異世界最強のチート冒険者である俺がいじめられっ子に転生した

荒三水

第1話

 ひどい激痛で目が覚めた。

 気がつくと、俺は薄暗い部屋の床に倒れていた。


 ゆっくり上半身を起こす。

 背中と、後頭部と、首が痛い。いや全身が痛い。


 どういうわけか俺の首にはロープが巻かれていた。苦しいわけだ。ロープは途中でちぎれていた。首から引き抜いて放る。


 見覚えのない場所だった。狭い部屋だ。

 あたりを見渡すと、薄闇の中で文字が光っているのを見つけた。

 

 俺は文字を読んだ。誰かの日記のようだった。まとまりのない文章で、日本語で書かれている。

 ざっと流し見しただけで胸クソが悪くなるような内容だった。


 書かれている事柄から察するに、この九塚凪沙(くのづかなぎさ)という名前の少年は自分の部屋で首をくくって死のうとしたらしい。いや、おそらく九塚ナギサは死んだのだろう。


 そしてどういうわけかその体に、俺の意識が転生したらしい。やたらに首が痛むのも、異様に気分が悪いのもそのせいだ。

 

 その一方でとても懐かしい感じがした。 

 俺はこことは別の世界を旅する冒険者だ。その前は日本にいるしがない一学生だった。不慮の事故で死亡し、神からチートスキルをもらって異世界に転生した。

 

 ついさっきまで仲間たち(全員俺を慕う美少女)と気ままに旅をしていたはずが、気づけばこの有り様だ。また世界をまたいで現代日本に戻ってきてしまったらしい。


 ちなみにこの光る文字というのは、単なるノートパソコンのディスプレイだ。異世界人なら目を丸くするだろうが、俺にはひととおりこの世界の知識がある。


 しかし今は記憶の混濁があるようだ。俺がこれまでいた世界の名前も、仲間の名前も、自分の名前すら思い出せない。


 思い出そうとすると、頭が割れるように痛くなる。吐き気がこみ上げてきて気分が悪い。


 どうして俺が九塚ナギサの体に転生したのかはわからない。

 元の異世界に戻れるのか、元の体に戻れるのかも不明だ。


 俺はしばらくナギサの残した日記のような遺書のようなものを眺めていたが、だんだん意識が朦朧としてきた。ゆっくり字を読んでいるどころではない。

 ひとまずこの空腹と、のどの乾きをどうにかしなければ。 


 足をふらつかせながら部屋を出た。

 時刻は明け方前のようだった。家の中も同じように薄暗い。あたりは静まり返っていた。

 

 九塚ナギサの部屋は建物の二階にあった。階段を降りて、一階へ。

 居間にやってくると、奥の台所から物音がした。人の気配もする。


 近づいていくと、冷蔵庫の前にうずくまる人影を見つけた。俺は警戒しつつ声をかける。


「誰だ?」

「ひっ……」

 

 こちらを見上げた目が、驚きに大きく見開かれる。

 顔がほとんど覆い隠れるほどに長い髪だ。くすんで薄汚れた寝間着に素足。


 まるで少女ドール型のモンスターのようだ。肌がつくりもののように白い。

 彼女はなにかに怯えているようだったが、俺の顔を見て安堵したように息を漏らした。


「あっ、兄さん……」

「えっと……君は、ユキヒ?」

「え? そ、そうです……けど」


 彼女は不思議そうに首をかしげた。

 九塚ナギサには九塚雪姫(くのづかゆきひ)という妹がいる。日記にも名前が出てきていた。彼女のことで間違いない。


 兄さんと呼ばれるのは違和感があったが、九塚ナギサの体に転生した、という俺の推理はあたっていたらしい。


「なにしてるんだ?」

「お、おなかが、減って……」


 ユキヒは小さい瓶を手にしていた。

 中に入ったジャムを指ですくって舐めていたらしい。


 まるで引きこもりが夜中に起きてきて食べ物を漁っているようだ。彼女の見た目からするに、たとえではなくガチっぽい。

 冷蔵庫をのぞきこむと中は空だった。


「食べ物がないのか」


 俺がきくと、ユキヒは上側の小さい扉を開けた。冷凍庫には包装パックに入ったステーキ肉がひとつだけ入っていた。ガチガチに凍っている。


「よし、じゃあ俺が焼いてやろう」


 俺は肉を取り出して、キッチンへ持っていく。

 冒険者たるもの、旅先で自炊をする調理スキルは必須だ。そのぐらいわけもない。

 

 と思ったがここは文明の利器に頼ることにした。今はそんな余力がない。

 フライパンの上に肉を置く。コンロを使って火をつける。


「うーん、ダメだこりゃ」


 肉が凍っているせいか一向に焼ける気配がない。

 しかたなく俺は指先に意識を集中させた。イメージするのは鋭利な炎の刃。

 

 人差し指と中指の先から、赤い切っ先が伸びた。10センチほどの長さのそれで、肉の塊を炙っていく。


「硬そうだから食べやすくするか」

 

 上下左右に指を振るう。肉は刃が触れただけで細切れになった。サイコロステーキ風だ。フライパンの上で音を立てながら蒸気が上がる。火が通るまでさほど時間はかからなかった。


   

 

 焼き上がった肉を皿に乗せて、ダイニングテーブルに持っていく。ユキヒは行儀よく椅子に座って待っていた。皿を置くと、ユキヒは驚いた顔で俺を見た。まるで仏様でも見るような目だ。


「食べていいよ?」


 隣に座ってうながすと、ユキヒはフォークを肉に突き刺して口に放り込んだ。

 ずいぶんワイルドな食べ方だ。よほどお腹が減っていたらしい。


「おいしい?」


 ユキヒはこくこく、と大きくうなずきながら、夢中になって咀嚼をする。

 塩コショウで味付けをしただけだが、腹が減っていればなんとやらか。それなりにいい肉だったのかもしれない。


 あっという間に半分ほど平らげると、ユキヒは俺の顔色をうかがってきた。


「兄さんは、食べないの?」

「いや、俺はいいよ」


 空腹ではあったが食欲がない。

 俺はテーブルの上に突っ伏した。ついさっき魔法を使ったせいか、さらにどっと疲れが出てきた。

 

 視界が狭まり、意識が遠のきはじめた。ここで気を失ったら、このまま二度と目が覚めないかもしれない。


「だいじょうぶ?」


 ユキヒが心配そうに背中をさすってきた。

 優しい……が、その程度で体調が戻れば苦労はない。


 そのうちにしんどさを通り越して、急に気分がよくなってきた。ついにお亡くなりになる前触れか。


「……ん?」


 俺はむくりと体を起こした。

 やけに視界がはっきりとしていた。倦怠感が嘘のようになくなっている。それどころか心地いい。もしやここは天国か。


 すぐ近くにある顔と目があった。

 まばたきをするだけで音が聞こえてきそうな、大きくきれいな瞳をしている。まるで絵画に描かれた美少女のように美しく整った目鼻立ち。

 そうすると彼女はなんだ。天使か。

  

 ぽかぽかと背中が温かい。ユキヒの手のひらが触れている部分だ。まるでそこから体にエネルギーが流れ込んでくるようだ。

 俺は思わず彼女の手を取っていた。


「な、なんですか?」

「あったかい……」


 不思議だ。手を握りしめると、さらに力が流れ込んでくる。体のだるさや痛みがみるみるうちに和らいでいく。

 気づけば俺は横からユキヒの体に腕を回していた。


「えっ? あ、あの……?」


 目を白黒させたユキヒの頬が赤く染まっていく。戸惑うばかりで拒む気配はなかった。俺は肩を抱くようにして、頬が触れそうな距離まで顔を近づけていく。

  

「くさい」


 しかし途中でユキヒの体を押し返した。

 生乾きのような匂いがする。これはきっとしばらく風呂に入ってない。それも2日や3日どころではない。


「ユキヒ、いますぐ服を脱ぐんだ」

「へっ?」

「風呂にいくぞ。体を洗うんだ」


 俺はユキヒの手を引いて立ち上がった。

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