第83話 黒幕
ヘルートとカテナがその二人に出会ったのは、ジルヴェラまであと一日の距離にある寂れた集落だった。
宿代わりの人家に泊めてもらった二人は、そこで旅装の男二人と相部屋になった。
「あんた方も、永久氷壁を見に行くのかね」
夕食を終えてくつろいでいると、男のうちの一人が粗野な口調で話しかけてきた。
「うん、そうだよ」
カテナが答えると、男は呆れたように首を振る。
「年寄りと子供だけで、世界で一番恐ろしい場所に行くのかい。物好きもいたもんだ」
「おじさんたちだって永久氷壁に行くんでしょ?」
カテナの問いに、男は顎だけで頷く。
「ああ。ちょいと野暮用があってね。人を待ってたんだ」
「人を?」
「そう。人を」
男の口調に、何か含むものがあった。
カテナは、急に不安になって二人を見た。今日までヘルートと旅を続けてきた彼女の、危険に対する感度は常人よりも鋭かった。
話しかけてきた方の男は、やけに熱心な目でヘルートの方を窺っている。もう一人の男はすっぽりとフードをかぶったままで顔も見せようとしない。
「それで、三日ほど滞在させてもらっている」
男は言った。
「こちらの方が先に着いてしまったようなのでね」
静かな口調だったが、その目の奥には危険な光があった。
「……おじさんたち、誰?」
カテナは後ずさりしてヘルートの背に隠れた。
「誰を探しているの?」
「ヘルートという名の、魔法使いのじいさんさ」
男は言った。
「噂では、お嬢ちゃんくらいの小さな女の子を連れて旅をしているらしい」
「知らない」
カテナはヘルートの腕にしがみつく。
「ね、おじいちゃん」
「ええ。儂の名前はグリモールと申します」
ヘルートは言った。
「グリモール」
男はその名を聞いて噴き出した。
「おかしいな。あんたはそんな名だったかな」
「あまり感心しませんな」
ヘルートは目を細めて男を見やる。
「何がだい」
「あなたたちのその悪ふざけがですよ」
ヘルートがそう言うと、男は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに肩を揺らして笑い始めた。
「見抜かれたか」
「見抜くというほどの大層なものではありませんが」
ヘルートは肩をすくめる。
「あなたとは一度会っておりますので」
「会っているとはいえ、顔が違うであろう」
「あっ!」
カテナは思わず声を上げた。男の顔がぐにゃりと歪んだかと思うと、全く別の男の顔に変わったからだ。
カテナが会ったことのない、険しい目をした初老の男だった。その顔に、斜めに古傷が走っていた。
「カテナさん、紹介しましょう」
ヘルートは言った。
「“光の剣”の偉大なる魔法使いトリア卿です」
「えっ」
絶句するカテナを見て、トリアは顔をしかめた。
「偉大などと、意地の悪いことを。今は罪を背負って死に場所を探す身だ。人にこの顔がばれると厄介なのでな」
「あなたがトリア卿だということは、そちらの方は」
「いや、申し訳ありません」
そう言いながらフードを下ろした男性の顔は、カテナも知っていた。
「大神官様」
それはヤヌアルの街のケルム大神殿の主、大神官クインクだった。
「トリアがどうしてもこのいたずらをしたいというので、やむなく付き合いました」
「いたずらではない」
トリアは言下に否定した。
「まだこの老人が耄碌せずにいるのかどうか、確かめただけだ。指名手配まで食らっておるのに、のんびりと本名で旅をしているのではないかとな」
「まあそういうことにしておいてやってください、ヘルートさん」
クインクが呆れ気味の笑顔で言うと、ヘルートは真面目な顔で首を振った。
「儂はグリモールと申します」
「ああ、そうでしたね」
クインクが頷き、トリアが苦笑する。
「そんな小細工を弄さずとも、こんな辺境まで指名手配書が届くことはない」
「孫娘と、そういうことにしようと約束したものですから」
「孫娘?」
「ええ。孫娘と」
ヘルートはカテナの頭を撫でる。
「うん。ね、おじいちゃん」
カテナがヘルートをそう呼ぶと、クインクが笑顔で頷いた。
「なるほど、祖父と孫の二人連れですか。その方が自然でしょうね」
「そういうわけで儂はグリモールですが、しかし、お二方がここでヘルートを待っていたということは」
ヘルートの目が鋭さを取り戻す。
「永久氷壁に何かのっぴきならないことが起きているのですか」
「ああ。特務部隊の動向はクインクが、魔物の動向は私が見張っていた。その両方の動きが、あるときを境に一点を同時に指したのだ」
トリアが声を低めた。
「永久氷壁だ。奴らは、あそこで何かを企んでいる。だから老人、あんたをそのまま一人で行かせるのはまずいと思い、ここで待っていた」
カテナが息を呑む。
「裏で全てを動かしている人物も分かったのです」
クインクが言った。
「特務部隊の不可解な動きと、強力な魔物の相次ぐ出現。信じたくはありませんでしたが、彼が黒幕だったのであれば、全てが繋がるのです」
「誰ですかな、それは」
ヘルートは静かに聞いた。
「何となく、予想は付いておりますが」
「ウヌム」
クインクは言った。
「国王特別顧問の職にある人物です。そして」
その言葉をトリアが継いだ。
「我々“光の剣”のリーダーとして、炎王龍を討った男だ」
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