乙女ゲーの悪役令嬢ポジな偽りの聖女に転生しましたが、死にたくないので全力で善行を積んでいく!〜ヒロインと主人公は適当にイチャついててください〜

あつ犬

第1話刺されて死んだ私

フラフラと歩いていた。

時刻は深夜を過ぎている。

場所は公園。

酒を腹一杯になるまで呑んで、両足は千鳥足。アルコールに使ってたぷたぷと浮かぶ脳みそは、私からもうマトモな思考を奪い去っている。

酩酊半歩手前の泥水でヘベレケだ。


「らーんららーららー………ぁ」


音程を外しまくった鼻歌を一つ。

ハイヒールのせいで歩きづらいし、よそ行きのドレスはタイトで余計に歩幅を狭める。

今月に入って何回目だろう、このドレスを着るのは。


「はぁー………ぁ」


ベンチに座る。座り込んで、スマホを取り出した。バッグに手を突っ込んで、封切ったばかりのタバコを取り出す。唇の先に咥えて火を付けた。


ネットニュースを開いてみる。


「大物政治家、疑惑の3日間」

「名作ノベルゲームがリメイク」

「新作映画レビューで大荒れ」


(くだらないニュースばっか。……あ。あのゲームリメイク出るんだ。………買おっかな)


時刻は午前1時きっかり。

写真フォルダを開いて、自分の写った写真を見る。

……何枚もある写真。

このドレスを着ている自分の隣には、まっさらなウェディングドレスを着た会社の後輩。


「…………置いてかれてる」


ぽつりと口から転げ落ちた言葉に、ことさら打ちのめされる。

もうグロッキーだ。ボディーブローはもう沢山。勘弁してよお願いだから。


(お見合いの話、受けとけばよかったなぁ………)


私、桂野 穂乃花は今年で37になる看護婦である。アラウンドサーティーンを超えてもう40手前だ。

なんかの小説家が言ってたな。

女に乙女の香りが残ってるのは29まで。今の私にあるのはタバコの臭いか、ははは。

そしてとっても酒臭い。


(わかってるよ、自分が悪いなんてさ………はぁ………)


高校時代は学園一の美少女として有名だったし、なんなら大学時代はミスコンで連戦連勝。

合コンで引っ掛けたイケメンに貢がせたのは、十人や二十人はくだらない。


しかし今はこれである。

化粧でも誤魔化せないシワ。

若い子と比べても張りがない肌。


(やり直せたらなぁ………もっと慎ましく清貧に生きるよ私)


そりゃそうだ、合コンでアルコール三昧、夜遅くまで遊び歩くのは当たり前で。

……そんな生活をしていたら、その反動を受けるのは当たり前だろう。


(やり直せたらなぁ……人生)


酷い人生だったと思う。

いや、人生は謳歌していた。

謳歌のしかたが悪かったんだ、絶望的に。そのくせ、自分に対して傲慢だった。


……やり直したい。

今からでも良い子になって反省するから、チャンスが欲しい。

もう二度と美人自慢なんかしないし、困っている人を笑ったりしない。

他の人の容姿を馬鹿にしたりもしないから。


だから誰かお願い。

私にやり直すチャンスを頂戴……!


「………なーにやってんだろ私」


公園のまん丸い電灯を満月に見立てて、どっかの侍みたいに決意を表明した。

……傍目からすれば危ない人か不審者じゃん。

……深呼吸をして落ち着ける。


(よっし……変わろ。明日からの私は……本当の意味でいい女になってやる!)


思い切り伸びをする。

自分を変えるのに、遅いも早いもきっとない。何から始めれば良いのかなんてわからないけど、取り敢えずは。

……人を素直に褒めることから初めてーーー


「…………えっ? は……? 誰、アンタ………」


眼の前にいたフードの誰か。

不意に感じた、焼けるようなお腹の痛み。呼吸が定まらない。

身体が震えて、目線を自分のお腹に向けて。………私は、叫ぶことなんかできずに崩折れた。


「ぃ………た…………ぃ…………」


今しがた私に突き刺したナイフを、フードの誰かが引き抜く。

そうして何度も。

………ナイフの先が振り下ろされた。


(あ、はは……酔っ払ってて良かった……痛いけど……なんか、頭……フワフワしてる……こんな風に死んじゃうのかぁ、私って。………やだなぁ……)


目の端から零れ落ちた生ぬるいものが、涙なのか血だったのか。

……わからないままで、私は目を閉じる。

振り下ろされたナイフが、最後の痛みを与えて。……私の身体が、跳ねる。


意識が……消えていく。



(……、……?)


眠い。眠気がまだ瞼の上で小躍りしている。身体を起こそうと手を付けると、ビックリするくらいの柔らかさが感じられた。


「えっ……? な、なに?」


手だけじゃない。

身体全体が、柔らかくて暖かいモノの中へと沈んでいた。


「は……? えっ? ……こ、ここどこ!?」


飛び起きる。

飛び起きて、両眼ごしに流し込まれる情報にガンッ!……という擬音と共に、殴られたような気がした。


「は……ははは。………夢?……走馬灯………?」


五感の全てが違和感を与える。


耳先で聞こえた自分の声は、自惚れたくなるくらいに可愛らしい声だ。


両眼が転がす景色は、成り金趣味みたいな豪奢で金ピカな部屋の風景。


鼻筋を通って流れ込んだ匂いは、混じりに混じった香水の香り。


全身を横たえていたのは、一人で寝るには広すぎるほどの天蓋ベッド。


「うぇっ……!? ぺっ!? な、なにこれ………!?」


舌先に居座る奇妙な『味』。

指先で触れると、薄い膜のような。

……見慣れないもので包まれていた。剥がしてみる。


(……魔法陣の描かれた……カバー? ほんと、なんなの……?)


そういえば。

朝起きた時に感じる、舌が乾いた感じはしない。寝る時は誰だって涎垂らして寝てる筈だ。

でも、涎クサさも何も無い。


「……………」


意を決して、立ち上がる。

化粧台の前までいく。


「…………アンタ……誰?」


鏡の中に、美少女がいた。

歳は……19歳くらいか?

髪色は金髪だけど、カラー剤なんかで染めた偽物じゃない。完全な地毛だ。

歳を重ねても美魔女として男を手玉に取れそうな、尋常じゃない程の美少女がいた。

……これ、鏡よね?

てことはコレ………私?


「願い………叶っちゃった……? あ、あは……ははは………は?」


自分を変えたという願いは、どうやら叶ってくれたらしい。

叶ってくれたが……まさかこんな……いわゆる転生的なモノで叶うとは思わなかった。


(………? でもなーんか……見覚えあるんだよなぁこの子。嫌な思い出があるっていう…………か………あっ!?)


鏡を見ながらペタペタと顔に触る。

そうしているうちに思い出した。

……私はこの子を知っている。

なんなら、悪い意味で。


「アリア……アリア・ゴルト……!

アリア・ゴルトじゃないのコイツ!?」


思い出した。

完全に思い出した。

クローゼットを慌てて開けると、中には何着もの法衣が入っている。よくある『聖女様』ってキャラのアレ。

……下着入れには、貞淑な法衣とは裏腹なそれはもうドギツいデザインの下着がギッチリで。


(なんで……なんでよりによってコイツに転生するのよ!?)


金持ってるオタクを引っ掛けるためにプレイして、そのままドハマリした乙女ゲー作品のキャラクター。

いわゆる悪役令嬢ポジションの嫌な女が、このアリア・ゴルトだ。


(ってことは………時系列はわかんないけど……私、このままいくと……)


主人公である真の聖女、ミレイアによって最後はドン底に叩き落される、偽りの聖女。

清楚で貞淑な雰囲気とは裏腹な、オトコと権力と金のことしか頭にないヤバい女。

自身の美貌と、選ばれた者にしか扱えない聖魔法を扱えることをハナにかけて………最後は主人公に倒されてしまう。


(死んじゃうじゃないの私ぃっ!?)


作中の描写的に、主人公たちから制裁を受けて落ちぶれた後は、あっけなく死んでいる。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!? 私もう死ぬのは嫌よ!?)


まずい、非常にまずい。

このまま行くと死ぬ。

どうしよう、夜逃げでもしようか?

……いや、どこに逃げるんだ?


「うわぁぁぁぁ死にたくないぃぃ………!?」


「ーーーし、失礼いたします、アリア様………」


部屋の扉が開く。開いて、一人の少女が入ってきた。

顔立ちは純朴を絵に書いたような子で、庇護欲をそそるような弱々しい雰囲気だ。メイド服……と言ってもアキバ系のアレじゃなくて、ヴィクトリア調のロングスカートにエプロン。


(この子は……カーシャ……?)


カーシャ。

アリアに仕えるメイドの少女だ。

事あるごとにアリアの癇癪をぶつけられていた子。

………この子をアリアが死なせたことで、ミレイアの逆鱗に触れて……。


「アリア様、バルトライン第八皇子の成人記念披露宴の招待状が来ております」


(バルトライン……あー……確かアイツか。パッケージのど真ん中にいたメインキャラの。コッテコテな金髪蒼眼の王子様キャラ)


バルトライン第八皇子の成人記念云々ってことは、幸いにもまだ物語のプロローグか。

この時点では給仕係の一人に過ぎないミレイアが、バルトラインに出逢うこになる。


(アリア……っていうか私は……えーっと……あ、そうだ。猫かぶってバルトラインに色目使って、秒で躱されてミレイアの方に行かれるんだった)


それでミレイアを目の敵にすると。

今思うとありがちなシナリオだな。

なんであんなにハマってたんだろ私。バルトライン……懐かしいなぁ。グッズ買ってたっけ、推しじゃなかったけど別に。


「あ、あのぅ……アリア様……? お、お返事はどう………」


この場面とセリフには見覚えがある。私は単にアリア様と呼ばれて……『聖女アリア様』と呼ばれなかったことに腹を立てて、カーシャに平手打ちをかますんだっけ。


(嫌だなぁ……はぁ)


………あれ?


(………ん?)


いつまで立っても、私の身体は動かない。手を振り上げることもなく、ただそのまま。


「ア、アリア様……? あ、あのぅ……?」


(あれっこれもしかして)


………私の自由に………動ける?

と、言うことは。

と、言うことはだぞ?


(悪役ムーヴしなくてもいいじゃん!? やったぁ!!)


思わず跳ねた。

カーシャがビクッと肩を竦める。

おっと、怖がらせちゃったか。

……しかしこれは最高のニュース!

アリアが死ぬのは、悪行の限りを尽くす悪女だったからで。


桂野 穂乃花として死ぬ前に決意した、これからは良い女として生きる……を実行すれば……死なずに済むっ!!

……かもしれない。


「アリア様……アリア様……? だ、大丈夫ですかアリア様……!?」


「カーシャ!!」


「は、はい……っ!?」


「その招待状……不参加に丸して送って頂戴」


「えっ……ふ、不参加ですか……!?」


「私は聖女よカーシャ。そんなひらひらで金ピカなトコになんか行かないわ!」


誰がいくかそんなもの。

何が楽しくてヒロインと主人公の出会いの場面を見なきゃいけないんだ。そんなものには行かない。

私が行くのは……。


「救民院に行くわよ、カーシャ!」


ーーー決意した通り、人助けだ。

私の……そう!

アリア・ゴルトの良い女伝説と生存戦略はここに始まる!!

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