第6話

 窓の外を眺めながら、一人、回想していた。どれくらい、そうして居ただろうか。

 バタバタと慌ただしい足音がする。勢いよくドアが開けられ、保健室に泉が入ってきた。いつもの癖で、ドアにカギをかける。

「先生、助けて!」

「なん?どうしてん?」

「第二ボタンくれって、追いかけられた!」

「……大変やな」

「走ったから足痛い! 治療して!」

「なにしてんねん、もー」

 ベッドに座り、制服のズボンの裾を捲る。

「そんな、ムリせんと、ボタンくらいくれてやったらええのに」

「はあ? 制服いくらしたと思っているの!」

「だんだん、所帯染みてきたな」

 テーピングを取り、足首を固定する為に、足元にしゃがむ。

「蓮は、制服の第二ボタン、誰かにあげた?」

「……あー、なんか、くれって言うてきた子にあげた気がする」

「なんで?」

「いや、意味知らんかったし」

 処置が終わって、立ちあがろうとした時、首元に手が伸びて、ワイシャツのボタンを上から一つずつ外していく。

「ちょっ、なにしてんの?」

 無言でそのまま見つめられ、シャツの第二ボタンをむしり取られた。

「おい! これ高いやつ……」

 言い切る前に、強い口調で話しだす。

「蓮のものは俺のものだもん!」

「はあ?」

 ジャイアンかお前は?

「制服の第ニボタン、俺じゃない奴に取られたから!」

「妖怪ボタンむしりか!」

「蓮は俺のだけど、俺は蓮のだよ?」

「……うん?」

「俺の第二ボタン、誰かに取られたら嫌じゃない?」

「なんで? 本人おるし、ええやん」

「嫉妬してくれないの?」

「は?」

 また、言い切る前に、口を塞がれる。

 体を引き寄せてくるから、何とか抵抗する。

「……んっ」

 付き合う時に約束した。学校ではしないって。両挙を握り、胸を力いっぱい押し返す。ようやく、唇が離れた。

「……っは、ダメやって! 約束したやん」

 表情が、読み取れない。

「どうしてん?」

 仕方なく、垂れる頭を抱き寄せた。子供をあやす様に、背中をさする。

「言ってくれな、分からんよ?」

「いま、ここで、蓮のこと抱きたい」

「それはあかんやろ」

「なんで?」

「誰か来たらマズいやん」

「誰も来なければいいの?」

「そういう事ちゃうって」

「ちょっと待ってて」

 スマホを取り出して、タプタプと操作する。

「なにしてん?」

「警備員、呼んでる」

「はあ?」

 スマホを制服の胸ポケットにしまい、勢いよく抱きつかれる。

「……つ、なに⁉」

 背中に回された腕が、強く締め付けてくる。

「痛いって!」

 抗議しても、締め付ける力は緩まない。

「おい! 離せや!」

「やだ、離さない!」

 胸ポケットに入れた、スマホが震える。

 回された腕が離れたと思ったら、軽々と抱き上げられて……。

「ダメやって! 降ろせや!」

「やだ!」

「誰か来たらどうするん?」

「廊下に、立ち入り禁止の看板置いてきた」

「はあ?」

「念のため、警備員も呼んだし」

「やから、警備員て何なん?」

「俺たちが保健室でやらしー事してるの、バレない様に守ってくれる人」

「なんやそれ⁉」

「人は近付かなくても、大きな声出すとバレちゃうからね?」

「はあ?」

「だから、ちゃんと、声抑えてね?」

 ……笑顔が怖い。あかん、逃げないと。

 この目をしとる泉は、加減を知らない。なんやかんや、抱き潰されて、足腰立たなくされる。

 ベッドに背中が下ろされた、瞬間、身をひるがえし、腕から逃れようとした。

 素早く伸ばされた手に、右腕が掴まり、ベッドに引き戻される。

「なんで逃げるの?」

 ……冷たい声。全体重をかけて、覆いかぶされる。

「なあ、退いて?」

「やだ! 最後までするから」

 ……嘘やろ。体全体を、隙間なく埋めて、押し倒され熱を持った瞳に、捕らえられた。

「いい事教えてあげる」

「なん?」

「俺は、明日から生徒じゃないよ?」

「どう言う事?」

「今日で卒業だから、明日から制服は着ないんだよ?」

「そんで?」

「……だから」

 頬を両手で挟まれ、固定され、至近距離で見つめられた。

「現役男子高校生と学校でイケナイコトできるのは、今日が最後ってこと」

 そういう意味か。

「先生と生徒、制服着て最後の想い出、ちょうだい?」

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