3章 ヴァルキリーと慰霊祭
第21話 生者の慰霊祭
例の事件から一週間あまり時が経った。
結局、私たちを襲ったあのふたり組のことは名前すらわからない。荒くれや浪人が多い国だ。素性を知るのは難しいらしい。それに、事件のことを気にしているのはイワン団長のような一部の人間だけのようで、特に話題に取りあげたりもしないらしい──一国の王女に脅迫文を送った輩たちかもしれないのに。
だが、そう思っているのも私だけのようで、今日も変わらない日々が続く……と思ったのだが、ここ数日は城の中はバタついているようだった。特にエミールさんは激務が続いているらしく、珍しくも顔に疲れが出ている。
「あの……大丈夫ですか? 随分とお疲れのようですけど……」
居室で怪我をした腕の包帯を変えてもらっている時に尋ねてみると、エミールさんは「あら」と驚いたように目をみはったあと、すぐに微笑んだ。
「ご心配おかけして申し訳ありません。この時期はいつも忙しくて……ですが、侍女みんな同じなのですから、そんなことも言っていられませんよね」
と、視線を落とすエミールさんだったが、やはり疲れが全身からあふれ出している。とはいえ、私にはその忙しい理由が相変わらずわかっていない。
「差し支えなければでいいんですけど、この城で何かおこなわれるのですか?」
なんとなしに尋ねてみると、エミールさんに「え!?」と驚愕された。しかし、すぐに私が外国人……という
しかし、エミールさんには困ったような顔をされた。どうやって私に説明しようか迷っているようだ。
「失礼ですがセナ様……この国に来てから誰かから恒例行事等の説明は受けましたか?」
「いえ、特に何も……」
「そうですか。そうですよね。それに多分、そういった機会も訪れなさそうです」
意味深なことを言うエミールさんに思わず首を傾げる。しかし、そんな私の横でエミールさんは遠い目で窓の外を眺めた。
「明日から慰霊祭が始まるのです──亡くなられた、サイラス王子の」
「サイラス王子の……」
名前を口にしただけでもやもやした。サイラス・クレスウェル王子。この国の第二王子であり、セレニア様の本名だ。聞くと、サイラス王子が亡くなって明日で十年になるらしい。
──そういうことにしているだけであり、サイラス王子は生きている。今だって部屋のベッドの上でごろごろ寝転がっているはずだ……セレニア姫として、だが。
「……私たちにしてみれば、いい気分じゃないですね」
「……そう。その感覚が普通です。けれども私たちは、その感覚を抱くことは許されない。そんなことを言っていいのは私の前だけですよ、セナ様」
口調は優しいが、エミールさんに忠告されてしまった。この慰霊祭に疑念を抱くのは禁忌。なんせ、国が一丸となって彼の死を誤魔化しているのだから。
いや、彼の死というよりかは、彼女の死、と言ったほうがいいか。
おそらく、この日に亡くなったのは本物のセレニア様だ。それをなんらかの理由で隠さざるを得なかった。それも、第二王子であるサイラス様を犠牲にしてまでだ。
けれども、今はここから先を聞く時ではない。少なくとも、エミールさんには聞けない。今もなお、窓の外を眺めて苦しそうに顔を歪める彼女には。
「──はい、できましたよ」
エミールさんの声で我に返る。ふと腕に触れてみると、今日もしっかりと包帯が巻かれていた。お疲れのうえに私の手当なんて勤務外なのに、この迅速で丁寧な対応には頭が下がる。
「それでは、私はこれで」
エミールさんが頭を下げて居室を去る。もうすぐ私の勤務だ。もう直入れ替わりでハースト様がやってくるだろう。
それにしても、第二王子の慰霊祭か。
生きている人間の慰霊祭。エミールさんには言われてしまったが、やはり考えれば考える程フラストレーションが溜まった。
だって、この国の第二王子は生きている。生きているのだ。それなのに、死んだことにされるなんて、私なら耐えられない。ましてや、自分の慰霊祭をやられるなんて……。
そんなことを考えていると、やがて居室の扉がノックされた。勤務交代だ。
きっと明日のことでセレニア様は気分が沈んでいるはず。セレニア様になんて声をかけよう。そうやって思っていたのに、セレニア様は今日も変わらずベッドの上に寝転がっていた。
「……なんだお前。そんな間抜け面を浮かべて」
私の顔を見てセレニア様が顔をしかめる。この失礼な言い草もいつもと同じだ。見たところ落ち込んでいる様子も、物思いにふけている様子も見られない。なんだか拍子抜けだ。
「す、すいません……明日の慰霊祭のことを考えておりまして……」
「慰霊祭? ああ、そういえばもうこの時期か。どうりでエミールが疲れていると……」
と、セレニア様はむくっと体を起こし、胡坐をかいて自分の太ももに肘をついた。勿論、着ている服はドレスである。
「あの……失礼ですが、セレニア様は明日のことをなんとも思われていないのですか?」
ドキドキしながら聞いてみると、セレニア様に「あ?」とガン付けられた。しかし、そこには覇気はなく、すぐにため息へと変わる。
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