第57話 国王陛下の現状。

 ちなみに今現在のマリーアンジュさんは割と若作りメイク状態であるらしい。

 いくら一度若返ってるとはいえ、流石にもうすっぴんじゃ娘と同世代には見えませんよ、と笑うマリーアンジュさん。


「そうは言いますけど、正直お肌とか充分若いですよね、お母様。余程ストレスのない生活をしてらっしゃるのでは」

 アデライード様が呆れている。


「そりゃまあわたしは、結婚の打診があるまで、いえそれからも、元々神殿希望だったんですもの。亡くなったメディアには悪いけれど、やっと本格的に望みが適うわ。正式にメディアの事を第一妃としてお葬式を出しておいてね、センティノス」

 メディア、というのが影武者さんの一応の本名であるらしい。名前まで似せていたのか。

 というかマリーアンジュさん、本格的にバックレる気なんですかね。


《上級神官職になってしまっているので、そうせざるを得ない所はありますね。以前御本人が言っていたように、上級神官以上は本来の戸籍を抜け、神殿だけを所属とする、とどこの神殿でも決まっていますから。神々が古い時代に定めた、俗世のあれこれの柵や圧力をはねつけるための決まり事ですね。

 万一国王陛下がこのまま回復されない場合は譲位に伴って神殿入り、などという処理もできるでしょうけど、治療はまだこれから試すのでしょう?》

 シエラがそう言うので、そうだった、と思い出す。そもそも、あたしたち、それが本命ですよね今回の王宮訪問。


「あ、すみません、ちょっとそのお葬式の話は一旦置いておいてですね、聖女様も一緒に来て頂いたのは、陛下の現状についてなんですよ。治療が可能かどうかだけでも、確認したいのですけども」

 なんかフォルヘッセナーレ神から請け負った話の進行役みたいなアレが、まだあたしに振られっぱなしの感覚があるので、さっくりと口を挟むことにする。


「ああ、そうでした、センティノスが余りに驚くから、ついうっかり」

 マリーアンジュさんが酷いことを言っている。そりゃ先日死んだはずの実の母親が若々しい姿で平然と現れたら、普通の、状況を知らない人はびっくりしますよ!



 王太子殿下も合流して、皆で国王陛下の御寝所に向かう。なお王太子殿下もマリーアンジュさんにはちょっと驚いていたけど、ほんとにちょっとだけだった。強い。

 本当ならあたしは後宮エリアには入れないんだけど、まあ既に色々御恩が積み重なってますから特例で認可、ということになった。


 ほのかに薬草の香りがする寝室。

 国王陛下はまだ四十代半ばくらいの方のはずだけど、酷く老け込んだ様子で、豪奢なベッド、その布団の上でぼんやりと宙を眺めている。髪はまだそこまで白くはないんだけど、表情が虚無っていうんですかね……魂はそこにあるにも関わらず、はっきりとした意思を、感じられない。


 う、これは、厳しいかも。

 魂そのものになんだか損傷がある気配がする。つまり、これも薬ではなく、呪詛の結果だ。

 呪詛そのものは術者が完全に消滅してしまっているので、効果は……あれ?


「これは……陛下が受けておられるのは薬では御座いません。呪詛、ですわ」

 聖女様も気が付いたようで、小声でそう宣言する。あたしも頷く。


「呪詛だと?誰がそのような」

 王太子殿下が眉根を寄せる。


「そもそも、この国に呪詛の手を持ち込んだのはイーライア妃であったようですが……」

 マリーアンジュさんが言いにくそうにそう告げる。

 そういえば、イーライア王妃本人、結局何処に行ったんだ?この呪詛を掛けたのは、微妙にはっきりとしきらない所はあるけれど、彼女のような感じがする。そしてこの呪詛がまだ生きているということは、少なくとも、イーライア王妃は、まだ、生きている?


 ああ、そうだ、あたしが一回だけ会ったイーライア王妃は、なんだか、どこか空虚感がある印象、だった。

 言葉と動きははっきりきっぱりしてはいたけれど、抜け殻がプログラムに従って動いているだけのような、言葉に反して意志の強さが足りないというか。

 うん、上手く纏まらないわね。


 まあでも、その時の印象と、今残っている呪詛は、よく似ている。同じ手に連なるものだろう。


「多分ですけど、イーライア王妃の気配を感じます。あの方あたしがお会いした時には、なんだかもう本来の人格じゃないというか、すごく印象が薄い感じになっていたんですけど、それと、同じ感じがするんです」

 そう言ったら、サクシュカさんが微妙に嫌そうな顔。


「あれで印象が薄いってどんだけ?」

 ああそっか、これは言い方というか、言葉選びを間違えた感じですかね。

 別に龍の人たちが濃すぎて他の人の印象が薄いとか、そういう話じゃないですよ?

 まあ正直に言うと、龍の人たちって皆さん、基本的に濃いなあとは思いますけどね。


「印象というと変でしたかね。なんていうのかな、存在感が薄い……とも違うな、えーと。意志の強さをあまり感じなかったというか、言葉に全然心を感じなかったというか?」

 あ、そうだ。なんていうか、劇の台詞をそれっぽくなぞっているだけのような、そんな感じ。


「ああ、それなら判らなくもないわ。私自身はそこまで細かく感じ取ってはいないけど、確かにちょっと、以前より物言いが芝居がかってるなあとは思った」

 ようやっとサクシュカさんが納得した様子で頷く。そういえば、サクシュカさんは前にも皆さんに会った事があるんだっけ。


「ともかく、まずは解呪してしまいましょうか。〈消去〉」

 喋りながらも練っていた魔力を開放し、〈消去〉の魔法を発動。

 手抜きではないわよ?聖女様と、ついでにアデライード様に、直接この魔法を見せておきたかったのよ。見たら才能のある人ならライブラリ登録できるかもって言うからさ、シエラが。


「え、何、新種の魔法じゃない」

 何故か反応したのがサクシュカさん。いや、聖女様は目を丸くしているし、アデライード様はうわあそれは無理、みたいな顔になっている。


「そのような魔法は初めて拝見しましたけれど、消去?呪いをただ、消し去るのですか?」

 聖女様は魔法の内容を正確に把握したようで、そう質問してくる。


「そうです。やってることといえば、光魔力で消し去るだけですね、ただ魔力消費が相応に大きいのと、光属性が結構シビアに必要なので、もうちょっと習熟したらブラッシュアップして、もうちょっとだけ使いやすくしたいですね……」

 正直にそう告白する。どうせなら聖女様も巻き込もう。どうせ今知っている人たちの中で、〈消去〉を習得できる可能性のあるのは、聖女様だけだし。

 サクシュカさんは属性力がちょっと足りない。アデライード様とマリーアンジュさんは、結構足りない。

 ってサクシュカさん意外と光属性力高いな?大か。ちょっと頑張ったらいけるんじゃないかなこれ?


「覚えられる気がしません……」

 アデライード様は速攻で諦めた。まあ中から大は属性力の壁らしいので、しょうがない。


「頑張ってもちょっと届かない感じねえ」

 サクシュカさんも諦めの様子。


「あ、まだこれ初期状態でブラッシュアップの余地はあるんで、サクシュカさんならワンチャンありますよ、多分。現状だと聖女様でもギリ足りない感じなんですけども」

 いかん、これ自分で聖女様より光属性が高いって自爆してる!


「ああ、やはりわたくしより光属性がお高くていらっしゃるのですね。わたくしより聖女っぽく……は何故か感じませんけれど」

 聖女様が地味に酷いことを言ってくれる。確かにあたしは聖女ってガラじゃない自覚はあるけどね!


「聖女の条件って魔力量と光属性が高くて治癒を持ってる以外にも、多分ですけど、他属性がない、とか一切の攻撃魔法を持っていない、あたりもあるんじゃないですか?あたしは風中で光攻撃魔法も一応あるんで条件を元々満たしていないはず?」

 どちらかは判らないし、どっちもかもしれない。そこまではシエラも知らないそうなので、推測だ。


「ああ、そうです。他属性があるとその段階で不適格なのだそうです。わたくしは光特大、のみですね。攻撃魔法も多分だめかもしれません、わたくしが持っていないのは確かです」

 なるほど、流石に聖女様は条件をちゃんと知っていたか。


「と申しますか、光に攻撃魔法って上級の〈ライトレーザー〉しかない気がするのですが、あれって人の魔力で発動できるのですか?」

 おう?!そ、そこまで消費重かったっけあの魔法?


《魔法師称号に属性限定が付いていると消費軽減があるようです。本来ならフレーバーのようなものなのですが、どうやら称号の効果、魔力量を参照している疑惑がですね》

 そこに、シエラからの報告。

 え、魔力量を参照って、またあたしの馬鹿魔力量があれでそれだってオチなんです?!

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