テシアを探して1

 ビノシ商会には臨時休業の札がかけられていた。

 朝早くなので道行く人は少ないがビノシ商会の休業の知らせにはみなチラリと視線を向けて去って行く。


「おはようございます、キリアン様」


「おはようございます」


 そんな店のわきで壁に寄りかかって立っているキリアンにハニアスは声をかけた。


「お待たせしてしまいしたか?」


「いえ、俺も今来たところです」


 実は少し前から来ていたキリアン。

 先にビノシ商会に入るか迷ったけれど昨日の雰囲気を見るにハニアスと一緒の方がいいだろうと思って待っていた。


 ハニアスはマリアベルに吐き出したせいか眠れたがキリアンはよく眠れていないのか少し顔色は良くない。

 だがキリアンもテシアを助けようとしてくれているのでハニアスも止めるつもりはなかった。


 ビノシ商会のドアの鍵は開いていた。

 中にいた人たちはハニアスの予想とは違って屈強な男たちで、一斉に視線を向けられて少し怯んでしまった。


「昨日のお嬢さん……えと、ハ……」


「ハニアスです」


「そうだ、ハニアスさん。こいつら見て普通でいられるなんてなかなか肝が据わってるな」


 内心怯みはしたけれど見た目的には大きく変わりない。

 一瞬入る建物間違えたかなと思ったほどだがハニアスに声をかけたガダンからは平然としているように見えた。


 ガダンの格好は昨夜と変わりがない。

 なのに服にはところどころ赤黒いようなシミが増えていた。


「会長は上だ。ついてこい」


 一介の商会の人たちにしては中々腕っ節が強そうだなと思いながら通り抜けてガダンについていく。


「会長、ハニアスさんです」


 開かれたドアをノックして来客を伝える。


「ああ、どうもおはようございます。どうぞお入りください」


 会議室のような部屋にはダイコクの他に昨夜見た支部長など数人の人が集まっていた。

 ハニアスとキリアンが席に着き、ガダンはダイコクの後ろに立つ。


「では話を始めましょうか。昨日黒いコインの貴人の代理であるハニアス様から受けた情報によると黒いコインの貴人であるテシア様がさらわれてしまったのです。そこで急遽情報を集めました」


 ここに集まっているのは幹部以上の人。

 テシアの存在は基本的には秘密であるが支部長クラスでは黒いコインの貴人の話はしっかりと伝えられている。


「死体も回収し、身元の確認もしました。黒狼会であることは間違いなく、丁寧に質問した結果ボスであるクォンタナという男の直属の部下があることが分かりました。

 相手は間違いなく黒狼会です。そこでテシア様をお救いするために黒狼会の隠れ家を攻撃します」


 一晩でなにをしたのか知らないがダイコクがテーブルの真ん中に広げたゲレンネルの地図の数カ所には赤い印が付けてあった。

 それが黒狼会の拠点の位置であった。


 テシアがどこに捕われているかまでは分からなかったのでそれなら拠点を全て潰してでも探し出すつもりである。


「動きを把握されにくいように複数ヶ所同時に攻撃を仕掛けます。幹部級は捕らえて口を割らせますがそれ以外は殺してしまって構いません」


 なかなか冷酷な宣言にハニアスの表情も固まる。


「元々黒狼会はかなりダーティなことをしていて証拠もあります。少なくともこの件で皆さんが捕まったりすることはないようにします。この国にビノシ商会の支部が置けなくなろうと皆さんのことは守ります」


 しかしダイコクもただ攻撃を行うのではなく攻撃を行うにたる一定の理由も用意していた。

 ゲレンネルで商売をするに当たって商売相手だけでなくその地域における様々なことを調べ上げてビノシ商会は店舗を出していた。


 当然ゲレンネルで幅を利かせている黒狼会についても調べていた。

 かなり危うい商売に手を出していることも掴んでいた。


 今回のことで暴れても逮捕されて罪に問われる人を出さないようには考えていたのである。

 ダイコクには有無を言わさぬ圧力があってハニアスも静かにその言葉を聞いていた。


 味方のことを思いやりながらもテシアを助け出そうという決意を感じる。


「大切なのはあなたたちの命とテシア様です。テシア様も救出してほしいですが命を投げ出すことをないように。そうされると私がテシア様に怒られてしまいますからね」


 最後に少し微笑んでみせる。

 ダイコクはテシアが無事であり、ちゃんと救出されると信じている。


 テシアが助け出された時にダイコク側に死人が出ていたり、捕まってしまうようなことをテシアが望まないのはダイコクも分かっている。


「ガダン、どれぐらいに分けて動けそうですか?」


「基本はごろつきの集まりだ。そんなに強くはない。今いる人数なら3つに分けてもそれぞれの拠点潰せるはずだ」


「ではそうしましょう。ただ一般の方は巻き込まないように気をつけてください。ではすぐにでも動きましょう」


 ダイコクの言葉一つで大人たちが一斉動き出す。


「あの、私たちも手伝います」


「ええ、ではお願いします。ガダン、あなたの部隊にお二人を」


「分かりました」


「……テシアさんって何者なんですか?」


 とんでもなく動きが早い。

 商会がここまでして動いてくれるというのは何事なのかキリアンには理解ができなかった。


「私にもよく分かっていません」


 テシアがビノシ商会の真の持ち主であることは知っているけれど、それはハニアスの口から言うべきことじゃない。


「いいか! 今から部隊を3つに分けて黒狼会の拠点を潰す! レルシド、三と四を連れて東側の拠点をやれ!」


 一階に降りると視線がガダンに集まる。

 レルシドと呼ばれた女性が前に出てガダンから攻める拠点が記された地図を受け取る。


「行くぞ!」


 行動は早く、すぐさま商会を出て行く。


「ネスドダニ、お前は五と六を連れて南側だ」


「はっ、分かりました」


 腰の両側に一本ずつ剣を差したネスドダニが地図を受け取って出発する。


「一とニは俺についてこい。黒狼会の本部を潰すぞ」


 後にゲレンネルの犯罪者たちが血の粛清と恐れ上がり、教会の正史には聖女の世直しと記録されることになるテシア探しが始まったのである。

 だいぶ日が登ってきたので町中に人も増えてきた。


 ピリついた雰囲気をまとってゾロゾロと集団で歩くガダンたちを見て町の人たちがサッと道を開ける。

 向かった先には大きな屋敷があった。


 元々はどこかの商会の建物であったが今は黒狼会が本部として使っていた。

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