようだけど。
「それだと完全に冥府になっちまうな?だが、近い印象ではある。生者が居られない場所でもないだろう、とは思うが。聞いてる段階では、会いに来いって意味判らんと思ったが、来るなとか助けてほしいとか透けて見えるな……これ、自由意思で書いた訳じゃなさそうだ」
サーシャちゃん達の翻訳スキルは、書かれているものの現在の状況を一部参照するという謎機能を持っている。自称勇者様ことケンタロウ氏が現在国神であることが、それでばれたように。
つまり、はっきりと書かれていない現在地は、どうやら、海の下のどこか、恐らく海底あたりの何らかの構造物、ということになるのだろうか。そして、周辺状況が、いささか物騒な気配も読み取っている。
「うーん、どうやらこれは、魚人族に本格的に協力を頼まないと無理な気がするね!」
ああ、ランディさんが匙を投げた。まあでもそうね、海の中の事なら、海に住む者に尋ねるのが一番よね……
「召喚獣ではいかんのですか、海竜の旦那とかおられるでしょう確か」
不思議そうな顔でガトランドさんが尋ねている。イードさんが契約している海竜のサイドブラスターさんは、沿岸漁業をしている人にも結構知られている。長年活動してる聖獣や幻獣は、召喚契約を結んでいないひとにも、個体名まで知られていることも案外と多い。
「あいつはそういう情報収集には向いておらん、思考がシンプル過ぎてなあ」
ああ、以前ワイマヌの事を聞こうとしたら、そんな感じだったわね、確かに。
うんうん、と頷いてたらそっかー、としょんぼりした顔になった。あれ、ガトランドさん、魚人族が苦手だったりとかするのかしら?
思い切って聞いてみたら、たまに新規漁場の漁業権で魚人族ともめることがあって、ガトランドさんが子供の時に、ちょっと大きな騒動になって、魚人族による港の襲撃にまで発展したことがあるそうで、その時の、波間から現れた魚人たちの姿が記憶に焼き付いていて、ちょっとだけ、苦手意識があるんだそうだ。
あ、襲撃といっても、物騒な武装攻撃とかでは全くなくて、徒手でホラーテイストの仮装をして港に押し寄せるだけ、といったものだったらしいのよ?ただ、仮装が完璧すぎて、大人も怖がる有様だったっていう話だ。平和的といえば平和的だけど、案外えげつないですね……?
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情報自体が殆どないという罠。<はてながついてる理由
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