27 隠し通路
「エルヴェ様、蜂がいます」
10階まで来たところで、ユベールがオレを背中に庇って木の陰にしゃがむ。
ブンブンと羽音が聞こえる。
上の階に上がるにつれて地面が草地になり、段々と木が生えて来て、10階は雑木林や野原や池を見ながら歩いていた。
太い木の枝にブランとぶら下がるように茶色いものが垂れていて、そこからブンブンと羽音が聞こえるのだ。
よく見ると茶色いものは蠢いていて、その間に例の蜂蜜色のハニカム構造がチラリと見えた。
「ミツバチか?」
「はい、あれ1個だけのようですね。いただいて行きましょう」
「どうするの?」
「ハナコとタロー。出来ますか」
『大丈夫です』
『行っきまーす!』
「大丈夫なのか?」
「はい、スライムに襲われると窒息しますので、あれぐらいの大きさなら問題ないでしょう」
そうなのか、刺されないのか?
ハナコとタローはヒュンヒュンと飛んで、巣に近付くと合体して広がった。まるでアメーバのようだ。あっという間に巣に覆い被さる。蜂はブンブンと逃げて行った。
ふたりは木から巣を落とすと自分たちの身体の中に包んで、ヒュンヒュンとまた飛んで戻って来た。
あっという間だった。さすがだ。
だが少し早すぎたようだ。蜂がこちらを見つけて追いかけて来た。
「オイ!」
「逃げましょう」
ユベールはオレの手を掴んで逃げ出した。
ブンブンブン。
蜂はしつこく追いかけて来る。
どこをどう逃げたのか、目の前にあった茂みに突っ込んだら、無くなった。
「わーーー!」
いや、走ってそこに突撃したのに消えたのだ。
茂みは無くなって、いきなり崖の上に飛び出した。勢いは止まらない。そのまま崖の上を突っ走った。
「落ちるーーー!」
足が地面から離れた。その時、バサリと羽が広がったのだ。
「え?」
オレを抱きかかえたまま、陽を背中に受けて金色の翼が広がった。
バサリバサリバサリ。
「ユベール……?」
「エルヴェ様の所為で、また『竜の力』が解放されました」
いったいどこまで解放されるんだ。もしかしてスーパーナンチャラになったりしないよな。
しかし、この世界の竜人の羽ってコウモリの羽みたいなのと違うんだな。
ユベールはバサリバサリと羽ばたいて崖の上に行った。どうやら蜂はこっちに来ていないようだ。恐る恐る、崖の上に下りる。
ユベールの羽は金茶色だ。陽に透けると金色に見える、髪と同じだな。
ふと、昔見た天使の絵を思い出した。くりくり巻毛の金茶の髪、あの天使が拗らせたら、こんな青年になるのだろうか。
ユベールは地面に降り立つとサッサと羽を仕舞った。どういう仕組みになっているのか、背中を見たが着ている服には穴が開いていない。
「もうちょっと翼を見ていたいんだが」
「勝手に出て来て、勝手に仕舞い込まれるようです」
要る時は出て来て要らないときは引っ込むのか。便利でご都合主義な羽だな。
入り口は狭いけれど、崖の棚の奥は広かった。
綺麗な所だ。崖は東側に向かって迫り出ていて、庇のように出っ張った上部からつる草が絡まり落ちて行く。地面には草が生え、花が咲き鳥が囀り、はるか遠くエデッサの砦の向こう、シェデト湿原が見渡せる。
どうしたんだろう、身体の中から呼びかける声がする。
「エルヴェ? エルヴェなのか?」
ユベールが驚いてオレを見る。
「ここでいいのか? ここがいいのか」
エルヴェがなんか意思表示するような感じ。
「此処に穴を掘って、エルヴェとその母親を埋葬しよう」
「エルヴェ様……」
見晴らしの良い場所を決めて「土よ、ここ掘れわんわん」ちょっと深めに穴を掘った。
【収納庫】からエルヴェの革袋と母親のペンダントを取り出して、木箱に入れて埋めた。こんもりと土を盛って、石を置いて、結界を張る。
母親とエルヴェ、ふたりの冥福を祈る。安らかにと──。
隣でユベールも祈っている。
風が吹いて光が踊っているように舞う。
そこにハナコとタローがころりんとダンジョンからこの崖に転がり出て、危うく落ちそうになった。
「あ!」
彼らはべたりと崖に掴まるように広がった。風呂敷包みのように中から蜜蜂の巣が転がり出て、落ちそうになったのを、うにょんと身体を伸ばして捕まえる。そして崖の上に伸び上がって、よっこらしょという風に立ち上がってプルプルした。
ハナコとタローは執事の姿になって、恭しく蜜蜂の巣を差し出す。
『ご主人様、どうぞ』
『どぞー!』
「ええと、無事で良かった。ありがとう」
羽の生える竜人の男と執事のスライムがオレの連れだ。
オレだって異界人だ。たいした違いはない筈だ。オレは自分に言い聞かせた。
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