第34話 花都フラノン(前編)

 そこは華やかさに彩られた、煌びやかで美しい都市だった。

 幻想的であり神秘的。

 

 神々しく、華々しく。

 甘美で芸術な街。

 まさに、花の都だ。

 

 しかし、美しい花にはトゲがあるように。

 毒が含まれているように。

 見た目と本質が必ずしも一致しているとは限らない。


「ま、この惨状なら騙されなくて済むんだけれど」


 フミカが独りごちた瞬間に、日常的には馴染みのない、しかしゲーム的にはおなじみの音色が響き渡った。

 大砲の音だ。

 どこかで爆発が起きて、かつて美しい都市だったものの一部を破壊している。


「すっかり戦場だな」


 さして驚きもなく言うナギサ。

 花都フラノン。アルタフェルド王国の首都にして王都は、あちこちで戦闘が繰り広げられる地獄と化していた。

 

 人々の悲鳴と雄叫び。怪物の咆哮と何かが潰れる音。

 高台から見える都市の景色は、戦場という表現以外当てはまらない。

 かつては格式の高い建築物であっただろう教会が、半壊しかけている。

 

 花の意匠を持つ騎士たちが攻め入っているからだ。

 そこに花教らしきローブを羽織った人々が必死に抗っている。


「内輪もめ……ですか」

「内乱か? まぁあんなことがあったんじゃなあ」


 カリナは風車の村での出来事を思い返しているのだろう。

 しかし、ヨアケは首を横に振った。


「いえ。恐らく、カリナさんが思っているのとは違うものかと」

「そうですね。ダークファンタジーですから」


 正義のために、国のために。

 人々が邪悪に立ち向かうなんて単純な構図にはならない。


「なんにせよ、直接接触するのが手早いな。行くぞ」


 ナギサを先導に、高台を降りて都内へと侵入を試みる。

 と、不意に瓦礫が崩れた。フミカたちは身構えたが、ナギサは警戒していない。


「お前らも……来たのか。こんな、くそったれなところに……ははっ」


 茶色のスカーフの上からでも、苦悶の表情が伺える。

 竜塵砂海で遭遇した情報屋だ。態度は偉そうだったが、有益な情報を無償で提供してくれた男。


「勇敢さも、ここまでくると無謀だな。それとも、求めているのか? あんな、ものを……」

「だ、大丈夫ですか……?」


 情報屋はふらふらと崩れた瓦礫の上に座った。

 ナギサがヨアケに目配せする。


「長くはないな」

「そうでしょうね」


 情報屋は吐き捨てるように言う。


「酷い有様だ。わかっていたとはいえ……直接目にすると、なかなかにこたえる」

「一体何が起きたんだよ?」


 当初はその態度が気に入らなかったカリナも同情的だ。

 スカーフの男は、しかして最後まで飄々とした態度は崩さなかった。


「何が起きた、か。この現状を見てもわからないとはな」

「こんな時まで喧嘩売ってくるなよ。聞いてやるから、話せ」

「ふん。要は、権力争いだ。奴らは一番になりたいのさ。他人を蹴落としてでも。なんで一番になりたかったのかは、もはやどうでもいいらしい。どいつもこいつも結果だけに固執して、肝心の動機をないがしろにしている。例え手にしたとしても、末路は決まっているだろう。そんなバカげた話に、まんまと巻き込まれてしまった。せっかく稼いだ金が、無駄になりそうだな」

「やっぱ内乱か」


 情報屋が血を吐き出した。


「お前が何を選ぶのかは見物だが……そうか、手にしてはいるか……。しかし、いや……。進むと言うのなら、せいぜいその粗末な頭を有効活用しろ。どうせ大したものではないだろうが……多少の足しにはなる、はずだ」


 情報屋はフミカを見据えたまま、大きく息を吐いた。


「感謝しろ。俺が特別に無事を祈ってやろう。まぁ、かつて祈ってやった奴はついぞ帰って来なかったが……。そろそろ行け。いや、一つだけ大盤振る舞いしてやろう。……あの東洋の戦士には気を付けろ。もはや手は付けられまい」

「その件は、わたくしとナギサが引き受けます」

「そうか。じゃあ達者でな。俺の花ももう散る……あばよ」


 情報屋は眠るように動かなくなった。

 しかし死の余韻などこのゲームには存在しない。

 すぐにアイテムが表示されて、フミカも躊躇いなく手に取った。


「鍵ですね」

「近くに入れる建物があるということですわね。……恐らくは」

「あそこだな」


 ナギサが示した、ダメージの少ない家屋。

 戦場の真ん中で不自然に健在なその家は、ゲーム的には自然な状態だ。


「行きましょうか」


 弔いの花すらなく。

 フミカたちは即座に目的に向かって動き出す。


「安全だ。敵はいない」


 ナギサの自前のスキルである聴覚探査で、家屋の安全を把握。

 情報屋が残した鍵は早速役目を果たしてくれた。

 ドアを開けると、そこには静寂な空間が広がっていた。

 外の戦場を忘れさせてくれるような。


「本ばかりだな」

「まさに情報屋って感じの部屋だね」


 あちこちに書物と紙が散乱し、テーブルには書きかけのメモが残されていた。


「情報収集とアイテム捜索の時間ですね……!」

「手分けして探しましょうか」


 四人で有益な情報を探し始める。本命であることは間違いないであろう、テーブルのソレは後回しにして。


「チッ、汚ねえな。フミカの部屋みたいだ」

「それって昔の話でしょ。今は違うもん」

「どうだかな。今度見るのが楽しみだぜ」


 何気ない一言に、予期せずフミカの思考は停止する。


「……そ、そっか。家に、来る気なんだ」

「わりいかよ」

「悪くは……ないけど」


 照れ隠しのようにフミカがクローゼットを開けると、アイテムが存在した。

 情報屋の衣装だ。ストレートに、あの情報屋が着用していた装備。


「強かったりするか? それ」

「ううん。ステータスによっては有用かもしれないけれど」


 少なくとも、フミカたちのパーティには必要ない。

 どちらかというと、キャラを再現するための装備品だ。

 重要なのは装備そのものではなく、その説明。


「情報屋が身に着けていた衣服。長旅に耐えられるよう丈夫だが、比較的安価な素材で作られているようだ。……あれだけ金、金言ってたのに」

「それだけか?」

「ううん。かつて英雄と呼ばれた男は、呆れたものだ。尊大な態度を取るくせに、お人好し過ぎるだろう……と」

「お人好しですか。間違ってはいませんわね」

「結局、一回も情報料を払ってないですしね」


 結局のところ、彼の目的はなんだったのか。

 それを彼の口から直接聞くことはもうできない。

 考察するしかないのだ。限られた情報の中から。


「他に何か見つかったのか?」

「いや。消耗品の類ならいくつか存在したが」

「なら、本命を読んでみましょう」


 率先して、フミカは書きかけのメモに目を通す。

 と。


「よお、また会ったな、お嬢ちゃん」

「うわあああああ!?」


 急に声を掛けられて腰を抜かす――いや、それだけならば少し驚いただけで済んだ。

 驚愕の原因は、まさに目の前の壁から花が生えてきたからだ。

 反射的にナギサを見るが、彼女は戦闘態勢を取っていない。

 つまりは、安全。警戒したカリナも杖を下げた。


「あ、あなたは――きしょ花!」

「きしょ花……? ああ、最初の頃に出会ったって言う変なNPCのことか」

「そう……! 昏き谷底の!」


 即死持ちの花エネミーばかりの中で唯一、まともにコミュニケーションが取れた相手。

 ちょっと言い方がキモいが、陽気な語り口調で話す不思議な花だ。


「また驚かせちまったな、お嬢ちゃん。俺様の魅力ならイチコロでも仕方ないが」

「だからそーいうとこだって」


 きしょ花がきしょ花である所以である。

 埃を払って起き上がると、会話できる楔の花は、器用にも葉の一つでメモを指し示した。


「この家主のことなら気にするな。勝手に見ても怒りはしない。まぁ、少しばかりは気を悪くするがな」

「……そう、だね」


 もはや不機嫌になることすらできない男の遺品に目を通す。

 そこには明確なヒントが描かれていた。


「守り花を壊せ、ですか?」

「ええ、そう書かれてます」


 ――内戦のせいで張られた結界は、守り花によって制御されている。

 花を壊せば、結界は壊せる。バカでも理解できる単純な仕組みだ。

 良かったな。これでお前のような無能でも突破できるぞ。


「余計なことまで書かれてますけど」

「守り花の位置は?」


 ナギサの質問の答えも、情報屋は用意してくれていた。


「厄介なことに、国から信任されていた二大組織の中枢に守り花は設置されている。これを読む奴は情報弱者に違いないからな、記載しておいてやろう。一つは、花教の大教会。もう一つは騎士団本部だ。後は自分で探せ。せいぜい、その太った足を動かしてな。また無駄に口の悪い……」

「場所がわからないか? それならば、地図を見ればいい」

「地図……?」


 きしょ花は再び葉を動かす。

 壁に地図が貼ってあった。わかりやすく赤い丸がついている。


「王城を正面に見据えて、東と西か。迷う危険はなさそうだな」

「本当にお人好しでしたね……」


 おかげでここで成すべきことがはっきりした。

 守り花を破壊するために動けばいいだけだが……。


「普通に向かっても勝ち目はないぜ。正面から突き進んで突破できたのは、後にも先にも一人だけ……。二人目になりたいってんなら、止めはしないけどな。ま、栄養たっぷりの俺の蜜を持っていくなら……」

「それはなしの方向で」


 また即死花に食われたらたまったものじゃない。

 きしょ花はがっかりしたように項垂れて。


「まぁ、もしお前がここに至るまで何かを欠かさずにしていたのなら、そろそろ報いを受けることだろう。それが良いことか、悪いことかは俺は知らんが」

「……とりあえず情報も集まったことだし、進むか?」

「ここで考えていても何も始まらないだろうしな。賛成だ」


 カリナに促されて、フミカたちは情報屋の拠点を後にする。

 一つの謎を遺して。


「どうしてきしょ花は出てきたんだろう……?」

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