第59話 魂のない襲撃者。

「いやいや、流石にそこまではしませんよ、っと!」

 龍の王族の威圧にも怯むことなく飛びかかってきた何者かを左の手で払いのけるカルホウンさん。見ればその手首より先が、空色の鱗と龍の鋭い爪に変じている。

 なるほど、部分変化か。そういやカルセスト王子がちょいちょい足だけ龍のまま歩いてたな。


「あれ、ホウ君、部分出せるの手だっけ?」

 サクシュカさんが、これも飛びついてきたなにかを蹴飛ばしながら首を傾げる。

 ん?部分変化って得手不得手があるの?


「耳だけじゃ流石に何の役にも立ちませんからね、特訓したら左手だけいけるように!」

 応じながら、今度は生身の足で足払いをかけるカルホウンさん。


「あれ特訓でどうにかなるものだったのね……」

 サクシュカさんがびっくりしているから、もしかしてカルホウンさん、めっちゃ努力したやつでは?


「向き不向きもありますし、必ず上手くいくとは限らないようですがね、まあ本音を言えば、できれば右手が良かったんですが!」

 そういえば、二体の襲撃者を捌き続けているカルホウンさんの耳の辺りから、龍の何か、多分耳めいた、なんていうか、魚の鰭をごっつくしたような、綺麗な空色の、薄い膜が間に張った、数本の突起が飛び出している。なるほど、変化できる部位は増やせるけど増やした方だけは出せない?


 あたしのほうは二人が襲撃者に対応してくれているので、やや手持ち無沙汰。シルマック君が見つけたトラップめいた目は、一撃喰らわせたあと消えてしまったのよね。

 多分まだどこかにはいるんだけど、あたし検知系はどうも苦手の予感がする。

 シルマック君はびっくり顔してたけど、今はまたポケットから顔だけ出して、きょろきょろしている。

 この子が見つけてくれなかったら、多分不意打ち食らってたのよねえ。ありがとうね。


 ぴい!

 シルマック君がまた一声鳴いて、風の魔法を飛ばす。

 天井に張り付いて隠蔽がかかっていたらしき何かがあぶり出しのように姿を見せる。

 どろっと溶けて降ってくるそれを、また結界魔法で弾き飛ばす。

 お互いに現状で決定打がない感じなんだけど、時間稼ぎされてるんだろうか。


《室内で〈ライトレーザー〉はちょっとねえ。あれ貫通しますからねえ》

 ですよねー。この間アンキセス村で極小威力で使った時も、地面に小さいけど穴開いてたもんねえ……

 他に光魔法に攻撃手段はないの?なんでライトレーザーなんてごっつい魔法しかないの?


 だめか、検索ベース君ノーリアクション。どうやら本当に存在しないんだな?

 しょうがないから、じんわりと光魔力を練りつつ、シルマック君が見つけてくれる隠蔽型の何かに対する魔力相殺だけを暫く続ける。

 瘴気のような残滓も出るけど、相殺の余波で吹き飛んいく。

 いやこれほんとにシルマック君がいてくれて幸いだったわ。あたしじゃ見つけきれない。


「小動物がめっちゃ働いてる……」

 サクシュカさんがあたしたちの様子を見てそんなことを言うと、


「〈召喚:大青金蛇ロンディール〉」

 と、例の青トカゲさんを呼び出した。カナヘビっていうよりアノールトカゲっぽいんですけどこのトカゲの旦那。


【おやおや、戦いの場に呼び出すとは主よ、珍しいこともあるものじゃが】

 目を細めてそんなことを言う青トカゲの旦那。

 そのまま楽しそうに尻尾を振り振り壁に這い上がると、しっぽを一閃。

 おおう、隠れてた奴が叩き落とされた。やりますな!

 落ちた奴に光魔力をぶつける。イメージとしてはゲームでよくある光の矢みたいな感じ。

 まあ極小レーザーから貫通オミットしたらいけねえかな、くらいのイメージですが、うん、上手くいかない。これはあれだな、神様ジャッジが働いてる奴だね?


 光の魔力を練る。水魔法で生成した水を光の魔力で散らす。うん、これもだめだ。

 まあミストが発生するとこまではいけたんだけど、属性力が載らないですね。

 試行錯誤しつつ、並行でずっと光の魔力を練っている。やっぱり現状これしかないみたいね。


「〈拡張:消去〉」

 範囲を広めに、離宮全体を覆うレベルに広げて〈消去〉を実行する。

 今度は流石にレジストはされなかった。ぐにゃりと部屋の景色が歪む。

 うわ、これマジで離宮全体に呪詛の魔法陣か何かが張り巡らされてたのか。うん、あの時脱出しないで、あのまま泊ってたら色んな意味でアウトだったのかもしれない。


《規模は大きいですけど、貴方が魔力ごり押しでなんとかできた気もしますね》

 ああん、シエラさんが冷たい。

 でも初動は確実に遅れてたろうし、聖女様の無事はともかく、腹具合は担保できなかったと思うわよ?


《ほら、その程度じゃないですか!》

 なにをう?ごはんは大事なのよ!?


 シエラとわちゃわちゃ言葉でじゃれてる間にも、部屋の様相は変わっていく。

 龍の二人が対処していた襲撃者も動きを止め、がらりと音を立てて崩れる。ああ、そっちもからくり仕掛けの何かだったのか。


「終わった?」

 サクシュカさんがまだ警戒の姿勢で、こちらを見る。


「警戒すべきものが消えた感じはするね。四方八方から睨まれている感覚がずっとあったんだが」

 こちらも龍の爪はそのままに、カルホウンさんが同意する。


「そうですね。この離宮ほぼ全体を利用していた呪詛の陣は消せました。他の場所がどうなっているかは判らないです。それと、第二妃の行方、居場所ですけど、多分隠蔽状態で自室あたりにおられますね」

 これだけの呪陣を維持するなら、本人は身動き取れないんじゃないかな。

 まあ、本人の魔力で動いていればだけど。でもここの呪陣が第二妃の居住エリアのほうから力が流れていたのは間違いない。


 呪陣が解けた室内は、掃除こそされていたけれど、予想外に荒れ放題の、廃屋寸前の場所だった。

 最初にここにあたしたちを連れてきた案内の人たちが首を傾げていたはずね。

 でも、最初に来た時にはこんな仕掛けにはぜんぜん気が付かなかったわよねえ?

 安易に、ってわけじゃないけど〈消去〉で消しちゃったから、どういう書式だったかとかも、さっぱり判んないし。


「これって最初に案内された時にはもう仕込みはされてたってことよね?全然気が付かなかったけど。もしかして家屋維持の魔法陣になんか仕込んだのかしら」

 サクシュカさんの疑問。家屋維持の魔法陣?そんなものまであるのか。


《家屋維持の魔法陣は一定以上のグレードの御屋敷や王城にはよくある守護陣ですね。建築時に一緒に施工されて、建物や家具の劣化を抑える働きがあります。異世界の方が一生掛かりで開発したものだといいますわ。ただ、外部からは見えないように仕込むタイプの特殊な守護陣ですから、それを呪陣に書き換えるのはかなり困難な部類なんじゃないかしら》

 シエラさん解説有難うございます。

 ただ、そうね、配置こそその守護陣をなぞっていたけど、案内の人たちの様子からして、多分その守護陣、一度効果が切れていたんじゃないかしら?効果が切れた守護陣の配置だけなぞって呪陣を敷くことはできそうよ。一見守護陣を回復させたようにみせかけて。


 こんな感じかしら、と龍の二人にも説明する。普通のちょっと古びた離宮に見せかけたテクまでは判らないけど、まあそこまで的外れではないだろう。


「あー、最後に守護陣が生きていた時の状態を投影する、はできなくもないわね」

 姉の女王陛下もそうだけど、サクシュカさんも割と魔法系の知識は多そうなのね。

 カルホウンさんはふうん、と気のない返事をしながら、壊れた襲撃者、実態はカラクリ人形を検分している。


「うん、判らん。なんでこんな木偶があんな動きができたのやらだ」

 案の定ぽい、と千切れた手の部分を放り捨てるカルホウンさん。あれえ、この人思ってた以上に、NOUKIN?


「ホウ君、そろそろ頭冷やして通常モードに戻ってちょうだい。戦闘が絡むといきなりバーサーカーになるのほんとやめて?」

 サクシュカさんが額を抑えてそんなことを言っている。なにそれこわい。


「名づけのせいじゃないですかねー。ここまで極端なのは僕だけだし」

 名は体を表すって言うでしょう?と言ったところで、ようやっと部分変化を解いて、いつもの琥珀色の瞳に戻るカルホウンさん。


 なんか異世界の物語のバーサーカー系の英雄からつけられた名だそうですが、そんな怖いの……あ、いたな。別名というか言語違いかあ。あの神話の記述とは人間離れの方向が大分違うけど、ね。


――――――――――――――――――――

ええ、別言語、というか日本で有名な方の言語だとクー・フーリンっていうんですけどね。

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