Side:悪役の2 サンファン国の場合

 時系列的に本編開始の1年くらい前からのスタート。

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 サンファン国の王宮は、混乱のただ中にあった。


 国の要たる、守護聖獣の中心、黄白麒麟が殺害されたのだ。

 のみならず、その毛皮は剥ぎ取られ、残されたのは無残な躯。


 そのうえ、大事に養育されていたはずの麒麟の実子まで、行方が知れぬ。


 そもそもサンファン国は、守護神ランガンドよりも五体の守護聖獣のほうが力が強い、この世界の法則的には歪んだところのある国だ。

 五体の守護聖獣のうち、黄白麒麟と呼ばれる種は、代替わりをしながら力を維持し、他の四体を纏めるものであり、真の国の要と言われていたのだが。


 下手人の心当たりを問われた守護神は首を振るのみ。

 ランガンドは元々守護聖獣達と折り合いが宜しくなく、普段は黄白麒麟が住まう王宮のほうには近寄ることすらしない故、何も知らないであろうとは王や高位神官達にも理解はできるのだが。


 他の四体の守護聖獣達は、普段は国内の定められた場所を守護しており、王宮には居ないため、彼らにとってもこの事件は青天の霹靂といえた。

 だが、彼らは人間たち程混乱することはなく、まずは麒麟が喪われたことによって起こる幾つもの不具合を抑え込むことから始めた。

 そもそも、代替わりの際のそういった不具合を収めるのが彼らの重要な任務でもあったからだ。


 だが、今回は代替わりすべき麒麟の子まで、行方不明になってしまった。

 同様に死体になっていないだけ、マシだとすべきなのではあろうが。彼まで喪われたとなると、国の存続が危うい。


 麒麟の死と子の行方不明は伏せられた。そんなことを公表しては、確実に国内が混乱するが故に。



 犯罪者の手掛かりも、麒麟の子の行方も判らぬまま、半年が過ぎた頃。

 王宮内で異様な病が流行り始めた。

 王族達、そして神官達が次々に罹ったこの病は、人から気力を奪い、皮膚が黒ずみ、かといって痩せ衰えるでもなく、しまいには眠りから覚めなくなる。

 恐らくは麒麟が喪われたが為に顕れた病は、医師にはどうにもならず、かといってこの国の数少ない治癒師には力の強いものもおらず。


 王は異世界から聖女クラスの治癒能力者の召喚を試みると宣言した。

 実のところ、ヘッセン国にちょうど聖女を襲名した乙女が現れたところではあったのだが、守護聖獣達に諫められながらも異世界召喚を断続的に続けていたサンファン国と、早い段階でその習慣を捨てていたヘッセン国は元より余り関係が良くなかったうえに、聖女はもともとヘッセン王族に嫁ぐ予定のある娘であり、成婚まで国から出すことはできぬという理由で、招聘はけんもほろろに断られ、正直万策尽きたところではあったのだ。



 だが、召喚の結果は無残な失敗に終わる。

 何があったものか、召喚された者はその召喚魔法の効力が届く寸前に、息絶えていたのだ。

 この世界の異世界召喚の仕様では、生者しか呼びこむことはできない。

 本来なら召喚魔法の発動までに相手が完全に死亡した場合には、召喚術そのものがキャンセルされるはずであったのだが、術は発動し、召喚陣の中には、息絶えた子供の、幻のように薄っすらとした姿だけがあり、それすらも魔法陣の崩壊と同時に崩れ去り消失してしまった。


 それでも、触媒と供物が消費されている以上、何らかの成果はなくてはならない、と主張する者たちによって、国内外の調査が行われたが結果は芳しくなく。


 空しく徒労に終わる調査や治療に挑み続けて早半年。そんな折、倒れた王族達の代わりに国事の采配を振るっていた宰相の元を訪れた者がいた。

 そしてその男は、異世界召喚を行うはずのないハルマナート国に強力な異界の治癒師が現れた、と言うではないか。

 更に男は言葉巧みに驚く宰相を唆す。

 ほれ、ちょうどそこにスタンピードの兆しが。この国に来るはずだった治癒師を奪った、人族だかどうだかも判らぬ連中に目にもの見せてやり、なんなら攻め落として全てを手に入れればよろしかろう。なに、先に略奪したのはあちら側であるから、我がものを取り戻さんとする貴国に咎なぞない。アスガイアの二の舞になどはなりはせぬ。


 これが王であれば、こんな唆しに誑かされはしなかったろう。だが、この時王は既に病床にあり、宰相はその唆しが魅力的に見える程度には、疲弊しきっていた。

 何せ、麒麟が喪われて以降、全てが上手くいっていないのだ。王族の病、飢饉まではいかぬが、始末の悪い凶作。嵐。支援を求めて敢えて冬に出した船の難破。

 実のところこの宰相は、その地位に見合うほどの能力を持ってはいなかったのだ。当代の王が、優秀過ぎたので。彼は王の言を実行するだけで、あらかたの事が上手く行っていたのを、王だけの力ではなく、自分の力でもあると、思い違いをしてしまっていた。その程度には、器量がなかった。


 そうして、宰相は独断で侵攻の決断を下す。それが自国に引導を渡す端緒になるとも気付けぬままに。


 元々、サンファン国は海運と海軍で知られた国だ。風魔法と水魔法を応用した高速船に大砲を装備した海軍は海上のスタンピードにもある程度対応できると標榜している。もっとも、この大陸の東の海には真龍族の住む島があり、海側でのスタンピードなど発生したことなどないのだが。

 その海軍は順調に、順調すぎるほどの速さでハルマナート国の領海に入った。


 連絡を受けた本国側では、スタンピードの兆しを無理やり増幅しそれを発生させたうえで、特定の座標に転移するという、どうみても禁術に類する魔法が発動された。例の得体の知れない男が魔法陣を描いたものだが、結構な儀式魔法である。その発動と共に、王族達の病んだ皮膚の黒ずみが、わずかに軽減されたのを見た者は、喜色を浮かべた。侵攻と共に症状が軽減されたのなら、我らに正義はあり、と感じたのだ。


 もっとも、それはすぐに失望に変わった。皮膚の黒ずみは、気が付けば従前より重く見えるようになってしまったのだ。

 実のところは、スタンピードの兆しの増幅に、瘴気に近しい彼らの病因が使われ、禁術の反動で増幅されて戻ってきたのだ。

 そう、それは病ではなく、呪い。そして、王族共々神官たちが倒れていたが故に、気付く者は最早王宮内には居らず。事態は、最悪に向かって転がり落ちてゆく。



 海軍を指揮していた者は、宰相よりはまだ真っ当な思考を持っていた。とはいえ異世界召喚を好む国の常として、尊大な人族至上主義者ではあったのだが。

 彼は、『いきなり砲撃しても、崇高な人族でもない相手に我らの深遠なる意図が伝わるわけはない』と、尊大な内容かつ極めて上から目線の、それでも侵攻理由をきちんと明記した正規の宣戦布告を送り付けた。

 実際の所、龍の王族達を『公文書で』トカゲ呼ばわりしたのは、後にも先にもこの男ただ一人である。

 百年ばかり前に陸路で侵攻を試みたアスガイア国は、相手を人類とすらみなさず、宣戦布告などせず不意打ちで侵略を開始し、そのまま神罰を受けたので。結果として、公文書に、相手を明白に名指しするタイプの暴言は残されていない。他国から見ればどっちもどっちではあるが。


 砲撃の最初の一斉射は、目標の港に遥かに届かず、船舶への被害も殆ど無かった。ハルマナート国にとって幸運だったのは、丁度交易船が出払っていたことだろう。季節的に、海上交易の開始時期であり、他国の船もまだ到着していないのも良かった。

 初撃なんざ距離を見るためのもんだ、と、指揮官が修正射撃を命じ、それも微妙に陸には届かない。

 再度の修正をを命令しようとしたところで、突然天地がひっくり返った。床が天井に、天井が床に。甲板に居た砲撃手や観測手たちは転がり落ちそうになって船舶自体を包む結界にぶつかって転がる。その結界がばり、と音立てて割られ、流れ込む海水。結界が割られたというのに、ひっくり返った船から海に投げ出される者は、いない。


 甲板に居た者たちも、艦橋で指揮を取っていた者たちも。

 彼らが見たのは、水色の、輝く鱗。もしくは、深海の青を湛えた、長い鰭。

 流れ込む海水に船側に固定されていた火砲は沈黙する。中途半端に破られた結界のお陰であるかのように、人が流出することはなく、だが水は流れ込む。武器や砲弾は海の底に沈んでいくというのに。


 僅かな時間のあと再び、天地がひっくり返る。そして船ごと盛大にシェイクされてふらふらになった彼らが見たのは、美しくも獰猛な、龍たちの姿。

 サンファン海軍は、彼の龍たちにブレス一つ吐かせることが出来ぬまま、敗北したのだ。


 そして、更なる異変が海軍を襲う。拿捕され曳航されたまではよくある話であったのだが、いざ捕虜として港に上陸しようとしたところが、どうやっても桟橋に上がることが、できない。

 試しに無理やりハルマナートの民が引きずりあげようとしても、気が付くと掴んだ手をすり抜け、艀に戻ってしまっている。


 陸の民の誰かが青い顔で、ああ、これは神罰では。と呟く。


 まさか、そんな。我らに義があるのではなかったのか。

 事ここに及んでやっと、何か重大な手違いがあったのではないか、と考えはじめる海軍指揮官。

 だが、時すでに遅し。彼らは、母国の陸に戻ることすら、できなくなっていた。それを知るのは、もう少し後になるのだが。



 宰相を唆した男は、気付けば姿を晦ましており、その後もとうとう見つからないままだった。


―――――――――――――――――――――――――――――

もしかして:サンファンも被害者。

次回はジャッカロープのジャッキー君独白回。

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