肉体派大主教、肉体派大主教の弟子1
デラべルードを出て、そこから二つ国を乗り越えてミシタンという国にたどり着いた。
デラべルードよりは小さいが豊かな穀倉地帯があって国力のある良い国である。
「さすがに馬車に乗り通しだと疲れるね」
体の大きなマリアベルなら余計に狭い馬車は大変だっただろうとテシアは思う。
そのおかげで道中退屈はしなかったのでひっそりと感謝しておく。
体を伸ばすとマリアベルの体からポキポキと骨が鳴る音がする。
「しばらくトレーニングもしていないし体が鈍ってしまったね」
荷物を持って教会の中に入る。
教会の中では祈りを捧げている人もいて、この国における国民の信心深さが分かる。
「大主教様、お疲れ様です」
「おお、ハニアス」
一般の人が立ち入らない二階に上がると女性の神官がいた。
大きなマリアベルよりも少し低いぐらいの長身の女性でマリアベルを見つけると頭を下げた。
テシアも身長が決して低いと言うことはないのだがこの2人に挟まれると小さく見えてしまうのだから不思議である。
「体は鍛えているか?」
「はい、大主教様の教えの通りに」
「そうか、今度一緒にやろう」
マリアベルは笑うとハニアスの肩に優しく手を置いた。
「お知り合いですか?」
「私の弟子みたいなものだ。まだ若いが敬虔で真面目、神聖力も強い。私の後を継ぐならあの子だろうね」
「大主教もまだまだお若いじゃないですか」
「そんな世辞はやめとくれ」
「私は見えすいたお世辞など言いません」
「……そうだったね。ありがとう」
二階の隅にある部屋がテシアに割り当てられたものだった。
「ここがテシアの部屋だ。旅に出てもここはそのまま残される。別の教会に固定の部屋が欲しいなら所属をしたい時には届けを出せばここが空き部屋になって、移りたい教会に部屋が用意される」
すぐに移動することはないだろうから部屋の奥の方にスーツケースを置く。
広い部屋ではないが手入れは行き届いていて綺麗だ。
部屋の隅に埃すら見えない。
事前に誰かが掃除してくれていたみたいである。
皇女時代とは比べ物にならないが、この狭い部屋が新たなる始まりの場所だと思うとゾクゾクとした気持ちが湧き上がってくるようだ。
「聞かなかったけれどこれからについて細かなことは考えているのかい?」
巡礼の旅に出ることは聞いている。
けれどどこをどう旅するのかとかお金はどうするのかとか詳細な計画についてはマリアベルも知らない。
「もちろん考えています」
テシアはニヤリと笑う。
こうして国を出ることを計画していたのだから今後のことだって考えていた。
「お金は心配ありませんし、まずはゲレンネルに向かおうと思っています」
「ゲレンネルだって? シュタルツハイターじゃなくて?」
3か所ある大神殿はそれぞれ離れたところにある。
ミシタンから近いところにある大神殿はシュタルツハイターという国にあるものになる。
巡礼に行くのなら近いところから回っていく方が楽でいいのに理由が分からない。
「シュタルツハイターは今状況が良くありませんから」
「なんだって?」
「現在あの国は大規模な不作によって多くの人が飢餓に苦しんでいます。こんな状況でシュタルツハイターを訪れれば迷惑以外の何ものでもないです」
皇女として他国の情報にも気を配っていた。
シュタルツハイターは食物の不作が広い範囲で起きていて国の状況が良くない。
現在底は抜けて回復しつつあるけれど、そんな状況の国に行っても邪魔になるだけである。
急ぐ旅ではないので後回しにしてしまうのがいいとテシアは思っている。
「なるほどね。ゲレンネルも一度行ったことがあるが良い国だ」
「さすがに疲れましたし休みながら荷物を整理して数日後には出発しようと思っています」
「分かった。出発するときは言いなよ」
「もちろん」
これまでお世話になったマリアベルに黙って行くことなどしない。
「テシアの身の回りの世話はさっき会ったハニアスに任せるから。何かあったら彼女に言うといい。外に出る時にも連れて行くんだ。何があるか分からないからね」
「分かりました」
この警告に関してマリアベルは真剣な目をしている。
テシアも素直に頷く。
「後は……あんまり問題は起こすんじゃないよ? 一応あなたの身は教会預かりなんだから」
「それは保証しかねます、かもしれません」
「それなら教会の名前や私の名前は出さないでくれ」
マリアベルはテシアの冗談に軽くため息混じりに笑った。
「ふぅ、私は少しトレーニングでもしてお勤めしようと思う。テシアはどうする?」
「荷物を整理したら皆様にご挨拶しようと思います」
「ああ、分かった。ハニアスは隣の部屋だ。それじゃあ……自由、おめでとう」
「ありがとうございます、マリアベル大主教」
ーーーーー
「本日はどちらへ?」
数日ハニアスと一緒にいて分かったことはハニアスの表情の変化が乏しいということであった。
結構綺麗な顔をしているのだがずっと無表情なのだ。
だからといって体にそうした感情も出ることはない。
肉体派にしては珍しいなとテシアは思った。
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