イケメンを捧げよ2

「けれど荷物はあります」


 村にはテシアたちとキリアン以外には余所者はいない。

 つまり宿に泊まっているのはキリアンだけである。


 ドアが開け放たれたままの部屋の中に荷物が残っていた。

 泊まっていたのがキリアンしかいないということは客室に置いてある荷物はキリアンの物ということになる。


「しかし……荒れた様子はない」


 盗賊との戦いでキリアンがかなりの実力者なことは分かっている。

 黙って連れ去られるとは考えにくい。


 けれどどこにも戦ったような荒れた跡がない。

 自らついていった可能性も少しだけある。


「それにしたってどこに行ったんだ?」


 人が忽然と消えるはずはない。

 となるとどこかにはいるはずである。


 けれどどこに?

 村人たちが行きそうな場所になど心当たりはない。


「……村の西側に畑があります。その近くに岩山があって洞窟みたいなものがあるんです」


「洞窟?」


「普段は畑からも丸見えで、その上板を立てかけて塞いであるので近寄ったことはないのですが明らかに怪しい雰囲気があります」


「行ってみよう。どうせ他に心当たりもないんだ」


 あまりウダウダと悩んでいるとキリアンが生贄にされてしまうかもしれない。

 村の西側にある畑の方に回ってきた。


 日も昇ってきているのに畑仕事をしている人もいない。


「塞がれてない……」


 メリノの話によると畑からも見える岩山の洞窟があるという話だった。

 盛り上がったような小さい岩山があり、その根元に口を開けたような洞窟が見えていた。


 普段は木の板で塞がれている洞窟の入り口は開放されている。


「あなたはここで待っていてください」


 洞窟までの間には畑しかなく隠れられるような遮蔽物はない。

 万が一を考えてメリノには離れたところで待っていてもらう。


 テシアとハニアスで素早く洞窟まで近づく。


「声が聞こえますね」


 何かに向けて語りかけるような言葉が洞窟に近づくと聞こえてきた。

 洞窟の中を覗き込む。


「うん、キリアン、そして村人たちだ」


 洞窟の真ん中にキリアンの姿が見えた。

 下着一枚の裸にひん剥かれ、木に縛り付けられている。


 そしてその周りに村人たちがいる。

 キリアンを縛り付けている木の上には蛇の頭を模したような奇妙な造形物が載せられている。


 そして男性神官が蛇の頭に向かって祈りを捧げているのだ。


「あれは何をしているのでしょうか?」


「さあね。だけど良くないことだけは分かる」


 このまま何をしようとしているのかは知らないがキリアンが放っておけばどんな結末を迎えるのかは見えている。

 洞窟の奥に骨がいくつも積み重なっている。


 どう見たって人間の骨だった。

 このままキリアンを放置していけばあの骨の中に仲間入りしてしまうことだろう。


「薬でも盛られたようだな」


 キリアンを助け出さねばならない。

 けれど肝心のキリアンであるが目は開いているのにぼんやりとウツロな目で地面を見つめている。


 意識があるのにない、みたいに混濁している様子に見えた。

 無抵抗なことがおかしいと思ったけれど抵抗できないように薬を盛られでもしたようだった。


 あの様子ではキリアンは動くこともままならない。


「仕方ない……キリアンのところまで一気に走り抜けるぞ」


「分かりました」


 最初に盗賊を倒した時にはかなり緊張しているようだったが、一度そうした状況を経験したからかハニアスも落ち着いていた。

 肉体派は鍛えるだけでなくちゃんと肉体を動かせることも必要なのである程度戦える。


 村人には遅れは取らない。


「行くぞ!」


 テシアは鞘に納めたまま洞窟の中に走り出し、ハニアスもそれに続く。


「な、なんだ! ぐわっ!」


「ぎゃあ!」


 テシアは鞘のついた剣を振り回して村人を殴り飛ばしながら一気にキリアンのところまで走り抜けた。


「お、お前らは!」


「やめるんだ!」


 テシアは剣を鞘から抜くとキリアンを縛り付けているロープを切り裂いた。


「近づかないでください」


 村人がテシアを止めようとしたけれどハニアスが大きくメイスを振って近づくことを阻止する。


「おっと」


 力なく倒れてくるキリアンをテシアが受け止める。


「キリアン、朝だよ」


 テシアが耳元で優しく囁く。

 そんなことで薬の効果が消えて起きるなんてこと思いはしない。


 テシアからキリアンに光が広がっていく。

 包み込むような光は見ているだけでも温かく、神々しさも感じられた。


 するとウツロだったキリアンの目に光が戻ってきた。


「母上……もう少し寝かせてください」


「それは無理な相談だね」


「えっ……あっ、えっ!?」


 寝ぼけたキリアンの言葉にテシアが軽く笑いながら返す。

 キリアンはまだ寝ぼけながら顔を上げるとそこには視界いっぱいのヘルム。


 ややシルバーがかってみえる青い瞳だけがヘルムの奥に見える。


「ここは……あれ、なぜ裸……ええっ?」


 周りを見ても状況は理解できない。

 ただ今自分が大勢の人の真ん中で裸になっているということだけは分かった。


「なっ……あの薬の効果を一回で……高位の神官か!?」


「薬……? 一体何が?」


「細かに説明してあげる時間はない。彼らは君を生贄にしようとしたのさ」


「い、生贄?」


「戦ってこの場を切り抜けるか、そのまま生贄になるか選ぶんだ」


「……武器は?」


「ない。相手は一般的な村人だ。素手で制圧するんだ」


 そう言いながらテシアは剣を鞘に納めて構える。

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