第186話 卵と魔法の仕様、そして。

 現地調査は二日ほどで終わり、一旦データが王都の学院に持ち帰られる。

 その後はまたいつもの日常だ。


 最近はちょっと修行的なものを意識して、運動とか瞑想なんてものを生活に取り入れようと頑張ってはいるのだけど……前者は特に問題ない(例の自称勇者様式らじお体操とやらが、存外効果的だったりするし、走る場所には事欠かないので)のだけど、後者が、どうもうまくいかない。


 うん、気が付くと幻獣たちが絡みにきて、というかすりすりしてきて、ですね……集中が、保てません……あたしは、弱い……ッ……

 心地よいもふもふにすり寄られるんですよ……あたしの性格で耐えきれるわけが!!


《残念ですが、未熟としか言いようがないですね……ただまあ、私も耐えられるかどうか怪しいですけどこれ……皆さんが、あざとい……》

 はい、シエラも実質敗北宣言ですね……


 本日もそんな感じで、庭先で鶏と兎とユニコーンの子に纏わりつかれております。ココさんロロさんや、カナデ君はいいのかい?


 おべんきょーちゅーだから じゃまはしないの

 おんもにいてねって


 二羽の鶏は、毎日のように卵を産む。普通ここまでマメに生まないというのだけど。

 基本的に卵は日持ちがするので、ある程度纏めてから、皆の食卓に上ることになる。濃厚で美味しい卵なので、卵料理が出ると皆のテンションが一気に上がるのが面白い。

 あとサーシャちゃんがついに茶碗蒸しを作成した。具材は前にレメレで買った海老と、ドネッセンで買ってきた鶏肉、慈姑らしき根菜、三つ葉、といったラインナップで、そりゃもう美味しかった。なお芹とクレソンと三つ葉は、開拓村ならびっくりするくらい、そこらへんに生えている。ほぼ野生だというので、肉を買いに行った時に数束ずつ貰ってきたそうだ。城塞にも三つ葉は生えてるけど、ここのは基本兎のおやつだし、水場が獣たちの水飲み場しかないので、芹やクレソンはちょっとちょうどいい場所がないね。

 ただ、作った本人は本節と醤油が手に入らなかったので、味がちょっと違う、と不満そうだった。魚醤だと、確かに醤油とは味が違うからなあ。

 なお倉庫の期限ギリギリの煮干しと荒節は全部サーシャちゃんが引き取ってた。脂が回ったりはしてないし、収納に入れとけば日持ちするから!と爽やかに宣言していたので、まあ勿体ないことにはならないだろう。

 ジェニアさんも味わいを気に入って、レシピを習っていたから、これからは時々食卓に出て来ることになりそうだ。応用としてプリンも。まあプリンはどう頑張って作っても、ランディさんのより美味しくならないので、あれは何が違うんだろうね、というのが最近の台所での悩みといえば悩みだ。あたしの手持ちのレシピも試したけど、美味しいけど何かが違う、という結論だった。おかしいなあ、卵自体は最強に美味しいやつなんだけど……

 あ、ランディさんはやることは済んだし、と、最近はあまりこっちにはやってこない。鶏たちの卵の件を知ったら張り付きになりそうな気はしているけど。

 なお雄鶏など此処にはいないので、全部無精卵です、念のため。


 三人組の収納魔法のお陰で、最近はちょいちょい、鮮度のいいお魚が食卓に並ぶ。


「なるほど、これは旨いの。ようやっと海の魚を好むものの気持ちが判った気がするよ」

 ええ、時折やってくるハイウィンさんにも好評でした。鮮度の良いものは城塞でも王都でも、そう簡単には手に入らないから、今までハイウィンさんは海魚は塩漬けか干物しか食べたことなかったそうだからね。

 ベッケンスさん達は、結局城塞に住み込みになった。うん、三人組とエルフっ子達が住むようになって、女子が増えたしね。ただ、ベッケンスさんの子供たちは学校があるので、祖父母に平日は預けられて、週末だけ夫婦が村に帰る形になる。

 ただ、新規住人もあたしと同程度か、サーシャちゃんはそれよりずっと、自分の身の回りの事や、家事がちゃんとできるので、そこまでジェニアさんの負担が増えたりは、していない。


 とかのんびりしてたら、例の村から、羊が送られてきた。ええ、例のあたしに懐いてたあの子ですね……やっぱり魔力が消えなくて、召喚持ちの人たちに明確に意思を伝えるようになったので、こっちに連れてこられました。まあ予想通りではある。


 わーいおねーさんだー


 あたしを見つけるや否や、スマイル風味の顔でとととっと駆け寄ってきてもっふとすり寄る羊。かわいいなあもう!

 牛にも一頭だけ魔法をかけた子がいたんだけど、その子は気持ち魔力がついたものの、そういった意識や知恵の変化はないらしい。多分体のサイズが影響してるんだろうな。かけた魔法の魔力は、相手のサイズには特に合わせてた覚えはないし、カナデ君もそう言ってたし。

 カナデ君の〈治癒〉は、あたしと違って魔力を込め過ぎるという事故も、今の所起こしてはいない。まあ最初に説明したからね……あたしのアレは、流石に繰り返してはいかんのです。



「しかし、ホントこの世界の魔法の仕様は変だな……」

 治癒系魔法の仕様を説明した時のカナデ君の台詞だ。うん、あたしもそう思う。


「先達がいろいろやらかして仕様変更と魔法の一部削除があったから、余計に変になってるしね……異世界人負の遺産ってところ……?」

 ちなみに真龍を倒したという先達だけど、流石に命は取ってない、んだそうだ。で、その個体が真龍の島の丸い所を縄張りにしていて、当然のように異世界人嫌いだったんだけど……ワイバーンのお土産で機嫌を直した、そうなので、どうもあのカワセミ色の真龍さんがそうらしい。

 いや待って、なんであんな綺麗な龍にバトル挑んだのその異世界人!?


「我が断ったらあいつの所にいったんだ。正直に言えば、穏便に断れば引き下がる相手だと我の応対を見て知っていたのに、吹っ掛けられた喧嘩に二つ返事で乗ったあいつが一番悪い」

 ランディさんにそう言われると、成程な、とは思うけど……結果が人類的にあまりにもよろしくない……ちなみに光属性魔法の消費三倍増しと、これは今回聞くまであたしは知らなかったのだけど、闇魔法に消費半減が付いているのは、それ以前からの、元々の仕様なんだそうだ。


「まあ、そんな荒ぶる方には見えなかったんですけど」

 直接話もしたことのあるワカバちゃんは、不思議そうな顔をしている。


「流石にもう数百年前の話だからな。ケンタロウが来る直前位の話だし」

 いくら根に持つタイプだったとしても、多少は丸くなったであろうよ、とランディさんが言って、全員納得してその話は終わりになった。



「うーん、フラマリアって、行く予定ない?」

 サーシャちゃんがそう聞いてきたのは、冬の入り口、といった時期だ。まあこのハルマナート国では、他所の国の秋口くらいの気温がずっと続く季節の始まりでしかないけど。

 但し、上空は冷えるようになるので、空から移動する場合はそろそろ防寒着の準備が要る、そんな感じ。


「今の所ないわね。学院の方からも、何も言って来ないし」

 多分手元に資料が足りなかったら、外交ルートとかでフラマリアに詳細資料を請求してるとは思うんだけど、そういうのはあたしの管轄外だからねー。


 魔力騒動の時に子羊だった羊も、少し大きくなって、そろそろラムとは言い難いお年頃だ。

 今日は安全な森に遊びに行っていたらしくて、灌木の葉っぱまみれになっていたから、梳かしてごみを取ってやっているところ。比較的毛の縮れが少ない品種だから、櫛とブラシでもどうにかできている。


 わーいきもちいーい


 呑気に感想を述べる羊さん。名前は敢えて付けていない。ここに羊はこの子だけだし、そもそもカナデ君が個人で貰った雌鶏たちと違って、あたしの個人所有じゃないからね。

 雌鶏たちが羊の足元で、落ちた葉っぱや、それについた虫を食べている。梳かしにかかるまでは背中の上でそうしていた。この子達も羊の世話をしているつもりがあるらしい。鶏に先輩風吹かされる羊……


「どうしてフラマリアに?」

 何となく理由は見当がつくけれど、一応聞いてみる。

 恐らく、今この世界で一番異世界人に関する資料が多いのはフラマリアだ、というのはあたしも知っている。あたしは特に他人の事情とか知る気がなかったので、ふーん、くらいの印象しかなかったんだけど。


 だけど、サーシャちゃんの返答は想定より斜めちょっと上、だった。


「いや、あそこの神に会いたいんだ。元が異世界人らしいからさ」


 ……はい?


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カーラさん、他人や先達に興味がなさ過ぎんか君?

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