第3話 後宮の事故物件
現国王には、現在、側室が二十人いる。
先王である令月の父には十人いた時期もあったため、好色なのは血筋と世間からは噂されているが、実はここまで多いのは世継ぎが生まれないせいである。
子が生まれても、皆、王女。
王子は生まれても一歳か二歳までしか生きられない。
これは現国王の他の兄弟、姉妹にも言えることで、誰一人世継ぎとなる男の子を産むことができていない。
宮廷では先王の好色のせいで、王子が生まれない呪いにでもかかっているのではないかと言われているほどだ。
それでも、母が違えば……ということで、この数まで増えた。
このままでは、その大勢いる側室の侍女たち同士で相部屋になってしまうのだとか。
侍女たちも自分たちが支えている側室の争いと同じように、対抗意識を燃やしているらしく、合点は困り果てていた。
女の霊とやらをどうにかしなければ、その矛先が後宮を管理している自分たち宦官に向いてしまう……と。
「後宮では御側室同士の争いが絶えないと、俺が住んでいた村でも話題になっていましたが……まさか、幽霊まで出るとは————」
慧臣は令月について後宮の中に初めて入った。
宦官と王以外の男子は基本的に立ち入り禁止の場所となっているせいか、美しい令月と可愛らしい慧臣の二人は後宮の女たちから注目の的となっている。
令月が歩けば、きゃぁと黄色い声援が上がり、髪でもかきあげれば失神者でも出そうだ。
例の幽霊が出ると言われている愛桜堂は、後宮の一番奥にある為、辿り着くまでの間ジロジロと見られていて、慧臣はなんとも居心地が悪かった。
「うわ……」
後宮は人が多いこともあってか、ここまで辿り着くまでの間に見た建物はどれも綺麗に整備され、掃除も行き届いている様子だったが、愛桜堂はもう雰囲気からして違う。
太陽が雲に隠れたわけでもないのに、なんだかどんよりと空気は重く、あちこち壁に穴が空いていたり、ひびが入っていたりしていた。
すぐ近くに立っている桜の木も、なんだか元気がないように見える。
雨が降ったのはかなり前のはずだが、地面には水たまりが少し残っていた。
「ほう……これは、確かに出そうだな」
令月は嬉しそうにニヤリと笑う。
(本当に、こういうものがお好きなんだな。変わっている……)
それがあまりにも楽しそうで、やっぱり自分の主人はおかしいのだと慧臣は再認識した。
「ところで、令月様……」
「ん? なんだ?」
「令月様は、こう言った奇妙なものがお好きなのは理解しましたが、見えるのですか?」
「……何が?」
「ですから、幽霊とか、妖とか……そういう類のものです」
「何を言っているんだ、慧臣————見えないからこそ、面白いんじゃないか」
「え?」
「え?」
「いや、え?じゃなくて……見えないのに、どう対処するのです?」
「…………」
慧臣の質問に、令月は無言だった。
まるで、何を言っているのかわからないというキョトンとした表情をしている。
「いや、あの、ですから……ここに本当に幽霊がいたとしてですよ、除霊とか、清めるとか、どういう対策をなさるのかわからないのです。どうするつもりですか? どうこの問題を解決すると……?」
「ああ、なんだ、そんなことか」
令月はやっと慧臣の質問の意図がわかって、ポンと手を打った。
「確かに普通なら、見えないし、除霊などの対処もできないだろう。だが、私の収集品には、それができるものがあるのだ」
「それとは……?」
令月は懐から小さな白い塊を出して見せた。
よく見ると、顔のようなものが書かれており、達磨のような形をしている。
「なんですか、これは?」
「『
「いないと……?」
「白いままだ。危険な霊であればあるほど、より赤に変わるそうだ。倭国から来た商人から買った。霊媒師の能力が込められている代物で、感度は良好だぞ?」
「はぁ……」
(霊媒師————なんだか嘘くさい……)
「そして、次はこれだ」
今度は孔雀の羽でできた鮮やかな緑色の扇子を取り出した。
「これは、『
「はぁ……」
(これも嘘くさい……)
慧臣はどれも信用できなかった。
令月本人には、なんの力もないようだ。
こんなに何かできそうな雰囲気を醸し出しているというのに……
「まぁ、とりあえず中を確認してみよう。その女の霊がいるなら、この幽霊探知達磨が反応するだろうしな」
つかつかと中に入っていく令月と、怖がって青い顔をしている合点の後に続いて、慧臣も中に入った。
最初に目についた部屋の中は中途半端に綺麗になっていて、その近くには真新しい箒やハタキ、汚い水の入った桶と、雑巾が落ちている。
掃除の途中で例の女の声を聞いて、みんな逃げ出したのだろう。
「うーん……どの辺りで声がしたんだ?」
「この奥の部屋です。当時の記録で残っているものを確認したんですが、自殺した女官は、この梁に紐を垂らして、首を————」
合点が女官が死んだとされているその場所を指差したが、令月には何も見えなかった。
手に持っていた幽霊探知達磨も、全く色が変わらない。
「なんだ、何もいないじゃないか。つまらん」
「本当ですね……何も聞こえません」
「ただの聞き間違いだったんじゃないか?」
令月はそう言って、残念そうな顔で振り返った。
「……ん、どうした? 慧臣、そんなに驚いたような顔をして————」
ところが、慧臣は違う。
見えている。
令月と合点がその部屋に入った瞬間から、慧臣にはそれが————
(なんで見えてないんだよ!! やっぱり、インチキじゃないか!!!)
不満そうな令月の目と鼻の先に、青白い女の霊が口から血を流して立っているのが、はっきりと見えていた。
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