文芸部の読み専と帰宅部の書き専~読み専カノジョのゴーストライター始めます~

マキマキ

第1話 文芸部の読み専と帰宅部の書き専

「私、文章が書けないの! だから小説を書くなんて出来たもんじゃないから…! だから、私のゴーストライターになって代わりに小説、書いてくれない?」


「え………ええええええええええええ!?!?!?!?」


***


高校入学から早一か月、部活動見学からの入部までを学年全体で一通り済ませた頃、僕は部活に入らず、図書室で一人、小説を書いていた。

小説を書くのなら、文芸部にでも入ればいいじゃないかと思うが、

僕は誰かに見せるつもりも見てもらいたいこともない、ただの自己満、自分で書いていて馬鹿馬鹿しく感じるような内容の物だ。部活に入ってまでやりたいことでもない。だから僕は部活には入らなかった。


「ふぅ…そろそろ帰るか…」


ノルマってわけでもないが、切りの良いところまで書けたので今日はここまでにして帰ろうと思ったのだが、その時、背後に人の気配を感じた。

この放課後の時間帯、図書室を使うのは自習ぐらいなもので、席を立つ必要などないはずなのだが…

恐る恐る後ろを振り向くと一人の女の人が立っていた。


「もしかして小説書いてるの?」


と、質問してきた彼女には見覚えがあった。

同じクラスの好本よしもとうたさん、今年度の首席入学者であり、入学式の代表挨拶で見せたそのとても魅力的な容姿から、すぐさまファンクラブが作られ、クラス、学年を超えて、この高校のマドンナとして入学初日にして上り詰め、僕とは一番縁がなく、決して交わることのない雲の上の存在の人だ。


「か、書いてます…」


馬鹿にされると思った。今までも書いてる所を見られ、幾度も馬鹿にされてきた。僕は見られないように図書室の一番端の奥にいたのだが、見られてしまった。寄りにもよって、この高校で一番可愛いと言われ人気のある好本さんに。

そんな影響力のある好本さんに小説を書いている事を広められたら…

僕の高校生活は1ヶ月で終了だ。


「どのジャンルの小説書いてるの?」


「えっと…、か、簡単なミステリー小説を…」


好本さんの口から出てきたのは、僕が小説を書いている事を馬鹿にする言葉ではなく、単なる小説の質問だった。


「えっ! 東野ひがしの君、ミステリー小説書けるの!?」


「い、一応…、というか、東野君って…」


「あれ? 違ったっけ? 同じクラスの東野ひがしの悠翔ゆうと君だ…よ…ね?」


不安げに好本さんは聞いてくるが、その名前に間違いはない。

僕の名前は東野悠翔だ。

あの好本さんに名前を覚えられている、それだけで一万字は余裕で書けそうだった。

それくらいクラスの最底辺に位置する僕にとって嬉しい事であった。


「は、はい、合ってます。東野です」


「良かった、間違えちゃったかと思ったよ」


そう言い笑いながら、好本さんが隣の席に座る。

隣の席に座る???

席替えで僕が隣だった事で泣いてしまった女子がいた事があるのに?


「東野君って小説書けたんだ、全然知らなかった」


「まぁ、公にしているわけでもないので…」


人生で母親以外の女の人とほとんど話したことがないのにもかかわらず、ましてや好本さんとなんて、緊張しないで会話がする方が難しい。


「それで、東野君に聞いてほしいことがあるんだけど」


「と、突然、なんですか?」


「それはね…」


何を聞かされるのかと思ったのだが…


「ううん、ごめん、ここじゃ言えない」


好本さんは言ってくれなかった。


「東野君が大きな声出しちゃうと思うから。図書室ではお静かに、ね?」


ニヒッと笑いながらシーっとするように人差し指を口に近づける。

その姿がとても可愛らしかった。


「東野君、この後空いてる? ちょっと付き合ってくれない? この話の続きをしたいから」


「は、はい」


その姿に見惚れていた僕は無意識のうちに返事をしていた。

大きな声を出してしまう…、そんな大変な事を僕に、なぜ?


***


高校帰り、友達と何処かに寄って、他愛もない馬鹿話をしてみたいと思っていたが、まさか好本さんと馬鹿話ではないと思うが、カラオケに寄ることになるなんて…

明日、僕は死ぬんじゃないだろうか?


「カラオケならどんなに大きな声を出しても、防音だからだれにも迷惑かけないよね!」


カラオケですら来るのも初めてなのだが、すごく怖かったのが、受付の人だ。当たり前なのだが、受付の人からどうして見るからに友達もいなさそうなお前がカラオケに来ているんだと思っていそうで、いや、思っているだろう。とてつもない恨みを買った気がする。そのうち呪い殺されるかも…


「どうしたの? 東野君、さっきから一言も喋らないけど。もしかして体調とか悪い? あっ、分かった!」


好本さんが座ったまま近づいてきて、耳元で囁く。


「緊張してるんでしょ」


「ひゃ!」


不意打ちでも何でもない、分かっていたのに、人生で一番変な声が出てしまった。


「ひゃ!だって、やっぱり緊張してるでしょ~、高校で1番可愛いと言われている私と2人きりでカラオケなんて、絶対に起こらない展開だよ〜、もっと楽しまないと〜」


ニヤニヤしながら、僕をまるで嘲笑うかのように一度離れた距離を再度縮めてくる。

高校で1番可愛いと言われている好本さんの裏が垣間見えた気がして、僕は帰ろうと席を立ち上がった。


「も、もしかして帰っちゃうの!? ごめん! からかいすぎたのは謝るから! 本当はそんな事思ってないから! 話だけでも聞いてくれない!? このままだと…私…」


このままだとどうなってしまうのか、気になったのもあるが、僕の良心が少し痛んだ。

もしかしたら、こうやって思わせられてるのも好本さんの策略なのかもしれない。


「………話聞くだけですよ、内容次第では帰ります」


「良かった! じゃあ、早速だけど聞いてくれる?」


これから一体何を聞かされるのか、僕は想像も付かなかった。


「私、本を読むのが好きなの。読み専なのね」


そう言いながら、好本さんはバックの中から一冊、二冊…計五冊もの本を取り出し、テーブルの上に積み上げた。

いくら本好きの読み専とは言え、常に五冊もの本を携帯しているなんて人はそうそういないだろう。


「だからね、文芸部に入ったの」


好本さんが文芸部に入ったというのは聞いた事がある。

好本さんが文芸部に入った事で今年の文芸部の入部者が去年と比べて何倍もの人数になったらしい…あくまで噂程度だが。


「で、私知らなかったの。小説書かないといけないんだ、って」


「え? ど、どういう事ですか?」


「文芸部って一年に三、四回くらい文芸部のみんなが書いた自作小説を集めて、一冊の冊子にして配るのね。けど、私は入部してからその事を知ったの」


「でも…文芸部ってそういうものじゃ…?」


まさか文芸部っていうのは本を読むだけの部活だとでも思っていたのだろうか?

そんな事、好本さんに限ってあるわけが無い。


「私、文芸部って、てっきり本読むだけの部活だと思ってたの」


「………」


そのまさかだった。普通そんな勘違いするだろうか?

いくら文芸部について知らなくても、本を読むだけでは無い事は流石に分かると思うのだが…


「……それで、それが僕と何の関係があるんですか?」


「82点…」


「は、82点?」


「私の国語の入試の点数…」


「凄く高いじゃ無いですか。まぁ、入学者代表ですし、当たり前ですけど…」


「違うの! 落とした18点、全部記述問題なの!」


「………え?」


「私、文章が書けないの! だから小説を書くなんて出来たもんじゃないから…! だから、私のゴーストライターになって代わりに小説、書いてくれない?」


「え………ええええええええええええ!?!?!?!?」


「良かった、こうなると思ってたから、カラオケに来て良かった」


は? 僕が? どうして好本さんのゴーストライターに? なんで僕が?

もっと僕の他にいい人は探せばいるはずなのに…


「………ど、ど、どど、どうして僕なんですか?」


「ん〜、どうして東野君って理由はないかな」


「じ、じゃあ、なんで…?」


「たまたまだね。たまたま。私の代わりに書いてくれそうな人を探してたら、たまたま小説を書いてる東野君を見つけた。ただそれだけ」


単なる偶然であるなら、僕である事に必要性は無い。というか、文芸部の友達とかに書いてもらうとかは出来ないのだろうか?


「あの、文芸部の友達とかに代わりに書いてもらうとかは…?」


「…それも考えたんだけど、みんな自分の小説で手一杯らしくて…」


「そうですか…でも……」


自分の小説なんて誰かに見せるようになんて書いた事がない。

ましてや、好本さんの作品として好奇の目に晒されるなんて、下手すれば好本さんに悪い影響が出てしまうかもしれない。そんな責任、僕が背負えるわけがない。


「………うん、やっぱり他の人を探すよ。今日は付き合ってくれてありがとね。お金置いてくから、このままカラオケで歌ってもいいし、すぐに帰ってもいいよ。それじゃあね」


好本さんが部屋から出て行こうとドアに手をかけ、出ようとした時、僕は気づいたら声を上げていた。


「書きます、好本さんのゴーストライターになります」



毎週火、金、日、更新予定です。

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