深層標本ー瓶詰めの物語たちー
ヨルトキト
0話 からっぽの箱庭
それは、とある者たちの告解から始まる。彼らは祈りのように手を組んで、誰にも告げない懺悔を述べる。
「私たちは月を砕いて埋めました」
「私たちは罪人なのです。真夜中の空と海の底が混ざったのは私たちのせいなのです」
「許されたいとは言いません」
「けれど、どうか私たちの罪が昇華されるように祈ります」
四人の罪人は、やがてこの箱庭を支配する上位存在になる。この、何もないからっぽの王国の空いた王座を埋めるために。
仄暗い空間に、紡がれ産み落とされた世界の破片が漂う。破片は一つの場所に集まり、やがて物語のない小さな箱庭になった。
それは、空っぽで空白の箱庭。なにもなく、物語が存在しない時が止まった小さな王国。生き物は生まれてこず、黒い澱みと白い霧に覆われた森と空き地だけが存在している、存在意義の感じられない空虚な場所である。
ならば、と罪人になった彼らは誓う。私たちは他の世界から物語のかけらたちを奪い、招き入れる存在になろうと。
時間だけはいくらでもある。その間にいろんなことを考えて仕込んで罠を張ればいい。そうすればきっと、何かにはなれるだろうから。
そうして準備して長い長い時間をかけて。ついにその時はやってきた。
それを一番初めに見つけたのは「人間」である少年だった。
「ねえ」
少年はそれを戸惑ったように見つめている。輝きに満ちたそれは、物語のかけらとしてふさわしい存在感を帯びていた。
森の中で人間が見つけたのは、白髪の少年。どこかの物語の主人公だった魔法使いが、眠るようにして横たわっている姿だった。
綺麗だ、と人間は感想を抱く。このままずっと眺めていたいし、あわよくば彼と会話がしてみたいと思った。
「──おい」
誰かに呼ばれて人間は飛び上がる。振り返った先には自分とそっくりそのまま同じ姿をした人──同じく人間と呼ばれる、名前のない存在が立っていた。
「見つけたのなら、回収を忘れるな」
「……はい」
声をかけてきた人間は回収用の箱を準備する。ふと疑問に思い、彼は箱を準備しているその同じ存在に聞いてみた。
「貴方は彼を見て何も思わないのか?」
「……何の話だ?」
奇妙なものを見る目で見られ、人間は黙り込む。その間に名前のない存在は箱の中に少年をしまい、施設に運ぶ準備をしている。
意思を持たない者にとっては、回収するものが人の形をしていても何も感じない。ただ施設に運搬するために己の役割をこなすだけだ。それがわかっているから、最初に彼を見つけた人間も己の役割のために行動をした。
……もしも。いつか、きっと。
それは人間の中にわずかな欲望──大きく羽ばたくための、人格が生まれた瞬間だった。
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