第3話 油断

俺は慌ただしい朝の街の中を全力疾走していた。

その理由は一つ。

「……やばい……っ…!遅刻する……っ…!!」

そう、遅刻しそうなのだ。

あの後、陽菜から3時間ほど質問攻めを受けた。

しかもそれが終わった後に昨日〆切の原稿を仕上げたもんだから、いつもより2時間就寝時間が遅れ、結果盛大に寝坊してしまった。

幸い今日の予定の分の荷物は原稿に取り掛かる前に準備していたので助かった。

何度も転びそうになりながら走っていると、校門が見えてきた。

ちらっと腕時計を見てみると、始業まで残り2分30秒。

恐らくギリギリ間に合う……だろう。

まだ残っていた少しの体力を振り絞って普段の俺では絶対に出せない速さで走る。

そうして校門を抜けた瞬間。

「おはよう!あと1秒遅かったら遅刻だったぞ!危なかったな!」

と体育教師に声をかけられた。

「は、はい、お、はよう、ござい、ます……」

俺は息が切れた状態でなんとか挨拶を絞り出す。

なんとか遅刻は回避できた……

うちの高校は時間にだけは厳しく、遅刻したらなぜか反省文を原稿用紙1枚分書かされる。

まあ今みたいに時間までに校門をくぐってさえいれば間に合ったという扱いなのでいわゆるブラック校則ではないと思う。



少し息を整えてから校舎に入り、自分の教室を目指す。

教室に入ると、朝のHR直前だったようで、みんな席に着いていた。

気まずさを我慢しつつ、自分の席に着く。

そして、HRが終わった後、蒼汰が俺の席にやってきた。

「よう、真人。今日は遅かったな。寝坊か?」

「ああ、まあな。いつもより遅く寝たら起きれなかった」

「へぇ、お前って何時に寝るかとか決めてるんだ。いつも適当に寝てるかと思ってたぜ」

「ま、それぐらいはな」

その時、蒼汰が思い出したように話し始めた。

「あ、そういえば。昨日送ったランキング見たか?」

「ああ、見たよ。陽菜と荒川先輩は相変わらずだったな」

「そうだな。んで、3位の子覚えてる?」

「あ~、古田さん、だっけ?」

「そうそう。その子がさ、今日誰か男子を探してたんだよな」

「へぇ」

「なんでそんな興味なさそうなんだよ。多分探してるの、お前のことだぞ」

「は?」

どうして俺のことを……?

正直心当たりがなさすぎる。

「え、ちょ、どんな特徴を言ってたんだ?」

「えーっと、前髪を目元まで伸ばしてて、身長およそ175cm、声は低めで2年生だっけな」

「それだけかよ。それだったら他にも───」

「あ、あとお前の傘らしきものを持ってた」

……まさかな。

そんなこと、あるわけないだろ。

「それはお前の見間違えなんじゃね?ほら、あんなん市販だし」

「そうかなぁ……っと、そろそろ1限目始まるな。んじゃ」

「じゃあな~」

蒼汰が席に戻り、授業の準備をしているときも、俺は昨日のあの子のことを考えていた。



1限目である数Ⅱの教師がやってきて、授業が始まったあとも、俺の頭の中は古田という後輩のことでいっぱいになっていた。

……まさか、昨日のあの雨宿りしてた子がその後輩だったのだろうか……?

信じられないような、信じられるようなという状態で、完全に頭が混乱していた。

さらにそこに追い打ちをかけるように睡魔が襲ってくる。

完全に意識が朦朧としてきて……

「……づ…。み……き」

誰かが俺を呼んでくる……

「おい、水無月。起きろ」

「うわっ?!」

どうやら先ほどの呼び声は俺の真横まで接近してきた数学教師の声だったらしい。

「そんなに眠いなら顔洗ってきたらどうだ?」

「あ…はい、そうします」

俺はとりあえず授業を抜け出して、トイレへ向かう。

水道の冷たい水で半分眠っていた脳を覚醒させる。

意識が明瞭となると、真っ先に頭を埋め尽くしたのはやはりあの後輩だ。

返さなくてもいいと言ったはずだが……もしかして返しに来た?

確かに見知らぬ男に渡された物など手元に置いておきたくないか。

でもそれなら捨てればいいし……とさっきと同じく頭が混乱し始める。

とりあえず考えるのをやめようと頭を振り、教室へ戻った。



2限目の体育でも俺は思考がぐちゃぐちゃになっていた。

ハンドボール投げの待ち時間、そんな風にずっと悩んでいたからか、心配して冬馬が声をかけてくれた。(冬馬のクラスとは体育の授業は合同)

「ねぇ、真人。さっきからずっとぼーっとしてるけど大丈夫?どこか体調が悪いとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ……今日は寝不足でな…」

「そっか……ちゃんと寝なよ?」

「あぁ、ありがと───」

冬馬に礼を言おうとしたとき、背後から視線を感じ、咄嗟に振り向いたが、堂々とそびえ立つ校舎以外には何もいなかった。

「?どうしたの?」

「ああ、いや、なんか視線を感じてな…多分気のせいだろうけど」

「そっか。でも真人のそういう勘って割と当たること多いよね。もしかしたら幽霊だったり」

「それはないんじゃないかな…」

「まあ、そうだよね。あ、次僕の番だから。いってくるね」

「うい。いってらっしゃい」

冬馬が踵を返して歩き始めたとき。

またもや背後から視線を感じた。

「……?」

しかし、振り向いても誰もいない…が。

(なんとなく校舎の上のほう……1年生の教室辺りから感じたような……)



あれから2時間ほど経ち、昼休み。

今日は朝急ぎすぎたため、弁当を用意することができなかった。

しかし、だからといって人酔いしそうなほど混み合う食堂や購買に向かう気にもならず、校舎の外にある自動販売機で水を買いに来た。

飲み物を選択して、ICカードをタッチしようとしたとき。

今度は近くの草むらに気配を感じた。

が、当然何かがいるというわけではない。

野良猫か何かだろうかと思いながら水を購入し、近くのベンチに座る。

一口水を飲んだ時、ため息が出た。

今日はまだ半分も終わっていないというのに、気分はさながら放課後だ。

この午前中は昨日と今朝のこと、それに視線と考えることが多すぎてすっかり疲れてしまった。



放課後。なんとか午後の授業も乗り切り(最後の帰りのHRは少し怪しかったが)、俺は伸びをする。

クラスを見渡してみると、大抵のクラスメイトは帰っており、残っている人もほとんどが帰り支度を終え、帰るばっかりだった。

これ幸いとばかりに俺はスマホやネタノートを取り出し、小説を書いていく準備を進める。

そうして10分ほど作業を進めていると、猛烈な睡魔が襲ってきた。

どうせ、俺以外に学校に残っている生徒はいないだろう。残っていても大抵が部活に参加しているはず。

そう思って油断して、眠りについた。


──────スマホやネタノート自分が如月ツキである証拠を広げた状態で。

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