16 男だけの世界


「ローランは、僕が神殿で騎士たちに連れて行かれそうになった時、引き留めようとしてくれたんだ」

 少し上気して嬉しそうに言う、レスリー。

「あの時ローランが、騎士に殴られてショックだった」

「少し殴られただけだ。お陰で一緒に来れて良かった」

 いや、あのハルバードで殴られたのか? よく生きていたな。


「なあレスリー、神子召喚ってよく失敗するのか?」

 小さな声で聞く。

「よくかどうか知らないけど、80年くらい前にも失敗したことがあったらしい」

 80年って、そんなに昔じゃないな。

「その後どうなったんだろう」

「さあ、でも王国は潰れていないし、また召喚したんじゃない?」

 何か軽い感じだな。

 そういえば祈る時に何を対象にしているのかな。偶像とか十字架とかなかったし、オレこの世界の人間じゃないから、この世界の常識を知らないな。

 オレは何となく、この世界に連れて来てくれた何かに祈っているけど。

 色々、教えてくれるし。


「それより聞いて」

 ローランとレスリーはオレ達と同じでビエンヌ公国に行くと言う。落ち着いたら親兄弟も呼び寄せると言っている。

「僕達、ビエンヌ公国で結婚しようかと思って」

 少し声を落として嬉しそうに言うレスリーに、ローランが続ける。

「あちらはかなり自由度が高いし、無理に神官にならなくても、別の仕事を探してもいいかと思うし」

 男同士で結婚出来るのか? という質問をオレは危うく喉元で飲み込んだ。


 だって、オレはまだこの世界で、女性というものに会っていない。

 奴隷候補もみな男だったし、神殿は元より、孤児院でも、広場でも、商人も船員も、離宮に居た客たちも、みんな男だった。

 まさか──。

 オレが転生したこの世界には男しかいない?



 川を下るのは早かった。追手は来ない。シェデト湿原に入ればもう不可侵領域だ。

 広大なシェデト湿原は底なし沼が点在し、足場も悪く、凶悪な魔物が生息していて、各国が自領に組み込まず放置されている。たまにどこかの国の冒険者が、素材を求めて魔物を狩りに行くぐらいだ。


 先に東のジンスハイム帝国領の船着き場で、奴隷商から逃げた人の何人かが降りた。帝国の荷物を積み降ろしして、川船はビエンヌ公国に向かう。

 この湿原では、船から降りた人以外は干渉しない協定があるらしい。



「兄ちゃん、その髪はまずいかもしれねえ」

 明日の朝、ビエンヌ公国の船着き場に着くというので、レスリーに髪を切ってもらっていたら、船長が声をかけて来た。手に持った小瓶を差し出して言う。

「髪の染料だ、栗色に染まるぞ」

「ああ、ありがとう。いいのか?」

「俺は気分がいいんだ。俺達の国には奴隷なんか居ねえ。やむなく仕事は引き受けたが胸がつかえてよ」

「そうだぜ、アンタらのお陰で飯が美味い。遠慮するこたあねえ」

 この人たちも生き辛かったんだろうか。

 彼らの航海に幸多かれと祈る。風がキラキラと、オレの祈りを聞き届けたように輝いて流れて行った。

『神子の祈り』を覚えました。

 ええと、今までの祈りは何だったんだ。普通の祈りか?


 髪を切ってさっぱりして、のんびり船から湿原の景色を眺めていると、川岸の盛り上がった所に薄紫の大きな花が群生して咲いているのが目についた。葉がゆらゆらと揺れているなと思ったら、カン!コン!カツン!と何かが当たって跳ね返る音がした。

「エルヴェ様、危ないですから船室に移動しましょう」

「え」

「兄ちゃん、アレはイリスという魔物だ。葉を飛ばして傷つけて花で食らう」

「え……」

「この船は結界を張ってるから大丈夫だが、普通の船は気を付けねえとな」

 この世界は少しも油断がならない世界のようだ。

 呆然としているオレの腰に手を回して、ユベールは強引に船室に連れ帰った。


「さ、髪を染めましょうか」

「うん」

 シャツを脱いで、商人から剥ぎ取った上着を肩にかけて、シャワー室に連れて行かれる。染料を塗ってしばらく置いて洗い流した。

 オレは栗色の髪、襟足までのショートカットの軽そうなお兄さんになった。

「お似合いです」

「そうなの? 長い黒髪の方がいいんじゃないの?」

「どうしてそんな事を?」

「エルヴェって、そうじゃない?」

 このもやもやとした想い、どうもオレはエルヴェに焼きもちを焼いているらしい。


 ユベールはオレを引き寄せてキスをする。

「エルヴェ様はどんな格好をしてもエルヴェ様です」

「だからオレはエルヴェじゃなくて、エルヴェなんだ」

「それでよろしいのでは」

 ユベールはそのままオレを抱き上げてベッドに移動する。

 それでいいのか?


 ユベールはオレの身体にキスしながら、どこから手に入れたのか潤滑剤を取り出してほぐし始める。もうオレは男の指の形を覚えた。

「あうん……」

 甘い吐息を、声を、どうして抑えることが出来るだろう。ほぐし終わって入ってくる熱い塊を、どうして拒めるだろう。

 いいように揺さぶられているのに、とても気持ちがいいと思うのは何故だろう。

「あっ……ん、はあ……ゆ、ゆべー……るっ」

「エルヴェ様……、とてもお上手になられて……」

「お、お前がっ……、んくっ……はあぅ……」

「可愛いです……」

 そう言ってくれる男の頭を引き寄せてキスを贈る。

「オレだって、お前が可愛いって思うんだけど……、愛しいって思うんだけど」

 潤んだ瞳で首を傾げて言ったら、男が獣になった。

 いや、待って。殺される。

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