第2章 8312
第1話
泉と付き合い始めて、一年ちょっと。泉が高校二年生のクリスマスに告白され、俺からも、やっと想いを伝える事ができた。
それから学校では『森谷先生』、二人の時は『蓮』と呼ばれている。
器用に呼び分けるから、よく間違えないなと感心してしまう。
進路について話した時の、周りを見る事が出来ているのかもしれない。大事な話はちゃんと覚えているから、地頭は良いのだろう。
卒業も近づいてきたこの頃、泉は未来の話をしたがる。恐らく『結婚』の事だろうけど。
もちろん嫌ではない。ただ、そこは年上として考えもある。
同性婚は、この国では認められていない。
地方自治体によっては、パートナーシップ制度で、形の上の同性婚を認めている所もある。ただ、法的根拠とまでは至っていない。
俺たちを『家族』『配偶者』と認める法律がないのだ。当然、戸籍の上では、他人であり独身。
結婚という形をとらなくても、一緒にいられるなら問題ない気もするのだが、そこは泉なりの考えがあるのだろう。何としても結婚すると譲らない。
泉は卒業後に、介護福祉士の国家資格を取るため、自宅から通える専門学校に進学する事になった。就職後の給料面や、国家資格という強みを活かして働くための選択だった。
相談には乗ったが、ちゃんと自分で進路指導室に行き、調べて、職場体験なども行い、時間をかけて決めた様だ。確実に成長しているなと微笑ましくなった。
専門学校で学費がかかる分、進学は相当悩んだ。母親と祖母の強い勧めにより、進学を決意。大学受験よりは勉強は易しい為、早めに学校を絞った事もあり、十分な準備ができた。
放課後の補習後に、保健室で俺の仕事が終わるまで勉強して、時々教えたり、泉が用意してくれた夕飯(おにぎり)を一緒に食べたり。二人の時間を楽しんだ。
保健室に炊飯器と米が持ち込まれた。気づけば、保健室は泉の私物で溢れている。トランクルームちゃうって言ったやん。
以前、謝罪で訪れた泉の家。
あれから、母親からも色々と相談され、最終的に裁判については、裁判費用の事などもあり、特に責任追及する事なく、決着を迎えた。
医療費については申請通り、全て認められて返還された。手術の見舞金も追加で受領できたそうだ。相当、感謝されたが、これは受け取って当然のお金であり、自分は職務を全うしただけなので謝礼は丁重にお断りした。
たまに、阿部家の食卓に招かれる事がある。ちゃんと食べろってそういう意味か……。
看護師の資格を持っている事に驚かれた。それ以来、泉が熱を出しているのに病院に行きたがらない、薬も飲まない、何とかできないかと母親から相談の電話がくる。
当の本人は、シロップか口移しなら薬を飲む、とか甘い事を言うので、強制的に尻に市販の座薬をぶち込んでやった。元小児科看護師の黄金の左腕の力を思い知るがいい。
尻を見られて、座薬入れられて、お嫁に行けないとか騒いでいたけど。普段、抱かれる側の俺の身にもなって欲しい。座薬なんて可愛いもんやろ。お前に、嫁に行けない体にされとんのや。
なぜか、泉の保険証を俺が預かる事になった。俺の言う事は聞いてくれるから、って。お母様、私の職業は猛獣使いではありません。母子揃って天然なんか?
特別選抜クラスの長谷部は、学校推薦で国立の難関大学への進学を決めている。高等科卒業式では、卒業生代表で答辞を読むらしい。元生徒会長として最後の仕事。流石、シスター(教頭)も認める男だ。
樹から聞いたけど、なんか最近、二人の仲が良い雰囲気なんだとか。
海斗が高校生の彼女が欲しいってまだ言っている。去年のクリスマス会の時、五人中、カップルが二組できて、炭酸水で酔ったフリしないとやってらんなかった、って言ってた。
二組って誰と誰の事?
泉の希望で、岸先生に会いに行った。ちょうど、お子さんが生まれたタイミングだったから出産祝いとお礼を兼ねて。
もう『岸』じゃないから、と笑っていたけど。俺にとっては、一生、岸先生で。恩師であり大切な人。
泉の一件を聞いて、驚いていたけれど、役に立てて良かった、と笑ってくれた。
泉と付き合っている事を話したら、腰を抜かしていた。なんで?
娘を嫁に出す気分だ、なんて言っていたけれど、俺は娘ちゃうわ。しかも、生まれたあんたの子供は息子やん。
泉が高校三年生となった四月から、前任の
子供が小さいので、時短勤務での復帰だった。そのフォローをする為に、もう一人養護教諭が必要だったという訳だ。
保育園に預けているお子さんが熱を出したり、定期健診だったり、働くお母さんは大変だと改めて思った。
元小児科看護師として、アドバイスを求められる事もある。引継ぎの時は、仕事を覚えるのに必至で雑談するヒマもなかったから、新鮮だった。お互い良い刺激になっている。
歳も近いし、同業者なので話は合う。ただ、泉はヤキモチを妬く。彼女は既婚者やで?
保健室で起こる様々な事は、ケースバイケースで臨機応変に対応しなければならない。
しかし、岸先生は、自分が対応した全ての事をマニュアルという形で残して行ってくれた。一人で保健室運営を行う時に、少しでも自分の経験が役に立てば、という岸先生の想い。
着任してすぐの昨年四月に、健康診断の計画を一人で対応できたのは、このマニュアルの存在が大きかった。分かっていなかっただけで、岸先生の想いは、俺を支えてくれていたんだ。
だから、その想いを受け継いで、町田先生と俺は、このマニュアルに自分たちの経験を書き足していこうと決めた。
いつの日か、また違う養護教諭がこの学校にくる時のために。
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