肉体派大主教、肉体派大主教の弟子3

「それでは2日後にまたこちらに来ます。その時までにお金を含めて用意お願いします」


「承知いたしました」


「ああ、あと……」


「なんでしょうか?」


「この辺りで美味しいスイーツのお店はありませんか?」


「それでしたら向かいにあるお店がおすすめですよ」


「ありがとうございます。では本日はこれで」


 テシアはビノシ商会を出るとジーダムに教えてもらったスイーツ店に入った。

 本当に真向かいにお店があった。


「何か聞きたいのなら聞いてもいいですよ」


「答えてくださるんですか?」


 頼んだスイーツが運ばれてくるとハニアスは嬉しそうに口の端を上げていた。

 さすが商会の支部長として働いているだけあって情報にも通じている。

 

 スイーツは期待に沿える美味しいケーキであった。

 最初はスイーツを楽しんでいたハニアスだがビノシ商会での会話を思い出してしまった。

 

 テシアが何者なのか気になってしょうがない。

 見つめてしまうハニアスが何を考えているのかは無表情でもよく分かる。


 マリアベルには余計なことは聞くなと言われているけれどテシアは聞いてもいいと言う。


「テシア様は何者ですか?」


 口の端にクリームをつけたままのハニアスは真っ直ぐにテシアの目を見つめる。


「何者か……ですか。それに答えるのは難しいわね。まだ私は何者でもない、ただのテシアだから」


 テシアがジェスチャーでクリームがついてるよと教える。


「ただ今聞きたいのはそうした答えではないでしょう」


 ハニアスがクリームを舌でぺろりと舐めとった。


「ビノシ商会は私の商会なのです」


「……はっ?」


「あの商会の本当の持ち主はこの私。黒いコインの貴人はビノシ商会の本当の主人を示す暗号ということ」


 ポカンとハニアスが口を開けて驚いている。

 ようやく無表情を打ち崩せたような気がしてテシアは笑ってしまう。


「どういう……」


「それ以上は秘密」


 テシアはハニアスにウインクする。

 女というのは謎がある方が美しく見えるものだ。


 まだハニアスとの交流も浅いので秘密の全ては教えない。

 ただテシアがビノシ商会の本当の主人であるということは秘密であり、ハニアスはその秘密の大きさに気がついていない。


 ちょっと無表情を崩してみたくなったのだ。

 ハニアスなら他に言うことはないだろうし、バレても特に問題はない。


「ここは私の奢りだから今の話は秘密ね」


 もう一度ウインクする。

 テシアが追放された皇女であるということはハニアスも知っている。


 しかしそれだけではない何かがあると感じていた。

 少なくともマリアベルの友人である以上はやっぱりただの人ではないのだなとまだ表情を無に戻しながらハニアスは思った。


 悩んでも多分答えは出ない。

 だから奢りだしもう一個ケーキを頼むことにした。


 ーーーーー


「あの子はどうだい?」


 次の日旅の準備をしているとマリアベルがテシアの部屋を訪ねてきた。

 マリアベルが来てからというもの、この教会で朝のお勤めの前にトレーニングする人が増えた。


 これが小さい派閥だが影響力はあると言われる肉体派の力である。


「ハニアスのことですか?」


「そうだよ。迷惑なんかはかけちゃいないかい?」


「全く。優秀な子ですね。大主教が目をかけるのも分かります」


「あの子は能力としても優秀なだけじゃなくてちゃんとトレーニングするから脱いだら凄いんだよ」


「……そうですか」


 そういえばハニアスの肉体は見たことがない。

 肉体派の神官が増えたせいか時々人がハニアスにトレーニングの仕方について聞きに来たのを見たこともある。


 だがハニアスはいつもはゆるりとした神官服を着ていて体のラインが分からなくてどのような体をしているのか外からでは分からない。

 さらに記憶を思い起こしてみるとトレーニングの時もいつも同じような格好していることに気がついた。


「まだまだトレーニングが足りないと肌を晒すのを恥ずかしがってね」


 マリアベルはため息をついた。

 人に見られてこそより努力をしようと思う側面もある。


 恥ずかしいというので強制はしないが一皮剥けてほしいと思っている。


「そこで一つ相談があるんだ」


「相談ですか? なんでしょうか?」


 マリアベルのお願いだというのならテシアもそれに応えることはやぶさかではない。


「あの子を……ハニアスを旅に連れていってやってくれないか?」


「ハニアスを旅にですか?」


「……驚いたような感じはないね?」


 マリアベルはハニアスを旅に同行させてほしいとテシアにお願いした。

 テシアに驚いたような様子はなく微笑えんでいる。


 少し予想はしていた。

 わざわざハニアスをテシアに専属で付ける必要はない。


 それなのにハニアスを常にテシアに一緒にいるようにしたのは何かの目的があったはずだと考えていたのである。

 神官はある程度の年齢になると巡礼の旅に出ることがある。


 世の中を見て周り経験を積みながら各教会を巡って信仰心を示し、深めるのである。

 そうすることで巡礼を終えた神官は高い職責があたえられるということもあるのだ。


 ハニアスもいい年であるし神官として真面目に勤め上げた時間も長い。

 そろそろ巡礼を行い、信仰心を示す時期なのである。


 テシアにハニアスをつけたのはテシアとハニアスの仲を深めてもらおうと思ってのこと。

 どうせテシアも巡礼に行くなら一緒に行ったらどうかとマリアベルは考えていた。


「ハニアスにはこの話は?」


「いや、まだだよ」


 話はしていないがハニアスもバカではないのでそうした時期が近いことは察している。

 一人で巡礼するよりも良いことは分かりきっているので、テシアの許可さえ得られればハニアスも共に巡礼に行くだろうことも分かりきっている。


「あの子も肉体派だ。旅の役にも立つだろう」


「……そうですね。一人旅も悪くはないですが誰かと共に旅をするのも悪くはないかもしれません」


「ありがとう、テシア」


「まあ感謝するのはハニアスの意思を聞いてからにいたしましょう」

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