06 王都の奉仕活動中に魔獣
こちらに来て20日目、ベルタン神官長に呼ばれて、月に1度の王都で医療奉仕活動する神官見習いのひとりに組み込まれた。
王都の街道にテントを幾つか張って、病人やけが人を癒していくのだ。テントを張る場所は神官長によって場所が決まっている。ベルタン神官長は王都北東側にある王都北門近くにテントを張っている。
「ベルタン様は中立の立場なので、良い場所は他の人に回されているんだ」
「こんな場末に、私達も割を食って辛い事だ」
「あーあ、かといって、行くとこもないしな」
神官たちが噂をしている。やはり生き辛かったのか。
来る人々は貧しい人々が多く、警備の神殿騎士たちが人々を振り分けて各テントに送る。
ユベールもこの活動に護衛として参加していた。目立つ奴だし、威圧感もあるから、来た人は暴れる事も無く整然と並んでいる。
オレはヒールとキュアしか出来ないし、隅っこで補助をするくらいだ。
もうそろそろ終わろうかという時になって、テントの外がざわざわと騒がしくなった。テントを張った場所は王都の北東の外れで、王都の北門に近い。
「おい、どうしたんだ!」
「冒険者が大型の魔獣に襲われて、逃げ帰って来た」
「大型の魔獣だと!?」
魔物は普段は王都に近付かないが、傷を付けられ激高して追いかけて来たらしい。
テントの前は大騒ぎになった。
「こっちに来るぞ!」
護衛の騎士たちの切羽詰まった声が聞こえる。
「護衛の者たちは、魔獣を鎮めるように」
ベルタン神官長が声を上げた。
「し、しかし、神官長様をお守りしなければ」
「私たちは大丈夫です。早く行くように」
「「「はっ!」」」
神殿騎士たちが加勢に走った。ユベールも一緒だ。王都の門の兵士たちと一緒になって大型の魔獣に対処する。
オレはテントの外に出た。割と近くで戦っているのが見える。
騎士や兵士の怒号に魔獣の唸り声が上がる。魔獣なんて初めて見た。
ヒヒのような四つん這いで、腕の力が凄くて、その長い腕を振り回すと「ぎゃっ」と、兵士のひとりが吹っ飛ぶ。
オレンジっぽい茶色の毛皮を血に染めて「ぐおおおーーー!!」と咆哮を上げる。
大きな口から赤黒い液体を吐いて、幾つも生えた牙をむき出しにして──。
オレは魔獣というのはもっとどす黒く、汚れたものだと思っていた。
だがどうだ、この魔獣は──。
フサフサしたオレンジに輝く毛並みは美しくもあって、力強い腕は勇猛で猛々しくて、その圧倒的な強さを畏れるというか、ただ見惚れてしまう。
どう言えばいいだろう、動けないのだ。呆然と突っ立ったまま見ている。誰も皆。確かに怖いが。
やがて騎士たちがとどめを刺して魔物は倒れた。
魔獣からは肉と魔石と素材になるものがとれる。
やっと、王都の騎士たちが駆け付けて来て、魔獣を片付けて行く。
お前らもう少し早く来いよ。獲物だけ横取りかよ。
ユベールが戻って来た。彼は魔獣の足元に居たような気がする。足止めみたいな目立たない事をしていた。少し怪我をしているのか、頬に赤い筋が付いている。
「ユベール、大丈夫か?」
ようやっと動いた身体でユベールめがけて駆けだした。近付くとオレのポケットから何かが飛び出して、ユベールの怪我にべたりと張り付いた。
「ハナコ!」
ユベールは驚いて立ち止まった。頬に張り付いて赤くなったハナコが戻って来る。何をしたんだコイツは。怪我の血が止まっている。
『ヒール』
ユベールの傷を癒した。
血を浄化しようとしたのか? それともユベールの血を食ったのか。ハナコは赤いままだ。
分からない。分からないことだらけだ。
夜の祈りを終えて、オレが机の上でくねくねしている赤いハナコを見ていると、ドアをノックしてユベールが入って来た。
「ベルタン神官長は今回の事件の責任をとって、サン=シモン神殿から辺境の神殿に更迭される事になりました」
「そうか」
神殿と王都の騎士が騙らって責任をベルタン神官長に押し付けた。オレにはそう思えた。あの魔獣も怪しい。
「ユベールはあの魔獣の名前を知っているか?」
「はい、赤ゲダラですね。とても強い魔獣ですが滅多に見ません」
「きれいな魔獣だな」
「はあ、毛皮は貴族が欲しがりますが」
ユベールが珍しい生き物でも見るような目付でオレを見ている。オレは珍種のサルか? もしかして【収納庫】にあいつの素材があるだろうか。
『赤ゲダラ』で一発で出て来た。
《絶滅危惧種。毛皮、牙、心臓、肝臓、魔石。在庫有》
うわ、こんなもん出したら一発で捕まるんじゃないか。
朝早く、オレは馬車で出発する神官長をこそっと見送った。彼は案外さばさばした顔をしていた。オレには彼の為に祈る事しか出来ない。どうか生き辛い彼をお守りください。
神官長に『加護』がありますように。
『加護』を覚えました。
ハナコは次の日には薄ピンクになってやがて透明に戻った。
どうしたんだハナコ、少し大きくなっている、……ような気がする。
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