第125話 夜の早さと荒れた畑。
同時更新の2話目です。新着からの方は一つ前からどうぞ!
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森を出て、畑地の中の道を進む。時刻は夕暮れ、流石にもう人の姿は見かけない。この辺りも、海岸沿い同様、夜が早いようね。
都市部では火も灯も魔法でどうにかできるから、と、結構遅くまでお店もやってたりするけれど、田舎は基本的に日が暮れたら晩御飯、地域によっては寝る支度、だ。
大体魔力の乏しい種族の多い所と、生活レベルの魔道具が普及していない地域は、夜が早いのだという。
ハルマナート国なんかは、全体的に夜遅くまで人間が活動している方だろう。まあ空き家に作り付け組み込みタイプとはいえ、魔道具とか残ってるくらいだもんなあ、余裕あるよね、あの国は。
アスガイアは結局まともに生活できている住民には会えなかったから、良く判らないけど生活水準的にきっと早い方、マッサイトは街になら、割と宵っ張り向けのお店はあるほうだった。まあ基本的にどの国でも、日付が変わる前には酒場も閉まるんですけれど。
実は、夜のお店、というやつもあるそうだけど、あたしはよく知らない。基本的にどこの国でも国が管理者になっていて、街からちょいと離れた所にその種のお店は纏めて配置されてるので、見かける機会もなかった。
いや、けだるげな雰囲気の、綺麗なお姐さん方がペット用品のお買い物してるのは見た事あるけどもね。彼女たち、もしくは男性版もいるのでお兄さんたちも、って、この世界だと、原則公務員で、結構な高給取りなんだそうだ。これあれだな、公的な接待施設、もしくは情報部的な扱いなんじゃないかな。けだるげではあったけど、退廃的とか不健康とかいうマイナスのイメージはなかったし、店員さんも丁寧に応対してた。まあそもそもハルマナートのお店で何らかの差別的な表現とか見聞した記憶はないけども。
話が逸れた。で、この国はというと、王都以外は全面的に、夜が早い、ということのようだ。
まあ田舎の夜は早い、あるあるですよね。
いや実の所、ハルマナートで城塞暮らしの頃も、夜は比較的早寝だったのよ。元々あたしが病院暮らしで、朝早く夜も早い生活リズムだったせいもあるんだろうけど、それにも増して、イードさんが凄く早寝早起きの人だったからね。
《というか、家畜にせよ聖獣様がたにせよ、人以外の生きものと住んでいると、朝は早くなりがちですわね》
そう言われてみればそうよね。アルミラージ達は割合静かな生き物だけど、朝イチから賑やかなのも、時々来てたものね。
村々の間を繋ぐ道を、村には立ち寄らないように、進んでいく。道は基本的に黒鳥が指定している。空から昼間は小鳥、夜は梟に頼んで上から見て貰っているそうだ。
夜寝る時も、相変わらずコテージを麒麟くんが嫌がるので、基本的に目立たない場所で毛布にくるまって皆で固まって休んでいる。一応ランディさんの結界と隠蔽はあるけれど、地味に落ち着かない。実は麒麟くんは、休息時は地に足が物理的に接していないと、そもそも休めないんだっていうからね、しょうがない。
あと、実の所、この目立たない場所、というのがこのエリアでは、すごく少ない。
村のない場所はだいたい一面畑か放牧地なんですよ。ごくたまに墓地もあるけど、森も林も全然ない。そう、遮蔽物などほぼない。あとはせいぜい耕作放棄地の叢くらいしか?そしてそんな耕作放棄地というのも、滅多にない。牧草地っぽい場所も、放棄地っぽい場所も、進めば進むほど、山羊あたりが根っこまで齧りつくした、みたいに掘り起こされた荒れ地になっていく。
はなっから普通に道を歩いてるのも、それが理由だ。下手な場所を歩くより、逆に目立たない。
しょうがないので、大体が川や大きな用水路に掛けられた橋の下あたりに潜む羽目になる。初夏といえど、流水の傍は、夜は地味に、寒い。皆でくっつきあうから、意外となんとかなっている現状、というか麒麟くんと子狼がとってもぬくいので、寝る時はカル君に子狼を預けている。麒麟くんはあたしにべったりなので……実は黒鳥も地味にぬくいけど、あの子二日に一回くらいしか寝ないからね。あとぬくいからってカル君に抱えられて、流石にちょっと嫌そうな顔してたからさ……
それにしても、あのアスガイアよりも、木が少ないとは思わなかった。火を魔法に頼ると、こうなるのか?薪の需要がないから、人の手の入った林というものが、存在しない?
いやでも遠目で見る民家の作りは、柱は木で出来ているように見えるんだけどなあ?
「このへん、以前はそこそこの林だったはずなんだが……」
黒鳥が首を傾げている。あれ、林がないわけじゃなかったのか。
今いる場所は、そう言われてみれば、道の横にたまに木の切り株が見える。道から離れるとそれもすべて掘り起こされたのか、整地途中の乱雑な雰囲気の中に、麦っぽい芽が見える。あれ、麦ってこの時期に蒔くもんだっけ?今は初夏だから、冬小麦の収穫時期だよね確か。
「この辺り春小麦なんて作ってたか?だとしても蒔く時期遅すぎね?」
カル君が首を傾げている。そもそもこの蒔き方ってどうなの?なんもない場所と、モヤシみたいに密集した場所と混在してて、蒔いたというよりぶちまけたみたいになってるけど。
「この時期に蒔くのは牧草の一部位だと思うんだけど、これ小麦、か……?」
黒鳥は自信なさげに芽を見ている。
「残念ながら小麦だね、秋蒔き種を今蒔いてしまっては、収穫など見込めまいに。だが、秋蒔き種は寒さに遭わないと芽が出ないものだが、何故発芽してしまっているのだろうな?」
どちらにせよ、まだ種を食ってしまう方がマシだったろう、とランディさんがぼやく。というかランディさん、この状態で品種の鑑別までできるのか。真龍なんでもできるな?
っていやまて、そこまで切羽詰まってんの、この国の食糧事情?
「これあれだよな、農業担わせてた連中が逃げるか何かでいなくなって、素人が手を出してド失敗してる奴だよな」
カル君が苦い口調でそうぼやく。なるほど、そう言われてみれば納得のいく有様ではある。
こんなの蒔いておけばちょっとくらい穫れるだろう、っていう、だだ甘い考えが、雑な畑モドキから透けて見えるわね、確かに。
どうもここまでの見聞で判断する限り、この国は、肉体労働のあらかたを奴隷任せにしていた気配だから、以前聞いた話より、えぐいことになってる予感がする。流通が滞る、程度の話じゃないわ、これ。
あともう一つ気になるのは、結構な範囲の牧草地があるのに、家畜の姿がさっぱり見えないことだけれど……まさか、食い尽くした?
ちょっと気になりだしたので、黒鳥にお願いして小鳥情報網で確認してもらったんだけど、家畜は村人もある程度食べてたけど、割と最近、王都からの軍隊が徴発していったらしいこと、小麦はうっかりバラ撒いた人がいて、せめて家畜の肥育の足しに、と、氷魔法で発芽を促進させた人が別にいたこと、でもその魔法をかけたあとに、家畜は仔山羊一匹、鶏一羽残さず全部徴発されて、食べさせるものがいなくなってしまったということが、どうにか判った。
小鳥たちにはお礼にと、ランディさんが何かをあげていた。小鳥たちも、もう食べるものがないし、自分たちが喰われかねないのでここからは去るんだそうだ。本来なら繁殖期だけど、今年は諦める、らしい。
「なんかこれ、このまま王都に入れるのかが心配になってきたんだけど」
麒麟くんを横目で見ながらカル君が言う。え、いや、まさか、食べようとする輩が、出る?いくらなんでも、聖獣よ?
いや、全くもってあたしが甘かったです。
子狼さんがやっと歩けるようになったと思ったら、いきなり近くの村人に見つけられて、麒麟くん含めて獲物扱いで、物凄い勢いで追い回される羽目になりましたよね!
【こわい……たべられちゃう……】
どうにか逃げ切ったものの、すっかり怯えて、子狼と一緒にあたしにくっついてぴるぴる震えている麒麟くん。うぬぅ、これどうしたもんかしらね?まだまだ強行突破、って距離でもないよねえこれ?
「ここまで酷いとは、思わなかった……」
げっそりした顔で黒鳥がぼやいている。まあ確かに、あたしたちもちょっと予測が甘かったな、とは思う。
【そもそも、何故そこまでして、王都に食物を集中させておるのだ?元々この国の王都は、他国ほど人は集中しておらなんだであろ?神罰を受けてよりまだ半年にも満たぬ間に、近隣の野の獲物を狩り尽くし、家畜も全て喰らい尽くす程の人口など、居らぬはずじゃが……】
白狼さんが訝し気な口調で気になることを言う。
そうだわ、神罰を受けてから半年どころか、下手したらまだ四半期も過ぎてないわよね?あたしがこの世界に来たのが初春で、それから一か月かそこらの時よね、あの神罰事件。
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